第18話 模擬店巡り

「それに、すずにはオッケーもらってるんだよ? だから大丈夫! 行こう!」


 だが、続けて彼女が口にした言葉を聞いて、涼は、はたと考えた。

 なぜ美鈴は今日、自分の体を貸して文化祭を回ることを許可したのだろうか?

 そして、はっと悟り、答えた。


「そうか。ならいいか。よし、行こう!」


 そうして、涼と凛々奈は、二人で文化祭を回り始めた。校舎の中にも校庭にも、たくさんの模擬店が立ち並んでいたが、凛々奈のリクエストにより二人はまず、一年生の教室で開かれていたパンケーキ屋の模擬店に立ち寄った。

 教室の中は、ベージュ地のチェック柄の壁紙とテーブルクロスで可愛らしく装飾されていた。少しでも雰囲気を出そうという努力の跡が窺える。

 席に着き、注文したパンケーキと紅茶のセットが運ばれてくると、凛々奈はそのパンケーキを一口大にカットしてフォークで取り、おもむろにそれを涼の口元へと運んだ。


「はい、涼ちゃん、あ~ん」


 向かいの席から、満面の笑顔と共に口元へと届けられたゆえ、涼は思わず口を開けてそれを食べてしまう。


「うふふ、おいち?」

「はい……」


 涼が咀嚼する様子を見て、満足そうに笑う凛々奈。その笑顔と、周りの一年生店員および客達のニヤけた表情と視線を見て、涼ははっと気が付いた。


 あれ? これ、すずに怒られる? 周りには、すずにしか見えてないわけだもんね? というか、今も絶賛すず、激おこ中?


 そう、すずはプンプンしていた。

 が、それを察しても、涼は「……ま、凛々奈が楽しそうにこうしてるんだから、仕方ないか。凛々奈をがっかりさせりわけにはいかないもんな!」という思いを免罪符にして、凛々奈が手ずから食べさせてくれるパンケーキを食べ続けていた。

 結局、一皿丸ごと平らげた。その時の彼のだらしないえびす顔に、すず、ムカムカしっぱなしだったという。反対に、二人は大満足な表情で店を後にした。


「ね~知ってる? ウチの文化祭って、男女でお揃いの物を買うと結ばれるっていうジンクスがあるんだよ?」

「え!? そうなの!? ウチの学校にも、そんなオカルティックな都市伝説が存在したのか」

「え~結構有名だよ? まぁそもそも、お揃いの物を買ってる時点で、既にその二人が秒読み段階だってだけの話なのかもしれないけどさ。単に。……ま、いいや。二人でお揃いにできる物を探して買お―――うっ!」

「え――――っ!?」


 店を出るや、出し抜けに噂話を持ち出し、縁結びとなるアイテムを入手しようと、無邪気な笑顔でせがんでくる凛々奈。さすがにそれには面食らう涼。遊び心で軽々に手を出してよいものか……。

 と、その様子を見た凛々奈、一転シュンとして言った。


「あ、でも、イヤかな。私と結ばれる運命になるなんて……」


 そう言われては涼、男として黙っていられない。今日は楽しいデートにすると約束した。男の使命がある。


「いや、そんなことねえよ。よし、お揃いのものを探しに行こう!」


 涼は、ジンクスなど、その手のオカルトの類を全然信じない人間だ。だからジンクスの内容についてはあまり気にせずに、ただ彼女を楽しませるために、力強くそう答えた。と、


「ホント―――ッ!? やった――っ! ありがと―――――っ!」


 けろりと快活な笑顔に戻り、喜びを表現する凛々奈。

 こいつ……いちいち芝居打ってやがるな?

