第24話
しかし、次の日も、そのまた次の日も、涼は鷺沼に食い下がった。そうして四日目のこと。
「お願いします、お願いします」
「あ~もううるさい! 今日は友達と会うんだから付いてくんな!」
鷺沼は放課後、友人と遊ぶ予定を入れていた。そして、三人の友人と合流。
「お~香織、お久~」
「あ~、そいつが例の、部活戻れってうるさいオトコ?」
「え~、ずっと付いてきてんの? キモ~イ。ねえキミ、しつこく頭下げてくるんだって? いつもみたいにやってみせてよ」
と、友人達は、男が頭を下げるところが見たいと興味をもったのか、涼に無茶苦茶な要求をし始める。それを聞いた鷺沼も、興が乗り、ニヤリと笑いながら言った。
「やりなさいよ」
涼を晒し者にして楽しもうというのだ。その意図は察知したが、しかし立場上、涼はもうやるしかない。頭を下げる。
「わ、わかりました。……鷺沼さん、お願いします。部活に戻ってください」
と、鷺沼の友人達は、愉しそうにケタケタと笑って言った。
「え~、頭の下げ方が足りないんじゃないの~? まだまだ頭が高いでしょ~?」
「人にもの頼むなら手ぇ着いてだよね~」
こういった手合いは図に乗らせてはいけない。エスカレートする要求。だが、鷺沼の機嫌を損ねたら道が閉ざされる。ここは甘受するしかない。涼は泣く泣く膝を着いた――ところで、突然背後から何者かに襟首を掴まれて阻止された。
はっと振り向いた涼。と、そこに立っていたのは、怒髪天を超え、見るものを凍り付かせるような冷徹な表情を浮かべた美鈴であった。
そして、美鈴は射竦めるような視線を鷺沼に向けて言った。
「香織、やっぱあんたなんかいらないわ。あんたみたいなザコは、ウチの部にはいらない」
さらに、血も凍るような冷たい嘲笑を浮かべてゼロ距離まで鷺沼に顔を近付いて言った。
「一生遠くで吠えてなさい。ま・け・い・ぬ・さん」
面罵された鷺沼だが、湧き上がる怒りとは裏腹に、すぐには返す言葉が見付からない。その間に、美鈴は踵を返し、涼の手を取ってその場を後にした。
「いくら私のためだからって、あそこまでしなくていいのよ!」
その後、寮の近くの路地まで引っ張られていった涼は、そこで美鈴に胸倉を掴まれて叱られていた。
「はい、すいませんでした」
「あんな自分の身を切るようなマネされたって嬉しくなんて――嬉しく……」
だが、叱り始めてすぐ、美鈴は声を詰まらせ、頬を赤らめ視線を逸らす。が、やがて意を決し、恥ずかしさを堪えて素直に気持ちを口にした。
「そこまで私のために体を張ってくれるんだってわかって嬉しかった。ありがと」
その仕草と言葉に、涼の心は一気に最高潮へ。
「えへへ……こっちもそう言ってもらえて嬉しいです」
「でも、もうバカなマネはやめて」
「はい」
そこまで気持ちと言葉を交わしたところで、すずは涼の胸倉から手を離し、背を向けて言った。
「じゃあ、今回のお礼はちゃんとするから、24日と25日の予定は空けておきなさいよ」
「はい」
涼の返事を聞くと、美鈴は心臓が飛び跳ねる感覚を覚え、たまらず小走りに寮へと逃げ出した。自分の半身ともいえる凛々奈のために色々と頑張ってくれていたことで、彼のことを憎からず思っていた美鈴だったが、今回のことで、確信に至ったものがあった。
ぽつんとその場に残された涼、一体美鈴はどうしてしまったのか? と小首を傾げ、ぼんやりと今のやり取りを振り返った。そして、はたと気が付いた。
反射的に「はい」と返事を返してしまったわけだが、今月は12月。その24日、25日というのはもしや……
「う……うぉーっ! うぉ―――――っ!」
事態に気が付いた涼、溢れる激情の爆発をどうしたらいいのかわからず、奇声を上げながら寮とは反対方向へと駆け出した。
