第12話 美鈴とレイ

 美鈴の中に宿るレイ。彼女にはいつもイタズラをされてばかりで、美鈴にとって彼女は厄介者でしかないのかというと、そんなこともない。たとえば、高校に入学して間もない頃のこと。


 学校にて、美鈴は昼休みに一人難儀していた。

 一緒にお昼を食べる友達がいないのである。ぼっち飯を決めるのも難しい。何日も続けるものではない。そろそろメンタルが耐えられなくなる。

 美鈴は入学後の友達作りに失敗していた。

 愛果やあおいら、寮の女友達が全て別のクラスとなってしまい、クラスに友人を作る必要があったのだが、それに失敗していた。秋二とハルトまで別のクラス。同じクラスなのは涼だけだ。その涼も、やはり男友達と昼食を取っていた。ゆえに、美鈴は昼休みにぼっちとなっていた。

 美鈴は口下手ゆえ、対人において引っ込み思案なところがあり、自分から人に話し掛けるということを、あまりしない。できない。

 そして、特有のルックスも災いしていた。クールな美人はどこか怖い、というやつで、その相貌は「近寄り難い」と人に思わせるのに十分なものであった。

 そうして、決して嫌われているわけではない。むしろ万人に興味を持たれてはいるものの、誰とも距離を縮めることができず、残念ながら美鈴は友達作りに失敗していた。

 それゆえ、今日も学食の前で立ち往生。美鈴は寮生ゆえ、基本的に昼食は学食でまかなうしかない。

 北桜の学食はとても素晴らしい空間だった。十分な広さが設けられている上、吹き抜けの高い天井は開放感があり、並んだ白い長テーブルは綺麗で清潔感があった。

 なのに、そこにひしめく人々が、全てぼっちを虐げる敵に見えて、学食に踏み込めない。

 愛果やあおいも、それぞれのクラスの新しい友人とお昼を食べているので、頼れない。邪魔するわけにはいかない。迷惑はかけられない。なにより、美鈴はプライドが高い。そんな情けないところを彼女達に見せるのは、プライドが許さない。

 振り返ると、小、中の時も、クラス替えの度に美鈴はこの手の苦労をしていた。成長できんな、と嘆息する美鈴。いよいよ退っ引きならなくなったところで――


〝大丈夫だよ、すず。すずには私がついてるから。休み時間には毎回私が話し掛けるよ。私がいつも一緒にいるから寂しくないよ〟


 レイにそう声を掛けられた。


「……ありがとうレイ。でも、あなたが言うついてるって、憑いてるっていうこと? フッ、憑きものに慰められてるようじゃ、私も終わりね」

〝おい、自虐が過ぎるぞ。そしてせっかくフォローしてあげたのに冗談も過ぎるぞ。そうとう荒んでるなコリャ〟


 自嘲の笑みを浮かべる美鈴の取り成しに苦心するレイなのだった。


 かくして、それから数日間、休み時間の度にレイは美鈴が寂しくないようにと話し掛けた。そうしてくれることが嬉しくて、美鈴にとってレイはもはや、邪魔な憑きものなどではなくなっていた。クラスの中で初めてできた友達だった。

 レイは色々な話をしてくれた。昔やっていたゲームや読んでいたマンガの話、小学生の頃サッカークラブに入って男子に交じってサッカーをやっていたらしく、その時の思い出話や好きな海外サッカー選手の話などをしてくれた。

 正直、どれも美鈴にはよくわからなかったのだが、気遣いが嬉しかった。

 そんな日々が続いた、ある日のこと。


「や、すず。どったの突っ立って?」


 また学食の前で足が重くなり、硬直していた美鈴に、たまたまやって来た涼が声を掛けた。


「え!? すず、クラスに一緒にお昼食べる友達がいないの!?」


 そうして、その日は涼と昼を食べることになった美鈴は、その席で涼に現況を説明。と、そこで初めて彼女の窮状を知り、しこたま驚く涼。なんでもそつなくこなすイメージを彼女に持っていたのだ。


