第9話 夏祭りにて②
発射。
狙い澄まして撃ち出された弾は、箱の上部に命中。と、箱はゆっくりと仰け反り、やがて、力尽きるように、天を仰いだ。
「やった!」
「わぁ~っ! 涼すごい! ありがとう~!」
それを見た瞬間、美鈴は思わず、わっと歓声を上げて涼に駆け寄り、二人は歓喜のハイタッチを交わす。
仲間達も拍手でそんな二人を讃え、祝福する。
いや、一人だけ、虚ろな目でその光景を眺めて立ち尽くしている者が。
……あおいであった。
そうして射的を終えると、再び左右に立ち並ぶ屋台の間を歩き始めた一同。
――だったのだが、しばらく歩いたところで、ふと愛果とあおいがいなくなっていることに気が付いた。人の波に呑まれたのかもしれない、と残る四人は考えた。
「下手にバラけるのもよくない。俺とハルトで探してくるから、二人はここで待ってて」
「わかった」
そのため、涼と美鈴をその場に待機させ、秋二とハルトで来た道を戻り、二人を探しに行くこととした。
「……なにやってんだよオメーは」
「型抜き。……あ~割れた―――――っ!」
愛果はどこまでも型破りな女であった。
「いや、そうじゃなくて、なんでいきなり団体行動乱して型抜きに興じてんだって聞いてんだよ」
「だって……色んな屋台見てる内に、いつの間にかはぐれちゃったからさ。まぁいいかなって」
「よくねえよ。自由か」
探しに出たハルトは、すぐに愛果のことを見付けた。彼女はのほほんと一人で遊んでいるだけであった。
ハルトはその旨、涼達にSNSで伝えながら、また愛果にお説教。
「ちぃ……型抜きはやはりムリか。もういいや。よし、ならば次はあんずアメだ。行くぞハルト!」
「合流しようという発想はねえのかよ!」
だが、愛果は悪びれるそぶりもなく、ぱっと次の屋台へと駆けていってしまう。ので、不承不承その背を追うことになるハルト。いつもこんなである。
「この輪投げに成功すれば、あんずアメをもう一つプレゼントだ」
訪れた屋台の店主から、愛果とハルトはそう説明を受ける。
「だってさハルト! ほら、投げて。決めて決めて」
「俺が投げんのかよ」
それに目を輝かせる愛果。ハルトに掌大の木製の輪を渡して、そうせがむ。
「うん! 昔約束したじゃない。カッコ良くゴール決めるところ見せてくれるって」
「……え~、それはサッカーの話であって輪投げじゃ……つか、よく覚えてたな、そんな話」
「だって、あれから全然見せてくれた覚えないんですけど。全然ゴール決めないじゃんあんた。そしてそうこうしてる内に、あんた今やディフェンダーじゃん。だからさ、輪投げで我慢してあげるから、カッコ良く決めてみせてよ」
それは、古い約束。何気なく交わした約束の思い出だった。
さして大事な約束だったわけじゃない。だが、ハルトにとっては、他ならぬ愛果が自分との約束を覚えていてくれたことが嬉しかった。ゆえに、彼は奮起した。
「よっしゃ、わかった。見てろ」
そうして、ハルトは渡された輪を握り締め、輪投げに臨んだ。
指定された立ち位置から、目標の台に立てた的棒までは、三メートルほどの距離があった。案外難易度が高い。
ハルトは呼吸を整え、指先に全神経を集中。そして、裂帛の気合を込めて、輪を投じた。
放たれた輪は、美しい放物線を描き、的棒を捕らえた。
「やった――! ハルト―――!」
愛果の笑顔が弾ける。駆け寄る彼女と、ハルトは会心のハイタッチを交わした。
「はいよ! あんずアメ2つ!」
「やった――!」
そうして、愛果は店主からあんずアメを2つ受け取ると、すかさず立て続けに左右の手に持つそれらにかぶり付いた。
「2つともお前が食うのかよ! 俺が獲ったのに片方くれるとかじゃないのかよ!?」
「なに!? 私がみすみす食べ物を見逃すとでも!?」
「さっきからどんだけ食い意地張ってんだよ!」
さすがにそれには面食らい、そう問い詰めるハルトだったが、それを聞くと愛果は逆にびっくりした、というような様子で、そう聞き返す。
もはやハルトが諦念すら抱いたしかしその時、ふいに愛果が彼の眼前に、割り箸に刺さったあんずを差し出した。
「よし、仕方ない。君にこのあんずの部分をやろう。よかったな。へへへへへ」
いたずら好きな子供のような笑顔を浮かべ、彼女はそう言った。彼女の歯形が付いた水あめと最中は、彼女のものということらしい。
苦笑しながら、ハルトはそのあんずが刺さった割り箸を受け取った。
並んで歩き、仲間の下に帰りながら口にしたあんずは、なんともいえない微妙な味がした。