激動の秋が過ぎ去り、季節は12月の頭。ハルト、あおい、秋二の三人が、難しい顔をして秋二の部屋に集まり、会議をしていた。
議題は、今年のクリスマス、どうするかについて。
去年は寮の六人でクリスマスパーティをして過ごした一同であったが、今年はクリパをやらない方向で話が進んでいた。というのも、愛果が早々に、「あ、あたし、今年のクリスマス、ちょっと予定があるからメンゴね~」とぬかしおったからだ。まぁ、誰と過ごすのかは推して知るべし、というやつだ。まったく、周りが後押しして成就した仲だというのに、浮かれよってからに! という感じだが、まぁクリスマスとはそういうものなので仕方ない。
愛果がそういう理由で抜けるのに、残った者達でってのもハラ立つよね~萎えるよね~、という理由で、今年のクリパはナシという向きとなった。ち~ん。
と、いうわけで各々で予定を埋めなければならなくなったわけだが、まだ特定の相手が決まっていない三人は渋い表情で寄り集まり、相談をし合っていた。
「それにしてもまさか、私と秋二がクラスのお化け屋敷の準備や運営で忙しくしてる裏で、涼達があんなことを進めてたなんてな~。驚いたな~文化祭。しっかし、ハルトはホントによかったの? 愛果とユウトをくっ付けるようなことしちゃってさ?」
その場で、改めてあおいに心境を問われると、晴れやかな笑顔で言うハルト。
「いやぁ、それはいいんだよ。愛果は昔から男としての俺には全然興味を示さなかったし。むしろ二人がやっとって感じでホッとしたよ。ただまぁ、いざとなると涙が出てくるもんだね。ま、二週間泣いただけですっと切り替えられたけどさ」
それに、感心半分不服半分といった顔になるあおい。
「二週間が『すっ』だと思ってるとか、相当こじらせてるねアンタ。まぁ、それは置いといて。……ふ~ん、相手の幸せが自分の幸せかぁ。正直、私の先を行き過ぎててってか、こじらせ過ぎてて全く理解も納得も肯定もできないけど、でも、そんな風に思えるまで人のことを好きになれるのって凄いことだと思う。きっと、今の愛果の幸せがあるのも、ハルトがいてくれたおかげなんだと思うよ。うん。アンタがしてきたことは全然無駄なんかじゃないよ。そういうヤツとして成長してきたんだから、その先にあるアンタ自身の幸せと繋がってるよ。うん」
あおいの優しい言葉が、自分を認めてもらえたことが嬉しくて、ハルトの涙腺は崩壊した。
「う、うあああああ~!」
うずくまり慟哭を上げ始めるハルト。
「……あれ? ねえちょっと、なんだコレ? 助けて秋二」
「し……知らんがな」
突然のことに、ただただ困惑するあおいと秋二であった。こじらせ過ぎてる。
「で、かくいうあおいはどうすんだよ? クリスマス」
その後、逆襲とばかりに、落ち着いたハルトにそう問われると、一転「うっ!」と言葉に詰まるあおい。だが、踏み込んだことを聞いておきながら自分は言わない、というわけにもいかない流れだ。そう諦め、不承不承口を開いた。
「……涼のやつは、すずとクリスマス過ごすのかな? もう決まってるのかな?」
「あ~、どうなんだろ? まだ聞いてないけど」
「実際のところ、どうなんだろうなあの二人?」
意を決して涼の名前を出して尋ねた問いに、秋二、ハルトが順にそう答える。
なんとも核心に迫らない答えであった。ゆえに、仕方ない、とあおいは腰を上げた。
「ちょっと、涼と話してくる」
それには瞠目し、『おおっ!?』と声を漏らすハルトと秋二。
「うおおお、積極的!」
「大丈夫か? 代わりに聞いてきてやろうか?」
感嘆するハルトに、心配する秋二。あおいはそんな秋二に、「大丈夫。ちょっと自分で確かめたいことがあるから」と答えて、大股に部屋を後にした。
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