第23話

「涼、たいへんだ! すずが泣いてる!」

「ええっ!?」


 激動の文化祭から二週間ほどが経過したある日の夕方、部屋でくつろいでいた涼の下に、突然あわただしく愛果が駆け込んできて、ショッキングな言葉を口にした。

 それを聞いた涼、愛果に先導され、慌ててリビングへと駆け下りた。

 リビングにて、聞いた通り、すずはテーブルに伏してすすり泣いていた。

 隣に座るあおいに背を撫でられて慰められながら、泣いていた。


「どうした!? なにがあった!?」


 それを見た涼が、動揺しながら尋ねると、代わりにあおいが答えた。


「友達を傷付けちゃったんだってさ。部活から帰ってきたと思ったら泣いててさ」

「ええっ!?」


 穏やかならぬ言葉に、思わず驚きの声を漏らす涼。傷付けたとは、これいかに。

 動揺を隠せぬ涼達であったが、とにかく一度話を聞いてみようと、平静を保つ。

 その後、しばらくして、ある程度落ち着きを取り戻したすずの口から、何が起こったのかが語られた。


「今日、部活で大会に出場するメンバーを決める選考会があったの」


 すずは、水泳部に所属している。どうやら、その部活動の中で問題は起こったらしい。それを察した三人は、それを踏まえた上で、じっと耳を澄まし、美鈴の話に聞き入る。


「ウチの部活は一応、全員が一通りの種目のタイムを取って、タイムが良い人を大会の選手にするってやり方をしてるんだけど、私、自由形の選手なのに、背泳ぎの選手の友達にタイムで勝っちゃったの。背泳ぎで」


 傾聴していた三人は、そこで思っていた方向性とは違う問題であることを悟った。


「私は自由形の、その子は背泳ぎの練習に力入れてて、だから私、まさか勝つなんて思ってなくて、何の気なしに普通に泳いでたら勝っちゃって……。その子、元々自由形の選手だったんだけど、私の方がタイムが良かったから、背泳ぎに転向した子なの。なのに私と仲良くしてくれて……。部で一番仲が良い友達だったの。それなのに私……その子のプライドを傷付けてしまった。その子、部活辞めるって言って、選考会から口利いてくれなくて」


 あちゃ~、と涼達三人は頭を抱えた。すずは悪くないし、悪気もない。なのに最悪の形で徹底的に相手を打ちのめした。一番ダメージが大きいやつだ。相手の心中を察して、胸を痛めた。


「凛々奈がいてくれれば……今まではこういう時、凛々奈が事前に予見して忠告してくれて、トラブルを回避することができてて。だから部活でもどこでも、ある程度上手くやってこれたんだけど……。やっぱり私、凛々奈がいないとダメなんだ。実は私、凛々奈と会う前は、いつもこうだったの。無意識に人の面目を潰しちゃったりとか」


 美鈴にとって、凛々奈がそういった部分でも重要な存在であったことを、涼達はそこで初めて知った。

 たしかに、高瀬美鈴という女の子は、優秀だが真っ直ぐな子で、直進することしか知らない。ゆえに、状況に応じて相手の面子を立てるためにわざと負けるなんて発想はない。

 煮え湯を飲まされる者は多かったのだろうと、涼達は思った。とりわけ、あおいはわかるわかる、と深く頷いていた。

 とはいえ、同情の余地はあるとはいえ、その子がしていることは、やっかみである。すずに非があるわけではない。各々そう結論付けた涼たちは、気にすることはない、とすずを励ますことにした。


「いやいや、すずはただ一生懸命自由形の練習をしていた結果、背泳ぎも速くなっただけなわけだから、すずが悪いわけじゃないよ、うん」

「そうそう、頑張ったすずが、それだけ凄かったってことなのよ。うん」

「背泳ぎで勝つなんて誰にも読めないよ。すずは悪くないよ。うん」


 涼、愛果、あおいが口々に言葉を掛けるも、どこかまだ浮かない様子のすず。それを見て涼は、やっぱり問題を根治しなければ責任を感じ続けるだろうなこの子は。真面目な子だから、と悟った。


 翌日の放課後、涼は美鈴に負けて部活を辞めた子、鷺沼香織さぎぬまかおりを探し、帰宅途中の彼女を路上で捕まえた。


「頼むサギ沼さん! すずは友達を傷付けたって凄く悩んでるんだ! だから部活に戻って、今まで通り仲良くしてあげてくれ!」

「はぁ? 悩んでればいいでしょ。私、あいつのせいで立場無くなって、恥ずかしくて部活行けなくなったんだから」


 そして説得を始めたのだが、やはり鷺沼は強硬な態度。聞く耳を持たない。


「いえ、そこをなんとか。この通りですから!」

「いや、あんたに頭下げられてもさぁ」


 ゆえに、拝むように手をすり合わせて、頭を下げて懇願する涼。だが鷺沼は、まるで意に介さない。

 そんな涼の姿を、美鈴は物陰から密かに見詰め、唇を噛み締めていた。人探しをする涼の様子に気付き、後を追ってきていたのだ。


 翌日も、涼は説得のために、鷺沼に会った。


「体力的に二種目はムリだし、たまたまあの日絶好調で良いタイムが出ただけだし、すずは背泳ぎでの出場は辞退するって言ってる。大会には君が出れるんだ。だから……」

「そういう問題じゃないし、それに『たまたまあの日』ってのは、あんたが勝手に付け足したウソでしょ? あいつの性格考えたら、そんなお上手なこと言わない」

「うっ……」

「つーか、付いて来ないでくれる? あんたのやってることは付き纏い。ストーカーだから」


 しかし、次の日も、そのまた次の日も、涼は鷺沼に食い下がった。そうして四日目のこと。

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