あおいは、夏祭りの会場から少し離れた場所にある公園のベンチに、虚ろな目をして独りで座っていた。
頭の中には今もまだ、涼と美鈴がハイタッチを交わす光景が巡っている。
涼だけが、美鈴の求める物を射止めるとは。何人も寄せ付けない。まるで二人に紡がれた運命が暗示されているようだった。
そんなものを目の前でまざまざと見せ付けられてしまっては、私はこれからどうすればいい。
人を想わばつい過敏になってしまうものだ。後ろ向きなことばかり考えてしまう。あおいの目の前は真っ暗になった。
「うわっ!? なにっ!?」
瞬間、思わず悲鳴を上げるあおい。そう、物理的に突然あおいの目の前が真っ暗になっていたのだ。人為的に。
背後から突然、顔に被せられた何かを慌てて外し、振り返るあおい。と――
「……なんだ。やっぱり秋二か」
そこに立っていたのは、見知った、予想通りの顔で、一転ホッと脱力するあおい。
「なんだとはなんだ。せっかく探しに来てやったというのに。なんでこんなとこに座ってんだ」
「ボーっと歩いてたら、いつの間にかはぐれちゃったの! で、少し休んでただけ! いいでしょ別に!」
声掛けたらなんか急に怒られた。なんか情緒が不安定……というか、ご機嫌斜めだなこいつ。まぁ、予想は付いていたが。と、内心独りごちる秋二。
「それに、なにこれは!? 一体なんのつもりなの!?」
さらに、手にしたサンリオのキャラクターがかたどられたお面を、秋二に突き付けながら問うあおい。
「いや、泣いた後の赤い目を隠せそうなものが、それしかなかったからさ。あおいを見付けた後、声掛ける前に買ったんだよ」
秋二のその答えに、思わぬ優しさにハッとするあおい。
「泣いてないから……」
秋二が来なかったら、もう少しで泣くところだったけど。と心の中で付け足しながらも、唇を尖らせて不満顔を作ってみせる。
とっさに強がることしかできなかった。じゃないと、油断すると、それこそつい泣いてしまいそうだったから。
「だったみたいだな。ワリィ、早とちりだ。じゃ、こっちはお詫びの品ってことで」
と、秋二はおわびにと片手に持っていた、プラ容器に入ったこげ茶色の物体を彼女に差し出した。
「ナニコレ?」
それは、あおいにとって初見の物体。目を丸くしてそう問う。
「知らんのか? カルメ焼きだ。それが一番安かったからさ。お面が結構高くて
……」
と、秋二はそう答える。カルメ焼き、名前だけは聞いたことがあった。
食べ物か、なら頂くかと、あおいはその茶色の塊を受け取る。受け取りながら、しかし考えた。
ていうか、お詫びってなに? 秋二は私のためにお面を買ってくれたのに、それを詫びるってどういうこと? この人ちょっと優しすぎない? 高いお面を買ってくれたのにカルメ焼きまでくれるってどういうこと? この人ちょっと優しすぎない?
思わず、あおいは秋二のことを胡乱げな目で見る。この人、本当にただの人間? 仏じゃなくて? と。すると――
「ん? なに? 気に入らんかった? カルメ焼き」
不安げにおろおろとそう尋ねてくる秋二。
気に入るわバカ。
なんなのこの人? 人に気遣いすぎて、いつか心労で倒れるぞ。
内心ではそう思うのだが、「いや、そうじゃないけど」と答えて、俯くだけのあおい。ついそうなってしまう。優しさが染みているところを見られるのが恥ずかしくて。照れ隠しだ。
俯き、そしてカルメ焼きをかじってみるあおい。……にがい。
初めての一口は、なんとも言えない微妙な味がした。
なんだかまた涙が込み上げてきて、あおいは膝の上にのせていたお面を、もう一度そっと被った。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「うん」
あおいが食べ終えたところで、二人は腰を上げ、仲間の下へと歩き始めた。その途中で、あおいは三度お面を被り、
「秋二」
前を歩く秋二のことを呼び止めた。
ん? と振り返った秋二の目に映ったあおいは、お面を被っていた。
「ありがと」
仮面を被れば、少しは素直にもなれる。
そう告げるや、あおいはそのまま小走りに駆け出し、秋二の脇をすり抜けて逃げていった。
「お、おお……」
走り去っていくあおい。秋二はなにがどうなった? と小首を傾げて微妙な相槌だけを返しながら、その背を追った。
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