第5話 2人の魔法少女
2人の魔法少女、スノーラビットとアイスソードは夜の公園で、虫型の化け物と戦っていた。
彼女たちが相手にしている虫型の化け物はヴェノムの一種だ。
頻繁に出現するタイプのヴェノムだが、硬い甲殻によって高い防御力を持っており、ランクとしては中級にあたる。複数の魔法少女で退治すべき相手だ。
「おいで」
スノーラビットがヴェノムを挑発すると、ヴェノムは6本の脚をカサカサと動かしながら迫ってくる。
慌てることなく魔力を溜めながら、跳躍して突進を回避する。黒い虫型のヴェノムが方向転換するよりも先に捕縛魔法を発動して、魔力でできた網を投げる。
黒虫は網に絡まって身動きがとれなくなった。中級ヴェノムの膂力では、スノーラビットの網を切り裂くことはできず、その場でジタバタと暴れている。暴れれば暴れるほどに脚に網が絡まっていた。
「捕まえた!」
白を基調とした服を纏う魔法少女スノーラビットは支援を得意としている。彼女の攻撃力はあまり高くない。中級ヴェノムである黒虫の硬い甲殻を貫いてダメージを与えることはできない。しかし、こうして捕縛することはできる。
そして、この場には攻撃力に自信のある魔法少女がいた。
青を基調とした服を纏う魔法少女アイスソードだ。
公園のジャングルジムの上に腕を組んで立ち、スノーラビットの戦いを見守っていた。彼女がヴェノムの動きを止めるやいなや、背中に手を回す。まるで刀を背負っていて、その刀を抜くかのような動きを見せた。
首の後ろ、何もない虚空を握り、腕を上に持ち上げながら口にする。
「【斬鉄氷剣】」
彼女の右手に刀が生成された。青白い氷でできた刀をヴェノムに向かって突きつける。
魔法少女アイスソード、彼女が主に使う魔法は氷の生成だ。その中でも氷を刀にして戦うことを得意としている。
彼女は氷剣を生み出すとき、その用途によって魔法を使い分けている。魔法【斬鉄氷剣】は、魔力によって切断能力を極限まで高めた氷剣を生成するもので、アイスソードの必殺魔法である。
【斬鉄氷剣】は高威力と引き換えに、維持できる時間は短く、発動にも時間がかかるし、消費する魔力も大きい魔法だ。
故に確実に一撃でしとめる必要がある。ソロのときに使用できる場面はあまり多くはない。でも今はパートナーがいる。相手の妨害を得意としているスノーラビットがいる。
「はッ!」
掛け声とともに氷剣に魔力が集まっていく。
魔力を纏う刀は青白く発光している。
「行くよ!」
アイスソードはジャングルジムの上で跳ぶ。
空中で刀を振りかぶり、ヴェノムに向かって刀を下ろした。スノーラビットの魔法によって身動きができないでいたヴェノムはなすすべもなく、頭から尻にかけて真っ二つになる。
「ごめんね」
スノーラビットは真っ二つになったヴェノムに近寄りながら謝罪の言葉を口にした。
彼女は死体となったヴェノムを悲し気に見つめる。
2つに分かれた物体は少しずつ色が透けていき、半透明になり、やがては完全に消え去った。
◆
ヴェノムとの戦闘があった公園から移動して、2人は魔法少女の姿を解除する。
先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていた気配を一切感じさせない女子高生の姿になっていた。
スノーラビットだった少女、壱牧くるみが尋ねる。
「ここ何日か、急にヴェノムが増えたよね」
「数だけじゃなくて質、ヴェノムの強さも上がった気がする」
アイスソードだった少女、蒼城瑞樹が腕を組みながら頷いた。
真帆川市に住む彼女たちが魔法少女として主に活動するのは、真帆川市やその近辺だ。
真帆川女子高校に通って学業にいそしみながら魔法少女をやっていることもあり、専業でやっている者に比べると活動範囲は狭い。故にくるみたちが戦う頻度はそこまで多くない。いや、多くないはずだった。
彼女たちはここ数日、毎日戦っている。一匹だけでなく、複数のヴェノムが出現する日もあった。明らかにおかしい。
何かが起きている。だがくるみには異変の正体が分からなかった。
「瑞樹ちゃんは何か知ってる?」
「分からないけど、お母さんに確認してみる」
瑞樹は苦々しい顔で母の存在をあげた。彼女の母親、蒼城流子はベテランの魔法少女だ。
瑞樹が物心ついたころには既に魔法少女として活躍していたらしい。流子は魔法少女の世界で顔が広く、彼女たちが知らないような情報を多く持っている。真帆川市の異変に関しても何か知っているかもしれない。
しかし、瑞樹は母の流子とあまりうまくいっておらず、険悪な状態だった。
「いいの?」
「好き嫌いを言っている場合じゃないから」
「それじゃあ、よろしくね瑞樹ちゃん」
くるみは少し悩んだものの、瑞樹にお願いすることにした。
これまでの付き合いから、変に気をつかえば意固地になることが分かっていたからだ。
「7日間連続の戦闘……7日前に何かがあったのかもしれない」
「7日前……か」
7日前、ヴェノムとの戦闘はあったが、それ以外は何の変哲もない一日のはずだった――あることを覗いては。
「何か心当たりがあるの?」
「えっ? いや、全然!」
自分に言い聞かせながら必死に否定する。
――7日前には何も起きなかった!
「怪しい。そういえば、7日前はくるみの様子が少しおかしかったような……」
7日前、家で着替えていたときに、突然目の前に男が現れた。よりにもよって、下着も脱いですっぽんぽんになっていた状態のときに。
くるみの記憶にある限り、今まで異性に裸を見られたことはない。期せずして初めての体験を見知らぬ男に奪われて、その日はずっと顔が赤くなっていたように思う。
くるみにとっては一大事な事件ではあったが、ヴェノムの異変と関係しているとは思わない。だから7日前には何もなかったと言っていいはずだ。
「7日前に変なことなんてなーんにも起きなかったよ!」
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