第3話 転ノ章
学校の帰り道、娘は家に向かいながらため息を付いた。
今日は進路相談の三者面談の日だったのに、両親はどちらも来てはくれず、ひとりで教師と面談したのだ。放課後に面談の時間を取ってもらっても、不登校に陥った彼女にとって、それは大変な負担だった。
教師は、娘の志望校を聞くと、それで大丈夫なのかと聞いてきた。ここに居ない親のことを気にしているのは明らかだった。彼女こそが、そのことをもっとも恐れ、不安に思っていたのに。でも、それを教師に言うことは出来なかった。
道の角を曲がると、我が家のあるマンションが見えてくる。
歩きながら見上げると、遥か上に自分の家のベランダが見える。
鍵を開けてエントランスをくぐり、エレベーターに乗ると、上昇に合わせて階を数えていく。
1…2…3…。
身体が上に運ばれるほどに、心は沈み込んでいく。
ああ、母はなんて言うだろう。
娘は、居間に立っていた。
眼の前に母がいる。母の目は怒りで吊り上がっていた。
「お前は……様に……大学にいけって言われてるんだよ! なに勝手に進路を決めてるの? いじめごときで不登校の癖に! だいたい学校は勉強する場所でしょ、いじめなんて関係ない! だいたいなんで独りだけ脱会なんかしたの? 脱会なんて恩知らずなことをしたのは一族でお前だけだよ! この悪魔! お前のせいで私達みんなが地獄に堕ちるんだ!」
娘の華奢な身体が小枝の様に震えだす。
怒りに我を忘れた母が、手を上げたとき、それは起こった。
母の後ろのドアをつき抜けて、あの白い鳩が飛び込んできたのだ。
娘の心に動揺が走る。
…突き抜けた? ドアを? 私の部屋に居たはずなのに…!
鳩は娘の肩に飛び乗り、母に向き合った。母が構わず娘に殴りかかってくる。
と、鳩がまっすぐ飛び立って母の顔に飛びかかった。
しかし、母は鳩が目に入らないかのように避けようともしない。
鳩のくちばしが母の左目を抉った。
母はその時初めて、あっ!と小さく叫ぶと左手で目を覆って動きを止めた。
そしてゆっくりと顔をあげて、あたりを見回す。
「え…なに……これ…どうしたの? 見えない…? 何が起きたの?」
母はよろめいて、その場に無様に尻もちをついた。
気がつくと、娘の肩に鳩が戻っていた。鳩は娘の耳元で、玉を転がすような声で歌った。
それはあたかも、母をあざ笑い、娘をいたわっっているかのようだった。
しかし母は鳩に気づいた風もない。
そうか…母には、この鳩は見えていないのだ。おまえ…なに…? どこからきたの…? …まさか?
肩の鳩を振り向いたとき、鳩は娘の頬にくちばしを寄せた。
それはあたかも、頬に口づけているかのようだった。
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