第19話 焼肉デート
金なし、職なし、戸籍なし34歳のおっさん。誰の目から見ても最底辺だ。
だが、その最底辺のおっさんが美少女な女子高生と同棲し、ヒモ生活を送っているとなればどうだろうか。
犯罪者だと批判するかもしれない。若い女の子を食いものにする最低の男だと軽蔑するかもしれない。そういう意見があがるのは当然だ。
だがしかし――だ。
おっさんのことを羨ましいと思う者も少なからずいるのではないだろうか。
そして最底辺のおっさん――俺は、美少女な女子高生の壱牧くるみちゃんと焼肉デートをすることになった。
どうだ羨ましいだろう!
……ちなみに代金は全て相手もちだ。
「なんだか緊張する」
「焼肉屋に入るだけだろ?」
「だって初めてだから……」
焼肉屋を前にして、くるみちゃんは恥ずかしそうに俯く。
数日前、彼女が今まで焼肉屋に行った経験がなく、憧れを持っていることが判明した。
くるみちゃんには両親がいない。男友達もいない。そんな境遇にある女子高生が、焼肉屋に行ったことがないのはそうおかしな話でもないのかもしれない。
親友の蒼城瑞樹という少女とは外食に行くこともあるようだが、その際に焼肉屋という選択が出ることはなかったらしい。まぁ花の女子高生が行く先はお洒落なカフェであったり、あるいはファーストフード店やファミレスであったりだろう。
以前から焼肉屋に行ってみたいと思っていた彼女の元に突然現れたおっさん。焼肉屋に同伴する存在としてはうってつけだ。くるみちゃんに頼まれて、日曜日の昼間に焼肉屋デートをすることになったのだった。
「入っていいのかな?」
「予約したからな」
くるみちゃんが行きたがった焼肉屋は高級店ではない。全国にチェーン展開されていて、食べ放題システムがあるタイプのものだ。
俺が高校生をしていた頃にも存在していたチェーン店で、かつて予約せずに訪れたときには満席で断られたこともある。折角の焼肉屋デビューを台無しにはしたくないため、ちゃんと予約している。
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
何をそこまでためらうのだろうか。
男子と女子では焼肉屋に対するイメージが違うのだろうか。不思議に思いつつ時刻を確認する。
予約の時間まで残り5分だ。あまりモタモタしている余裕はない。
「こうしてていい?」
くるみちゃんは俯きながら俺の服の裾をつかんだ。
不安になって自然ととった行動なのだろうが、その仕草にドキッとさせられてしまう。
焼肉屋に入るだけで不安になってしまう姿が可愛い。そして、俺のことを頼れる人だと思ってもらえているようで嬉しい。
平静を装いながら、歩幅を合わせてゆっくりと焼肉屋に入るのだった。
◆
「これ全部食べ放題なの?」
くるみちゃんは「はえー」と感心しながらメニュー表を熱心に見ている。
食べたいものが目に入るごとに「これいいかも!」と言いながら、どれを頼むか熱心に悩んでいる様子が微笑ましい。
「わっ、デザートがたくさん!」
俺の記憶にある頃よりも品物の種類は増えているように思う。デザート類も遥かに充実していた。
女性向けもある程度意識しているようで、そのお陰か、店内にはくるみちゃん以外にも若い女性の姿がそれなりに目に入った。
「最初に頼むものは決まったか?」
「これとこれとこれ頼みたい!」
選んだのは全てデザートだった。
確かにメニュー表に載っているデザートは全て美味しそうだ。頼みたくなる気持ちは分かる。
分かるが――
「ここは焼肉屋だぞ」
「えっ?」
「初手デザートが悪いとは言わん。人それぞれだ。ただ、焼肉屋に来たんだからせめて肉も頼んだらどうだ?」
「あっ、そうだよね」
