第19話 文化祭

「あ! サッカー部、的当てゲームやってるじゃん! 涼ちゃん、あれやりたいあれ!」


 それはサッカー部の催し。9枚の40センチ四方大のパネルにボールを当て、全てのパネルを抜いたら景品のお菓子をプレゼントというゲーム。いわゆるキックターゲットであった。

 凛々奈の強い要望により、二人はそのゲームに挑戦することにした。


「ふっふっふっ、私がサッカー少女であったことを証明してみせよう! 涼ちゃん、活目して見るといい。私のパフォーマンスを!

「お~、わかったわかった」


 そうと決まるや、凛々奈はサッカー部から渡されたボールを指定の位置にセットし、意気揚々と涼にそう告げて、ゲームを始めた。

 自信満々に挑んだだけに、凛々奈のパフォーマンスは本当に凄かった。

 一球目、二球目と、次々と簡単に的を抜き、涼を感嘆させた。

 そこからは少々ミスこそあったものの、順調なペースで的を抜いていき、パネルは残り二枚。そして、凛々奈は8枚目のパネルを鷹のような視線で真っ直ぐ見据えると、その的を目掛けて美しいフォームでシュートを放つ。矢のように鋭いボールが、糸を引いたような精確な軌道で、右端のパネルを貫いた。

 明らかに素人技ではなかった。それは一目見て経験者のそれとわかる、思わず見惚れてしまうほどの、鮮やかなシュートだった。目の当たりにした印象は、「うわっ、かっこいい」だった。素直にそう思った。

 明るくて可愛いだけじゃなくて、こんなクールで格好良い一面もあるのか……。と涼がシビれて唸っていると、凛々奈が「いえ―――いっ!」と飛び跳ねながら振り返り、ドヤッとピースサイン。そして興奮冷めやらぬ様子で言った。


「フフフ、他人の体でもこれだけやれるとは、さすがは私。まぁ、鍛えてるすずの体だということも大きいが。ククク……馴染む! やはりすずの体は実に馴染むぞぉ!」


 テンション上がりすぎて、人の体を乗っ取ったマンガの悪役のようなことを言い出したのを聞いて、せっかく格好良かったのに、とすっ転びそうになる涼だったが、まぁこんなところも彼女らしいか、と微笑ましくも思う。

 しかし、直後、そんな風に和んでいた涼に、穏やかならざる事態が訪れた。


「じゃ、最後の一枚は、涼ちゃんが蹴って当てて。ね、お願い。カッコイイところ見せてほしいなぁ~」


 滑稽な小芝居を終えると、また急にきゃるんと振る舞いを変え、ふいに最終局面を涼に譲ると、凛々奈が言い出したのだ。祈るように手を胸の前で組み、上目遣いでそうおねだりをしてくる。

 無茶振りであった。残る的はあと一枚だが、残るボールもあと一球。一撃必中が求められる。そこにきてのキッカー交代なのである。これほどプレッシャーの掛かる難しい状況はない。

 こいつ、さては、本当は自力で余裕でパーフェクトを決められるのに、わざとこのシチュエーションを作りやがったな。

 凛々奈の露骨なぶりぶりぶりっ子を耳目にして、涼はそう確信していた。

 こいつホントにプチデビルだな、と一瞬腸が煮えそうになった涼だが、すぐに、「まあいい。これが男の出幕というやつよ」と切り替えた。

 これをビシッと決めて女の子を喜ばす。それが男の甲斐性というものだ。逆に見せ場をありがとう。と自分に言い聞かせて心を静め、「よ~し、わかった。見てろよ」と答えて、セットされたボールの前に立った。

 残る的は、ただ一枚。涼は踏み出し、最後に残された、ど真ん中の的を目掛けて、右脚を振り抜いた。

 打ち出されたボールは、勢いよく、高々と天に舞った。眩い太陽を纏い、キラキラと輝いた。


「宇宙開発wwwwwwww」


 その弾道を見た凛々奈は、この上なく屈辱的な比喩表現を口にしながら、涼を指差し、腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。そう、結果から言えば、涼のシュートは、的の遥か上空を越えていった。

 お粗末なものであった。全然心を静められてなかった。長谷部主将の本を読んで心を整えねばならないだろう。早急に。


「ふっ、惜しかったなポルナレフ」


 さらに、凛々奈は放心状態の涼の肩をニヤニヤしたまま叩き、慰める気のない慰めの言葉を口にする。ちっとも惜しくない。

 それにとどめを刺されて、涼、人形のように生気なく、その場に佇む存在と化してしまう。 

 そんな彼を置いて振り返り、嘲笑を上げながら、凛々奈はその場を去っていく。

 その惨状を前に、まるで時が止まってしまったように誰もが無言で立ち尽くす中、凛々奈の高笑いだけが、虚しく辺りに響いていたという。


「楽しかったよ。ありがとう」

「俺の方こそ、楽しかったよ」


 その後、クラスの劇の上演時間が迫り、楽しかったデートの時間は終了。二人は劇の出演に向けて、準備に向かわなければならなくなった。

 その前に、校庭の外れで、今日のデートを締めくくる言葉を交わす二人。


「涼ちゃんには、本当に色々してもらったよ。すずにも。また、舞台の上で頑張ってもらっちゃうことになるけど」

「水くさいことは言いっこなしだぜ。俺達も凛々奈に一杯色々貰ってんのよ」

「ふふふ……涼ちゃん好き! 結婚して!」

「ぐ、ぐおおおお…………」


 その中で、涼に優しい言葉を掛けられると、凛々奈は頬を緩めて、彼に抱き付いた。突然抱き付かれて、心停止しそうになり悶絶する涼。


「じゃ、すず、後は任せた」


 さらに、その体勢のままそう言って、ふいに美鈴と入れ替わる凛々奈。美鈴、慌てて涼から離れ、頭を抱えてため息をつく。


「まったく、凛々奈、あんたってヤツは……」


 遅れて、涼も心臓に悪い、とため息をつく。結局、終始彼女にペースを握られっぱなしの二人なのであった。

 そうして自由時間を終えると、二人は気持ちを切り替え、劇が上演される体育館へと向かった。

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