第16話 幼馴染み

「いよいよ、私の正体を明らかにする時が来たみたいだね! まず、名前かな。改めまして、私の本当の名前は、日向凛々奈といいます」


 今まで、レイという仮名で呼んでいた相手の氏素性を、初めて知った。それだけで、なぜかぐっと彼女に近づけたような気持ちに、二人はなっていた。が、その次に、二人が覚えたのは、凛々奈、という名前への引っ掛かりであった。


「りりな? その名前、どっかで聞いたことないか?」

「確かに……あ、そうだ! たしか、最近の愛果とハルトの会話の中に、その名前が出てきたことがあったような……」


 細い記憶の糸を辿る二人に、


「ぴんぽ~ん! 大正解~! 実はわたくし、愛果とハルトとは小さい頃からの付き合い。幼馴染みなので~す!」


 あっけらかんと、そう答え合わせをする凛々奈。


『え―――――――っ!?』


 それには、二人も驚いた。まさか、身近な人間達の縁者であったとは。


「私、最初に、送れるはずだった高校生活を疑似体験してみたいから、すずの厄介になるって言ったけど、それも理由の一つなんだけど、本当の目的は、愛果の様子を近くで見ていたかったからなんだよね」


 しかし、次に凛々奈が一転、真摯に自身の目的を語り始めると、二人も固唾を呑み、彼女の話に聞き入る。


「私達の幼馴染みは、もう一人いるの。川上ユウト。私と愛果とハルトとユウト、小さい頃からの仲良し四人組」


 ユウト……その名前も、二人は覚えがあった。先日、みんなでサッカーをしていた時に会った男子だ。


「それでね、私も愛果も、昔からユウトのことが大好きだったんだ。私達は、言ったらライバルでもあったの。もっとも、ユウトは愛果のことが好きだったんだけどね」


 親友というコインの裏面はライバル、得てしてそういうものなのかもしれないと、二人は思った。


「だけど、私達は争うことは全然しなかった。今は四人でいる時間が一番楽しくて一番好き。そう思ってたから。まだ小中学生だったしね。高校になったら勝負だって、たぶん二人共思ってた。まぁ、私に勝ち目はなかったんだけどね。でも、その勝負はお流れになった。中学卒業を間近に、私が自動車事故に遭ってこうなってしまったから」


 運命の残酷な急転に、二人は息を呑む。言葉が見付からない、というやつだ。


「愛果とユウトは、すごく悲しんでくれたよ。二人共、私の自慢の友達だ。……だけど、そのせいで、二人が付き合うことはなかった。二人共、私がこんなことになったのに、自分達だけ幸せな思いをしていいのかって思ってるの。特に、愛果は、私がユウトのこと好きなのを知ってたからさ。凛々奈の気持ちを考えたら、凛々奈が好きだった人となんて付き合えないよって。愛果って、本当はすごく良い子なんだよ」


 知らなかった事実に、二人は衝撃を受ける。

 一つの事故が、三人の人生の歯車を狂わせた。そして、天真爛漫を地で行く少女と思っていた愛果が、本当はそこまで人を想いやり、人の心を重んじて優先するような人生を送っていたとは……。


「だからね、すず、涼ちゃん、お願い。私に力を貸して。私の言葉は、愛果とユウトには届かない。二人の力が必要なの。私は、愛果とユウトが、私に気兼ねなんてしないで付き合い始めてほしいと思ってる。愛果のことを恨んだりなんかしない。するわけがない。それを二人に伝えてほしいの」


 その願いを聞いた二人の目に、涙が込み上げてきた。

 お互いに自分を抑えて相手のことを案じている。気持ちを優先している。その友情の美しさと切なさに、胸が熱く、そして詰まる思いになった。

 どちらの願いも尊重されてしかるべきとは思ったが、しかし、凛々奈は親友達を想い、彼女達にそれを伝えたいという強い想いから、霊にまでなったのだ。彼女の願いを叶えてあげたかった。ゆえに、二人は凛々奈の頼みを受諾することに決めた。