自分が焼肉屋に行きたいと提案したことを思い出したようだ。メニュー表を肉のページに戻した。
「うーん、何頼めばいいか分かんない。ウラシマさん頼んで!」
キラキラした目でこっちを見てくる。
17年間ずっと異世界にいた俺に何を期待しているのだろうか。
「仕方がないな」
「やった!」
とりあえずは牛タンと特上カルビでいいだろう。
卓上のボタンを押して店員を呼び、彼女の選んだデザートと一緒に頼んだ。
すぐに最初の牛タンが届き、焼き始める。
「もうひっくり返していいかな?」
くるみちゃんは1秒も経たない内にトングを片手にそわそわしだした。
「まだ早い」
「えぇ~」
焼肉の基本は何度もひっくり返さないことだと聞いたことがある。
個人の好みで好きにすればいいとは思うが、焼き始めてすぐにひっくり返すのはさすがに違うと思う。
「焼肉屋は初めてでも焼肉自体は初めてじゃないだろ?」
「だって焼肉屋さんだもん。専門店なんだから火力もきっと段違いで、お肉もすぐにジュッてなるよ!」
「ならねーよ」
妙に焼肉屋に憧れていたせいで、謎の焼肉屋信仰があるらしい。
くるみちゃんは変な子だ。自分が天然だと気づいていないタイプの天然だ。
「……ほんとだ」
待ちきれなかったのか牛タンをトングでつまんで裏面の焼き具合を確認している。
まだ赤い部分が残っており、落胆した様子で肉を網の上に戻した。
しばらく落ち込んでいたが、肉が焼き上がって牛タンを口にした途端に顔を輝かせる。
「忙しい子だな」
焼肉に一喜一憂する姿に思わず呟いた。
くるみちゃんは聞き取れなかったのか、肉を食べながら首を傾げている。
「何でもない」と笑って誤魔化した。
◆
「もう食べられないよぉ」
調子にのって頼みすぎて処理しきれなくなるのは、食べ放題の店に来たときあるあるだろう。
高校生のころに、妙に意識の高い教師が「現代の日本は飽食の時代です!」と力説していたことを思いだした。
お腹がすいても食べるものがない。あっちの世界ではそんな境遇にある人が多くいた。だから食べ過ぎて苦しんでいる姿を見ると少し複雑な気持ちになってしまう。
「あとお願い!」
くるみちゃんが顔の前で両手を合わせて祈るようなポーズをした。
ギブアップしたようだ。
彼女は女性としてはどちらかといえば小柄な部類に入る。胸こそ大きいものの、背は成人女性の平均より低いはずだ。太っている訳でもないし、くるみちゃんの胃袋はそこまで大きくないのだろう。
「分かった」
多少腹は膨れてきているが、机の上にある残りの肉を片付ける程度の余裕はある。
一気に食べてしまおうと残った肉を全て網の上に並べていると、くるみちゃんが店員を呼んでいた。
「黒蜜きなこのジェラートとマンゴーパフェを下さい」
お腹いっぱいで食べられないと言った傍からデザートを2つも頼んでいる。
白い目で見てしまうのは仕方のないことだ。
「えへへ、甘いものは別腹だから」
「ちゃんと全部食べるんだぞ?」
「当たり前だよ!」
詭弁を弄してデザートを頼んだくるみちゃんだが、案の定、デザートも途中で限界が来てしまう。
結局俺が残りを食べることになった。
「うぅ……」
机につっぷして苦しそうに呻いている。
「ふっ」
子どもっぽいくるみちゃんの振舞いを見て、家族で食べ放題の店に行ったときのことを思い出して笑う。
妹の亜里沙も似たようなことをしていた。
互いに思春期に突入して険悪になる前の話だ。あの頃の亜里沙は可愛かった。
俺の家族は今頃どうしているのだろうか。
亜里沙は誰かと結婚して家庭を築いているのだろうか。
ふいに訪れた寂寥感を隠すためにマンゴーパフェを口にする。
「……美味いな」
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