第20話 ハルトの選択
この文化祭の日において、ハルトは涼から、ある役目を託されていた。愛果とユウトを説得し、連れてくるという役目だ。
今日、涼達が演じる舞台は、愛果とユウトが観てくれなければ意味が薄れる。
その大事な役目を、お前にしかできない、とハルトは涼達に託されていたのだ。
上演開始を控える中、ハルトは愛果とユウトの二人を、会場である体育館の裏に呼び出していた。
日頃、互いに距離を置くように心掛けていた二人だ。その我々二人を同時に呼び出すとは、一体何の話なんだろうと、愛果とユウトは気まずさにそわそわしながら、ハルトの言葉を待った。
そんな二人に、ハルトは切り出した。
「今日は二人に耳寄りな話がある。ユウトは知らないだろうけど、俺達の寮の仲間に、美鈴と涼って奴らがいるんだけど、その二人に、凛々奈がメッセージを託してる。お前達へのな」
それには瞠目して驚きを露わにする愛果とユウト。
「い、いや、ちょっと待ってよハルト。どういうこと? あたし達がすず達と知り合ったのは高校でだよ? 凛々奈が事故に遭った後だよ? その前に凛々奈だけがすず達と知り合ってたとは思えない。一体どうやって凛々奈がすず達に私達へのメッセージを託すっていうのよ?」
そして、時系列等々の疑問を、ハルトへ投げ掛ける愛果。が、当然そういった反応が返ってくると予測していたハルトは、つとめて淡々と、彼女達に諭す。
「それに関しては、まだ企業秘密。涼達は今、この体育館の中にいる。そこで上演される彼らの劇を見れば、全てがわかる。行って確かめてみてくれ」
唐突に飛び出してきた「劇」という言葉に面食らう愛果とユウト。しかし、そんな意味深な匂わせ方をされたら、無視はできない。二人は久しぶりに言葉を交わして、相談を始めた。
「……どうする? 観に行くか?」
「あんなこと言われたら、気になって仕方ないよ。観に行くしかないじゃん」
「そうだな。よし、行こう」
他ならぬ凛々奈という言葉を出されては退くわけにはいかないと、愛果とユウトは体育館の入り口へ向かって歩き始めた。
「わかったよハルト。なんだかよくわかんないけど、見せたいものがあるっていうんなら、観に行ってみるよ」
歩き出しながらハルトにそう告げると、愛果はユウトと共に体育館の方へと向かっていった。
二人が角を曲がりその姿が見えなくなると、ハルトは体育館の外壁に背を預けて、力なくへたり込んだ。そして、うわごとのように一人呟く。心の声が、口から漏れ出す。
「覚悟はしてたけど、これでいよいよ二人がくっ付くかもしれないと思うとツラいな。あ~あ、敵に塩を送るような自虐的なマネしてどうすんだって話だよな。バカだってわかってるよ。だけどな、どうしても放っておけねえんだよ、あいつのことは。近くに居たって振り向いちゃくれねえことだってわかってんだよ。でも、一緒にバカ話できたことが良い思い出だと思ってんだよ。いけねえかよ。バカやろう……」
細いため息と共に、ハルトは天を仰いだ。淡く染まった空に浮かぶ雲の流れが速い。少し乾いた冷気が頬を撫ぜる。揺れるうら枯れた枝先に付いた小さな実が一つ、秋風にさらわれる様を、ぼんやりと眺めていた。
これでいい。負け惜しみでもいい。好きだから、一番好きなヤツと一緒に居てほしい。本当にそう思ってるんだ。ダメかよ。他にやり様があるっていうのかよ……
最後の呟きは、心の内へと消えていった。これが、桜井ハルトが選んだ、ハッピーエンドの形であった。
劇の上演時間の直前、涼のクラスの面々は準備を終え、体育館の舞台袖にて、スタンバイしていた。
舞台の前に並ぶ客席は、ほぼ満席。隅の席には、愛果、ユウトの姿があった。手はず通りハルトが二人を連れてきてくれたようだ、と涼達は安堵した。愛果とユウトには、今の今まで、この舞台のことを秘密にしてあった。サプライズというやつだ。
彼らの来場を確認すると、涼とすずは、よし、と改めて気合いを入れ直した。
この舞台の目的は二つ。凛々奈を輝かせること。彼女の存在をこの学校の生徒達の心の中に残すこと。そして、愛果とユウトに、凛々奈の気持ちを伝えることだ。
そうして、ついに開演の時を迎え、舞台の幕が開かれた。
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