第15話 初秋のざわめき
体育祭からしばらくの時が経ったある日のこと、六人は昼休みに、校庭グラウンドに集まってサッカーをして遊んでいた。
昼休みに寮の面子で集まるのは珍しいのだが、せっかくハルトと愛果がサッカー部なのだから、一度一緒にボールと戯れて遊んでみようじゃないかという趣向で集まっていた。
と、やはり経験者と未経験者というのは違うもので、他の四人はハルトと愛果から全くボールを取れなかった。巧みなボール捌きで触らせてすらもらえなかった。
経験者の中では並なレベルのハルトと愛果だったが、それでもやはり素人とは雲泥の差で、四人は完全に遊ばれているばかりであった。特に愛果は完全にナメプで、ずっとベロベロバーしておちょくってくるので、すずにキレられサブミッションを極められておしおきされ悶絶していた。
そんなわけで、ムカつくので普通にサッカーをするのはヤメて、ハルトに軽く浮き球を入れてもらい、それをヘディングして無人のゴールに決める遊びに一同は移行していた。
と、みな初めてのヘディング体験をきゃっきゃと楽しみ、あおいと秋二はボールをゴールに打ち込み、ご満悦。しかし素人にはこれが案外難しく、中には――
「あれ?」
涼のように滑稽な空振りを演ずるハメとなってしまう者もいた。それには思わず噴き出す他の五人。
と、涼がスカしたため流れていったボールが、たまたま通り掛かった男子生徒の下へと転がっていく。
「あ、すいませ~ん、こっちに戻してくださ~い」
追いかけていった涼が、その爽やかイケメン系の男子にそう頼むと、彼は「オッケー」と言って、脚でそのボールを止めて、蹴る。と、そのボールは涼の頭上を越え、ハルトの足元へと精確に飛んでいく。
ハルトがそのボールを止めるのを見届けると、彼はそのハルトと愛果に向かって「よお」とばかりに手を上げる。と、二人も同様に彼に向かって手の平を向けた。が、互いに特に言葉は交わさず、そのやり取りを終えると彼はふいと視線を逸らし、足早に校舎の方へと去っていった。
「知り合い? 今の人、上手かったね。あ、サッカー部?」
ボールを止める、蹴る。その一連の動きのスムーズさと精度の高さから、涼は間違いなく彼が経験者であることを確信していた。ゆえにハルトと愛果にそう尋ねたのだが、二人はそれに浮かない表情を見せる。少々の沈黙の後、やがて低いトーンでハルトが重い口を開いた。
「いや、中学まではサッカー部だったけど、今は地域のクラブチームに入ってる」
なにやら反応が悪い……。
それに気付いた涼だったが、それがかえって好奇心を刺激し、もう少し踏み込んで尋ねてみたくなる。
「ふ~ん。同じ部活の仲間じゃないんなら、なんでそのこと知ってんの?」
と、ハルトは渋い顔をして答えた。
「ああ、あいつの名前は川上ユウトっていってな、オレと愛果とは、ガキの頃からの幼馴染みなんだ」
その答えに、涼達は違和感を覚えた。我々寮の仲間達はそう浅い仲でもないはず。なのに、それが初耳なのは妙じゃないか? と。幼馴染みが同じ学校にいたのなら、つるんで仲良くしていてもいいはずだし、我々を交えて遊ぶことだってあってもおかしくない。なのに、彼らが話しているところすら見たことがない。
なにやらワケありなニオイを嗅いだ涼達であったが、話すハルトの淡白な口調が、これ以上詮索してくれるなよ、という色合いをありありと帯びていたので、なおも切れ込む気にはなれず、「へ~、そうなんだ…………」と簡単な相槌だけを返して、口を閉ざした。
誰だって知られたくないことの一つや二つ、あるもんだよね。この世には、開けてはいけない扉の百や二百もあるもんだよね。
涼達は、そうハルトと愛果の心情を斟酌し、今後、この件に触れることをタブー、禁忌とすることを、心に決めた。
美鈴達が通う北桜高校では、体育祭が終わると、次に文化祭の時期となる。季節はもう、すっかり秋だ。学内でも、文化祭に向けた機運が高まってきていた。そんな折、唐突に彼女が、美鈴に切り出した。
〝すず~、私もそろそろ気合い入れて、自分のやるべきことに取り掛かるわ〟
美鈴に取り憑いた少女、レイが、そう切り出したのだ。
「は? 気合い入れてやるべきことって、あんたにそんなのあったの?」
ふざけもふざけ切った存在だと彼女のことを認識していた美鈴は、その決意表明に大いに面食らう。
〝え~、ひどいなぁすずは。私をなんだと思ってるの? 私だってちゃんと色々考えてるんだよ? なんかさ、こないだの体育祭でのみんなのこと見てさ、私も気合い入れなきゃなって思ったんだよ〟
「……そうなの。で、なにをしようというの?」
自分の内側から響いてくる声は、いつもよりはいくらか、その声色に真剣味を帯びていた。まして、先日の体育祭の一件に触発されたと聞かされれば、おざなりにはできない。なので、美鈴は居を正し、真剣に彼女の話に耳を傾ける。
〝待った。涼ちゃんにも一緒に聞いてもらおう。私の存在を認識している二人に聞いてほしいんだ。私の身の上話ってやつを。というわけで、すず、涼の部屋に行こう〟
そうして、美鈴は涼に事情を説明して部屋に入れてもらい、二人は改まって座り、話を聞く準備を整える。と、レイは美鈴の中から一時的に離脱。二人の前に、少女の輪郭を象ったおぼろげな発光体たるその姿を久々に現すと、語り始めた。
「いよいよ、私の正体を明らかにする時が来たみたいだね! まず、名前かな。改めまして、私の本当の名前は、
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