第4話 ホームレスの源さん
行く当てのなかった俺はホームレスの源さんに拾われて段ボールハウスに案内された。
ホームレスという存在に嫌悪感はない。
17歳の男子高校生だったころはホームレスを馬鹿にしていたし、嫌っていた。景観を損ねる目ざわりな存在だと考えていた。
でも異世界に召喚されて、もっと汚いものをたくさん見てきた。飢えて死にかけている乞食もいたし、実際に餓死して道端に放置された死体もあった。
それと比べたら、源さんの姿はずっとマシだ。確かに髪の毛には油がぎっとりしているし、髭も無造作にのび、酸っぱい臭いがするけれど、異世界で見てきた惨状と比べれば可愛いものだろう。
「大したおもてなしはできないけど……」
「ありがとう」
俺は源さんからカップヌードルを受け取った。
ガスコンロを使ってヤカンで沸かしたお湯が入れてあり、食べごろの状態になっている。
湯気が出ている汁を口に含んだ。
「……あぁ」
身に染みるとはこのことだろう。身体が温まっていく。
17年ぶりのカップヌードルだ。高校生のときに食べていたころと変わらない。懐かしい味だ。かつて夜食に何度も食べていたはずなのに、今こうして食べるカップヌードルはとてつもないご馳走のように感じた。
「美味しいなぁ」
俺は……帰ってきたんだ。
カップヌードルの味が、匂いが、現実をつきつける。
心のどこかで、これは夢ではないかと思っていた。目が覚めたら俺はあっちに戻っているのではないかと。
でも、五感が理解した。このカップヌードルの味は本物だ。こっちの世界でしか味わうことのできないものだ。
「泣くほど美味しかったのかい?」
「えっ?」
目じりあたりを触れば濡れていた。どうやら気づかぬ内に泣いていたらしい。
あっちの世界に召喚されたとき、ずっと元の世界に戻りたいと思っていた。でも17年も過ごしていれば、帰りたいという気持ちはなくなっていた。
それでも、心のどこかに望郷の念があったのかもしれない。
「そうだな……とてつもなく美味しいよ」
◆
ホームレスの源さんがガスコンロを持っていることには驚いたが、やはり温かい食事は何よりもごちそうだそうで、廃品回収業で稼いだ金で奮発して購入したものらしい。それを見ず知らずの俺に与えてくれていたのだ。裸を見られた少女といい、源さんといい、こっちに来てから聖人のような人とばかり遭遇している気がする。
「僕はねぇ、色んなしがらみに疲れたんだ。昔は仕事もブイブイやってたけど、今はしがないホームレスさ」
源さんが貸してくれた毛布にくるまって、狭い段ボールハウスの中で源さんと二人で横になっていると、源さんがホームレスになった理由を教えてくれた。
「大変じゃないのか?」
17年前もホームレスに対する風当たりは強かったし、今もあまりそのあたりの待遇は改善されていないように思う。
「日々を生きていくだけで精一杯だからね。温かいご飯も満足に食べられない。時には暴言をはかれたりするし、物を投げられて怪我をすることもある。それでも、僕は自由だ」
「自由……か」
「うん。誰かの期待に応えようと身を削って努力をする必要もない。ここには余計なしがらみがない」
段ボールハウスの中にいながらも不思議と狭苦しい感じはなかった。「この入り口を開ければ、夜空がよく見えるんだ」と言いながら段ボールの扉を開けてくれたからだろうか。
――いや、違う。
源さんの自由な空気にあてられているんだ。
生活に困窮した訳でもなく、やむにやまれぬ事情でという訳でもなく、本人の希望でホームレスになった。源さんのその在り方を羨ましいと感じた。
「ウラシマくんに何があったのか、僕は知らない。知るつもりもない。何らかの事情があったんだと思うけれど、ここでは君も自由だよ」
自由、か。
あっちの世界で、魔王を倒すことに全てを注いでいた。勇者というしがらみにとらわれていたと言っていいだろう。
でも俺はこっちに戻ってきた。勇者というしがらみは存在しない。ただの元勇者だ。
「月が綺麗だなぁ」
段ボールハウスから見える夜空。そこには真ん丸とした月が浮かんでいる。満月はまるでこの世界を祝福するかのように、淡い光を放っていた。
◆
行く当てもない俺は源さんの段ボールハウスに住み着いた。
廃品回収業などを手伝ってはいるものの、成人男性が一人増えた分の生活費をまかなえているとは思えない。源さんは誤魔化しているが、おそらく彼はなけなしの蓄えをきりつめている。
源さんに恩を返すためにはどうすればいいだろう。
きっと、魔法を使えば源さんの生活を豊かにできる。
魔法は便利だ。様々なことができる。魔物を討つ攻撃魔法もあれば、日常生活を豊かにする生活魔法もある。
魔法で簡単に火をつけられるし、綺麗な水を出すこともできるし、お湯を沸かすこともできる。
生活魔法の大半は現代日本の文明の利器で代用できるものばかりだけれど、ホームレス生活をする者にとっては、喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
食材さえ調達すれば、ガスボンベを無駄にすることなく、あのカップラーメンを食べることができる。なんと素晴らしいことだろうか。きっと源さんも喜んでくれるだろう。
ただ、それでも、魔法を使うことは気が進まなかった。
この世界にとって魔法は異物だ。魔法が創作の中でしか存在しない世界だ。勇者として培ってきた技術や身体能力を駆使することとは訳が違う。
「お酒でもあればねぇ。そうすれば2人でお酒を飲めるんだけど」
源さんが申し訳なさそうにしている。
その様子を見て、一つの目標を見出した。
「どうしたの?」
「俺は働く!」
腕を突き上げて宣言した。
仕事について給料を得て、そのお金で源さんにお酒をプレゼントするんだ。
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