計内(はかない)さん

水守中也

第1話

「うー。失敗したかなぁ」


 薄暗くなった校門を背に立ちながら、私はため息交じりにつぶやいた。

 スカートの中が、すーすーする。

 なぜなら今の私は、ノーパン状態。スカートの下に何も穿いていないからなんだ。


 あー。いちおう言っておくけど、私に変な趣味はない。

 ただちょっとだけ、誤算があっただけなのだ。


 そう。それはつい数分前のこと――

 放課後に図書館で居眠りして、すっかり遅い時間まで残ってしまった私は、帰る前にトイレに寄っていこうと女子トイレに入った。

 そこに待ち受けていたのは、漫画やコントでおなじみの濡れ雑巾。

 床に落ちていたそれを知らずに踏んづけた私は、滑って転んで、見事にお尻から、ぐっしょりと濡れたその雑巾の上に、尻もちをついてしまったんだ。

 雑巾のおかげでお尻は痛くなかったけど、パンツが思いっきり濡れてしまった。

 スカートはめくりあがってたから無事だったけど、このまま濡れたパンツを穿いたままだったら、ぐっしょりがスカートに移ってしまい、まるでお漏らしをしてしまったように見えてしまう。


 さてどうしようと考えた私は、一つの名案を思い付いた。

 だったらパンツを脱いじゃえばいいじゃん――と。


 というわけで、水をたっぷりたたえたパンツを足から抜き去ると、汚物入れにぽいっと捨て(ごめんなさい)、さっさと帰るため校舎を後にしたのだった。


 ――で、今になってようやく気付いたのだ。

 これって、結局ノーパンじゃん、と。




「まぁ……別に、大丈夫かぁ。帰るだけなんだし」

 見た目は普通の制服姿。外から見たら分かんない。

 今日は風もなく、自然とスカートがめくり上がることもない。

 よって、穿いていようが穿いてなかろうが、わかりようがないのだ!

 はっはっは。


 ……ん? あれ? 

 “自然”と?


 ふと脳裏に何かが引っかかったその瞬間。

 私は気配を察して、前に飛ぶように移動した。

 一陣の風が、数秒前、私がいたところを通り過ぎる。

 それは自然が生み出したものではない。細く白い手による、人工的に起こされたものだった。


「あー。もぉ。気づかれちゃった♪」

「……スカートめくりの、風子……」 

 私は苦々しくその名を口にした。

 クラスメイトの一人、新狭山風子。趣味はスカートめくり、と豪語し実践する、モノホンの変態だ。

 男子がそれをしたら一発で退学レベルなのに、同性という立場を利用して日々女子のスカートをめくりまくる、困ったちゃんである。

 まさか、こいつがこんな時間まで学校に残っていたとは思わなかった。


 私は大きくため息をついて風子に尋ねる。

「……あのさ。毎度毎度思うんだけど、なんでスカートめくるかなぁ。そこまでしてパンツが見たいわけ?」

「うふふ。そんなの決まってるじゃない。そこにスカートがあるからよ!」

「山みたいに格好良く言っても無駄だから!」

「だってー。あんなひらひらしたもの、捲ってくれって全力で主張しているみたいじゃないっ。別にパンツ見たいいわけじゃないよ。そもそもあたしの体感では68%くらいは、パンツの上に何か穿いているしー、中身は関係ないもん」

 いや。私には関係大ありなんだけど。

 てか、体感のパーセントって……同じ女子やっていてもそこまで詳しくスカートの下事情を知っているのはあんたくらいよ。


 あー、もう。いっそのこと、正直に話しちゃおうかなー。

 男子に知られるのは論外だけど、こいつは同じ女子なわけだし。もしかしたら似たような体験をしていて、知られても理解してくれるかもしれないし。


「ん、どうしたの?」

「実は……」

 というわけで、私は思い切って、風子に事情を告げた。

「ほうほう。てことは、スカートの下には剥き出しの割れ目ちゃんが……」

「……おい。その言い方、なんかエロい」


 いやな予感がして無意識に一歩下がった途端。

 私がさっきまでいた場所に、風子の手が風を切った。


「って、な、何するのよ?」

「いや。別にー。ただ、計内ちゃんのおま○こが見てみたいなぁって」

「……はぁ? スカートは捲るのが目的で、中身は関係ないんじゃなかったの?」

「ただし、ま○こは別!」

 叫ぶな、連呼するな。


「だって考えてよ。気になるじゃん。ほかの女の子のアレって、一緒にお風呂入ったって、そう簡単には拝めないものだし。ねぇ?」

「ねぇ? じゃねーっ!」

 駄目だこいつ。


「言っておくけど、逃げようとしても無駄だよ♪ 走れば逆に捲りやすくなっちゃうもんねー」

「くっ」

 確かに。この状態で走って逃げるのは悪手。

 かといって、のんびり歩いていても、風子の魔の手から逃れるのは至難の業。

 

 ――仕方ない。

 ならば私がとる方法はただ一つ。

 真っ向勝負を挑むのみ!


「わかったわ。じゃあ一回切りの勝負としましょう。スカートを捲るチャンスを一度だけあげるから、捲れればあんたの勝ち。ただし、私がそれをかわせたらあんたの失敗ということで、あんたの負け。もうスカート捲りは諦めること」

「りょーかい。でもいいのかなぁ? その勝負。あたしは狙った獲物は絶対に逃さないよー」

 風子が不敵に笑う。

 彼女に狙われたら最後、女教師だろうが女装男子だろうが、逃れた者はいないという。


 けれど、今の彼女なら――



 西部劇の早撃ち勝負のような、にらみ合いからの、一瞬の攻防。

 動く風子の手。下がってスカートを抑える私。


 結果。

 私のスカートは微かに揺れただけで、それ以上めくり上がることはなかった。



「そ、そんな……負けた。なんで……」

 必中の右手が不発に終わったことにショックを受けたのか、風子がわなわなと震えながら、言葉を絞り出した。

 そんな彼女に向け、私は胸を張って言ってやった。


「ふ。あんたは最初から負けていた。自分自身でそのことを言っていたわ」

「え?」

「スカートをめくるのは、そこにスカートがあるから。その先の中身がどうであろうと関係ない、と」

「――はっ!」

「けどさっきまでのあんたは、ま○こを見たいという邪念があり、手段と目的が逆になってしまった。そんな精神状態でまともな勝負になるはずがないのよっ!」

 

 私の叫び声に、風子ががくっと膝をついた。


「くっ。負けた」

「勝った」


 こうして、私の純潔は守られたのであった。

 よし、とっとと帰ろう。地味に冷えるし。



「……ふ。けど、あたしは四天王の中でも最弱。このまま無事、家に帰れるとは思わないことねっ」

「って、そんな四天王、あってたまるかっ!」


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計内(はかない)さん 水守中也 @aoimimori

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