「大きな声で言わないでよ、恥ずかしい」

「……す、すまん! まぁでも、そういうことなら、俺に任せてよ」

「え?」


 一度は思わずリアルに噴飯しそうになった涼であったが、すぐに居を正すと、任せろと美鈴に胸を張った。

 なんとも軽々に安請け合いするものだと、拍子抜けする美鈴。ずいぶん軽い問題だと見なされているようで、少々癪に障った美鈴なのであった。


 しかし、翌日の昼休み。


「お~い、すず~。この子達、推理小説読むの好きなんだってさ。すずも好きだったよね、推理小説。話合うんじゃない? 一緒にお昼食べながら、ちょっと話してみたら?」


 涼がクラスの女子を二人、すずの下に連れてきて、しれっとそんなことを言ってきた。できた話すぎて思わず硬直する美鈴。


「高瀬さん、お昼、ご一緒していい?」

「ミステリーの話ができる仲間が欲しかったの。高瀬さん、クリスティ好き?」

「う、うん……」


 そんなすずに、柔らかな微笑を見せながら、願ってもない言葉を掛けてくれる二人の少女。

 涼は約束を守った。しかも、適当な人選をしたわけではない。すずのお眼鏡に適いそうな、品が良くて穏やかで、おまけにつるんでいても違和感のない、自分とある程度容姿の釣り合いまで取れた子を探して、連れてきてくれたのだ。

 会ってすぐに、そのことがわかった。


 そうして、すずにクラスの友達ができた。

 彼女達とは秒で仲良くなることができた。

 ついに昼休みのぼっち飯の苦しみから解放されて大満足な美鈴であったが、しかしレイの方には少々腑に落ちないことが。


〝う~む、どう捉えるべきか、あの涼という男。評価すべきなのかすべきでないのか、さっぱりわからん。モヤモヤするわ……〟

「え? なんで? 良い人じゃない。おかげで友達できたし。……そうだ。後でちゃんとお礼言っておかなくっちゃ」


 そして、自身とは対照的な心境の美鈴に、レイはさらにモヤモヤを募らせる。


〝いやいや、男としてどうなのかって話よ。物足りなさを覚えないかい。万年良い人止まりマンっていうか、馬鹿正直すぎるというか。そりゃ、すずのためを思えばクラスに同性の友達がいた方がいいに決まってるんだけど、そのままにしておけば、せっかく自分が毎日憧れのすずちゃんと一緒にお昼食べられるチャンスだったっていうのに……〟

「え? あこがれ? 涼って……そうだったの?」

〝……え? 気付いてなかったの?〟

「う、うん。初耳っていうか、それって本当?」

〝いや、嘘でしょ!? バレバレだったじゃない! まさか気付いてなかったとは。すずがここまで鈍感だったなんて……うわ、涼に悪いことしちゃったかな。スマン涼〟

「いやいや、レイの勘違いかもよ? 本人に直接そう言われない内はわからないわよ、そんなの」

〝……マジかよ。違うかも。涼ちゃん、あんたは凄く可哀想なヤツかもしれない。すず、あんた国語のテスト、本当に点取れてんの?〟


 なので、つい何故涼の行動に不満を持っているのかを美鈴に語ってしまったのだが、その理由を聞いても全くピンと来ていない彼女の様子に、レイは閉口する。


〝すず、後で涼ちゃんにお礼言うとか言ってたけど、あんたの場合そんなんじゃ足りないわ。お礼は、あんたのボディで払いなさいボディで!〟

「え――――っ!?」


 イライラは、すずと話したことでむしろ頂点に達してしまい、思わず極論を吐くレイさんなのであった。


 それから、およそ一年四ヵ月後、美鈴は涼を海に誘っていた。二人で、海に来ていた。

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