 それに気付き、小癪に障った時には、もう後の祭りな涼なのであった。


「フフフ、しかし、この場合、すずなのか私なのか、一体どっちに適用されるんだろうねえ、ジンクス」


 さらに、凛々奈はいたずらっぽい笑みをたたえて、そんなことまで言ってくる。

 もはや、自分を振り回して面白がっていることがミエミエなので、涼、忸怩たる思いとなり、そしてその悔しさを誤魔化すように、声を張り上げた。


「知ら――――んっ! もういいから探して買いに行くぞ―――――っ!」

「お―――――っ!」


 それに、陽気に拳を突き上げて応じる彼女。本当にコロコロ表情が変わるヤツだな。と、お手上げな涼なのだった。


 そうして、二人はペアリングできるアイテムを探して、校内中を歩き回った。

 目ぼしいものはなかなか見付からなかったが、カラフルな風船や切り絵、イラスト、様々なオーナメントなどの飾りが付けられ、普段とガラリと装いを変えた校内を歩いて回るだけでも気持ちが華やぎ、楽しかった。

 なお、その間ずっと凛々奈が涼の左腕に右腕を回し、二人で腕を組んで練り歩いていたので、ちょっとした注目の的となっていたのだが、その状況、振る舞いも一周回って、もはや二人の気持ちを盛り上げるための演出にすぎなくなっていた。


 そして、探し回った結果、様々な屋台が立ち並ぶ校庭の一画、開かれていたフリーマーケットにて、二人はそれを見付けた。


「え、なにこれ!? ヤタガラス!?」


 その店には、三本脚の黒い鳥のモチーフがあしらわれたストラップが、何本も並んでいた。


「なに? ヤタガラスって?」


 それを見た凛々奈はテンションを上げ声を弾ませるが、涼はそれがなんなのか、いまいちピンと来なかった。


「神話に出てくる、人々を正しい道に先導してくれる導きの神様だよ。勝利への道にも導いてくれるってことで、日本サッカー協会のシンボルマークにもなってるよ。エンブレムの中にいるよ。ほら、私、元々サッカー少女だったし、私にピッタリなアイテムだよコレわ。かわいい~」

「お~、そりゃまた確かに、あつらえたように凛々奈にピッタリなアイテムだな。だが、可愛いかどうかは……女子が言う可愛いの定義が、いまだによくわからんな」

「え~、かわいいよ~。うん、見て回ったカンジ、お揃いにできるものの中だと、コレが一番良さそう。よし、これにしようよ涼ちゃん!」

「それは同感。賛成。よし、これに決めよう」

「は~い。すいませ~ん店員さ~ん、コレくださ~い」


 しかし、凛々奈の解説を聞き、自分達が選ぶべき一品であることを確信した涼。彼女の意見に納得し、そのストラップを揃って購入することに決めた。


「はい、涼ちゃん、コレ!」

「うむ」

「えへへ、これで晴れてお揃いだね!」

「うむうむ。苦しゅうないぞよ」

「でへへ~。よかった~」


 凛々奈は購入したそのストラップを一つ、涼に手渡すと、自分の物を手に持って示してみせ、お揃いであることをアピールして、嬉しそうに笑う。

 その仕草には、すず一筋を心に決めている涼も、さすがに思わずドキッとしてしまう。おいおい、ジンクスの効力、本物なんじゃないかコレ? と一瞬疑ってしまったくらいであった。


「おそろいだね! よろしくね!」


 凛々奈ははしゃいで小躍りしながら、自分のヤタガラスを涼のヤタガラスに近付け頬ずりさせ始める。

 その無邪気な様が可愛すぎて、俺を殺しにきてるの? やばいぞ。やばいぞこれは。持ちこたえられないぞ。キケンだこの子は。と、内心動揺しドギマギしまくり、一旦エスケープしなければ! と、「ほら、もうわかったから次行くぞ」と言って踵を返して歩き始め、平静を装ってその場を逃げ出す涼なのであった。


 しかし、見た目は同じなはずなのに、すずとは全くの別人だな、と改めて思う涼。

 不思議なもので、美鈴の体を借りた姿のはずなのに、美鈴の姿なんて全く見えていなかった。ただ、日向凛々奈という明るくて素敵な女の子とデートしているようにしか思えなかった。

 美鈴といる時とは違い、あまり緊張というものをしなかった。別人という認識を自分がはっきりしているからなのだろう。まぁ、めちゃくちゃ翻弄されることはあるが。と、涼は思っていた。


 そうして逃げの一手で、あてもなく校庭を歩き出した涼と、「あ~ん待ってよ~」とその背を追う凛々奈。と、その先で行われていた出し物を見て、凛々奈が涼を呼び止めた。


「あ! サッカー部、的当てゲームやってるじゃん! 涼ちゃん、あれやりたいあれ!」

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