 そうして、その願いに、二人は涙ながらに頷いた。


 力を尽くす、と凛々奈に答えた日から、涼と美鈴は考えていた。一口に凛々奈の気持ちを愛果に伝えるといっても、「こういうことがありましたよ、凛々奈はこう言ってましたよ」と話すだけで、はたして伝わるものだろうか。いや、伝わらないだろう。

 そもそも、凛々奈が幽霊となって出てきて……なんて話を信じるかどうか、という問題もある。どういう方法を採るのがいいのだろうか。すぐには答えを出せないでいた。


 そんな折、学校にて、クラスのホームルームで、まるで啓示のような出来事が起こった。


「それでは、投票の結果、このクラスが文化祭で行う出し物は、演劇に決定しました。よって、次回までにどんな演目をやりたいかを各自、考えてきてください」


 北桜高校は文化祭を控えている。他のクラスと同じように、涼や美鈴がいるクラスでもホームルームにて、それに向けた会議が行われていたのだが、その場を仕切るクラス委員の女子の口から、そう意外な決定事項が告げられたのだ。

 このクラスに演劇をやりたい生徒がそんなに居たとは、と驚いた涼だったが、今考えるべきは、そこじゃない。

 その結果を耳にした瞬間、涼の脳裏が騒いだ。己の直感が告げていた。この機を活かせ、と。愛果達に凛々奈の想いを伝える、その願いを叶えるチャンスかもしれない、と。


 ホームルームの後、涼は美鈴に、その腹案を明かした。


「なぁ、ちょっと考えてみたんだけどさ、この劇、凛々奈の物語にしちまえばいいんじゃないか?」


 その唐突な提案には、さすがに面食らう美鈴。


「え―――っ!? それはその、凛々奈の願いを叶えるために? それがそんなに上手くいくかしら?」

「それは俺達の努力次第だけどさ、良い舞台だと思うんだよ。愛果達に凛々奈の想いを届けることが可能な」

「う、うん……そうなのかな」


 熱くなる涼と対照的に、まだその主張に半信半疑な心境の美鈴。


「ほら、どうせやるんだったら、良い劇にしたいじゃん。これ以上無い題材だと想うんだよね。それに、そうすれば、みんなが凛々奈のことを知る。凛々奈もウチの一員になれると思うんだよね。俺は凛々奈のことも、ウチの学校の仲間だと思ってるからさ」

「……涼、そこまで凛々奈のことを考えていたなんて。いいわね。やりましょう」


 涼の情の深さを改めて知った美鈴は感化され、微笑んで頷き、彼の案に乗る腹を固めた。


「そうなると、まず、ハルトに協力を求めるべきね」


 劇の脚本を考える上で、幼馴染み四人組の一人であり、現在最も愛果の近くにいるハルトの力は不可欠だった。

 だから涼達は、「愛果には内緒で」とハルトを放課後の教室に呼び、これまでのいきさつを説明した。


「……なるほどな」


 目を閉じ、耳にした俺達の話を噛み締めるように、深く頷くハルト。


「すぐに信じてくれるのか? 凛々奈が幽霊として近くにいるなんて話を」

「……正直、ピンとは来てない。だけど、二人が言う凛々奈の望みと、オレの望みは同じだ。だから、オレは協力する」


 その答えを聞き、協力を得られたことにまず安堵した二人であったが、一方で、いつになく真摯なハルトの様子に、少々緊張感を覚える。


「来てくれ。二人に見てほしいことがある」


 協力を了承するや、ハルトは踵を返し、場所を移そうと歩き出した。

 二人がその背に従って連れて行かれた場所は、近くの大学病院の一室であった。

 生唾を飲み込みながら扉を開け、中に踏み込んだ涼と美鈴がそこで目にしたものは、生命維持装置を身に着けてベッドに横たわっている、一人の少女の姿であった。

 その姿を見詰めながら、ハルトは口を開いた。


「彼女が、日向凛々奈だ。凛々奈は事故で死んだわけじゃないんだ。その日から一度も意識を取り戻していないけど。いつ目を覚ますのかもわからないけれど。ずっとこのままなのかもしれないけれど」


 凛々奈は幽霊じゃない。生き霊だったのだ。

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