第10話 体育祭

「なー、あおい、お前最近どうした?」

「ん? なにが?」

「お前、最近全然、涼に絡みに行かなくなったじゃねえかよ」

「ん? そうだっけ?」

「そうだろ」


 夏祭りから一月近く経った、ある日のこと。リビングにて、秋二があおいに、彼女の近況に対して物言いを付けた。が、あおいはすっとぼけて煙に巻くばかりであった。その様子を見て、秋二は彼女が諦観を抱きつつあることを察していた。


「お前……それでいいのかよ?」

「は~? 知りません~。文句があるなら神様ってヤツに言ってくださ~い」

「神様って、お前……それは言いっこなしだろ。そんなこと言い出したら、どんなことだってみんな終わりだぞ」


 秋二が少々踏み込んだ問いを投げ掛けると、今度は開き直ったような態度を見せるあおい。それには秋二も閉口するばかり。

 やはり、あおいは夏祭りの一件をまだ引きずっているようだ。そう確信する秋二。誰の目にも明らかだった。

 秋二のフォローは効いていたのだが、まぁそれはそれ、これはこれだ。横たわる問題自体が消えたわけではないのだから。


「まぁ、無理強いはしないけどよ、だけど、悔いだけは残すんじゃねーぞ」

「……は~い」



  そんなことがあった、数日後のことであった。


「なんだよ~学年全体リレーってよ~。去年は無かったじゃんよ~」


 またリビングにて、あおいが秋二にグチっていた。

 この日、学校で、来たる体育祭のプログラムが発表されたのだが、その内容が、あおいにとって不本意なものだったのだ。


「走れねーんだっての私は。そりゃ義足のアスリートもいるけどさ~、私はそんなハイレベルな体幹持ち合わせてね~んだわ。ったく、去年は当たり障りのない種目だけを選んで乗り切ったというのに」

「悔しい思いは察する。だが、決まってしまったものは仕方ないというか、それを言っても始まらないから、リレーは俺達に任せて、他の種目にその思いをぶつけることにしてくれ」


 秋二はどうにか取りなそうとするも、ご機嫌斜めでブーたれるあおいであった。

 あおいの義足は、専用のカバーを付けて、その上から靴下か長ズボンを履けば、ぱっと見ではそうとわからない。もっとも、あおいは鬱陶しいからと、普段はカバーを付けずにいることも多いが。市販の靴を履いて出歩くこともできる。しかし、走ることだけはどうにも苦手であった。どうしても地に足を取られて、転倒してしまうのだ。


 ゆえに、その後、あおいのリレー不参加が正式に決まり、それにより人数が少ないことによる有利を作らないため、他のクラスと条件を合わせるために、あおいのクラスは誰か一人の女子が二回走るというルールが定められた。

 そして、そのあおいの代走は、話し合いの結果、クラスの女子最速である美鈴が務めることに決まった。なんだか運命の皮肉を感じずにはいられないあおいであった。


 その思いは、体育祭のリハーサルが行われた際に、ますます強くなった。

 あおいの眼前でリハーサルが行われていた。美鈴が走る順番は、最初から二番目と、最後から二番目。二度走るため、疲労を考慮し、間を空けるためにその配置となった。

 さすがにスターターとアンカーは、より足が速い男子が務めるものの、まぁつまり女子としては大の花形といえるポジションなわけだ。

 今、あおいの目の前で、その美鈴の一度目の出番が訪れようとしていた。


「キャ―――ッ! すず速―――い!」

「すごいすごい!」


 美鈴がその健脚を披露するや、女子達がわっと一斉に黄色い歓声を上げる。

 他クラスの女子達からまで、声が飛んできている。凛とした容姿で、抜群の能力で、なにをさせても活躍をするその美鈴の姿は、男女問わず人気が高い。

 そんな姿をまざまざと見せ付けられたあおいの胸に、複雑な感情が去来する。

 自分の代わりに走ってくれるわけだから、悪く思ってはいけないとわかっているのだが、そうは言っても割り切れないものもある。今のあおいの目には、今の美鈴の姿は、少々眩しく映りすぎた。


 そうして、体育祭本番という段になっても、あおいの胸には、そんな思いが纏わり付いたままであった。

 花飾りがあしらわれた派手な入場門や横断幕、特設テントなどで彩られた、いつもと装いの違う校庭の中で、どこか一人蚊帳の外のような気持ちでいるあおい。

 そんな一人の少女の想いをよそに、祭りの種目は恙無く進んでいき、ついに最終種目、学年対抗リレーのスタートの号砲が鳴る。

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