第8話 夏祭りにて

 遊園地に行った日から数日後、寮のリビングにて、涼、あおい、秋二が三人で雑談をしていた。


「涼、貸してくれた映画、すごく面白かったよ! 『あの頃君を追いかけた』も『包帯クラブ』もすごく良かったよ!」

「おーホントか!? 気が合うねぇ~あおいとは。良いよな、その二本!」

「うん! あの頃の方は、最後に『これからも幼稚だ!』『約束よ』って終わるところにグッときたし、包帯クラブも終盤、屋上に包帯結ぶシーンが凄く良かったよ!」

「お~! いいねえ~わかってるねえ。わかってくれる人がいて嬉しいよ、うん。よし、じゃあ今度『空の青さを知る人よ』ってアニメ映画観ようと思っててな、それはまだ俺も見てないから、一緒に観るか?」

「う、うん! 観る!」

「お~! よかったよかった。寮にアニメ映画観てくれるヤツなんて他にいないからな!」


 その日もまた、共通の話題を作り出し、涼との会話を弾ませようと励むあおい。最近じゃ、よく見る光景であった。遊園地じゃ泣いていたというのに、もう切り替えて、なお頑張っているあおいの姿に、秋二は頭が下がる思いでいた。すごいな、と思った。強い。自分にはマネできないな、と。

 しかし一方で、盛り上がる二人の様子や会話、あおいの嬉しそうな笑顔を間近で見ている内に、秋二は自分の中に、どこか物寂しさにも似た感情が湧き上がってきていることに、はたと気が付いた。


 数時間の後、部屋で椅子に深く腰掛けて天井を仰ぎながら、秋二は改めてじっくりと考え直していた。

 だめだ……あおいが涼と、二人で仲良く映画を観ているところを想像すると、謎の焦燥感に襲われる。背筋がゾッとする。

 くそっ、こんなはずじゃなかったのに。

 暗い部屋の中で一人、秋二は人知れず身悶えていた。

 脚のことで自分に自信を持てないけれど、涼に近付こうと一生懸命頑張っている彼女を放っておけない、応援してあげたい気持ちを抱いているんだと思ってた。

 だけど、違った。その気持ちは、もっと別な感情だったんだ。俺は、そんなあおいのことが……


 心の奥に潜んでいた思いに気付いてしまい、秋二は煩悶するあまり、ベッドに飛び込んで、のた打ち回った。


 ひとしきり呻き声を上げて暴れ回った後、少し落ち着くと、秋二は一度冷静になって、じっくりとよく考えた。

 と、後悔はない、という結論に行き着いた。

 どの道、初めからあおいの目には涼しか映っていなかったのだから。

 だが、そう割り切っても、苦しさが消えるものではない。胸の内に残り続けていた。

 その気持ちに気付いてしまっても、なお自分はあおいのことを応援し続けるのだろうか。

 自問する秋二だったが、すぐに答えが出る。

 今まで通りだ。元々、彼女とはただの友達でしかないのだから。いや、良き友人の一人なのだから。友達とは、打算が介在する対象ではない。

 秋二は、そうひっそりと決意を新たにするのであった。



「夏祭りか」

「いいね。行こう」


 それから少々時は流れ、北桜寮にも夏がやってきた。近くで催される縁日に行くことを、寮の一同は話し合って決めていた。


 縁日当日、日曜日の昼に、六人は会場を訪れていた。夏祭りといえば夜が定番な気もするが、寮の門限の問題で、昼を選択した。

 神社の境内全てと、そこへ連なる道路一本が丸々、祭りの会場となっていた。

 長い道の両側に、ずらりと屋台が立ち並ぶ様は壮観。屋台と屋台の間に取り付けられた色とりどりの提灯も小粋な雰囲気を醸し出していた。

 しかし、何よりも景勝だったのは、三人の女性陣の姿であった。

 美鈴は芍薬、愛果は牡丹、あおいは百合の花の柄が描かれた浴衣を、それぞれ身に纏っていた。

 何故か持っていた寮母さんに貸してもらったものだ。三人組ということで、有名な美人の形容句である「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉にかけて寮母さんが選んだものなのだが、三人には「ダサイ」「チョイスのセンスがおばさん臭い」と不評。キレたおばさんにビンタを食らい、変更不可とされてしまった。

 とはいえ、三人は元が良いので、なんでも似合う。男性陣にとっては、十二分に魅力的な艶姿となっていた。胸騒ぎの一日となることを、彼らは予感していた。

 ……のだが、いきなりそんな雰囲気を、愛果がぶち壊した。


「ハイ、ちゅうもーく。今からこの熱々のたこ焼きを一個まるっと口に入れて、全くの無表情で食べ切る芸をやりまーす」


 祭りの会場を歩き始めるや、いつの間にかの早業でもう購入していた屋台のたこ焼きを掲げながら、激しくデジャブな宣言を口にし始めたのであった。嫌な予感しかしない。

 しかし、一同がやめとけ、と止める間もなく、愛果は一個のたこ焼きを丸々口の中に放り込む。そして、口の中で咀嚼を始めた直後――


「ぽっ!」


 あまりの熱さに耐えかね、愛果は思わず口からたこ焼きを噴き出した。発射した。


「あっつううううぅぅ―――――!」


 ……と、それが勢いよくハルトの顔面に命中。衝撃で表皮が激しく破れ、中のとろみがハルトの肌を焼く。絶叫するハルト。

 その後、激怒したハルトにヘッドロックを決められ悶絶する愛果の姿を見て、やっぱりこうなったか、と脱力する一同なのであった。


 しかし、愛果は全く懲りていなかった。それから気を取り直して、まずは立ち並ぶ屋台を眺めながら歩いて楽しむことにした一同だったのだが、わずか数分後のことであった。


「みんな、ちょっと待って。見て見て」


 最後尾を歩く美鈴に呼び止められ、振り向く一同。

 と、彼女は頭の上にピンク色の耳を二つ生やしていた。


「すず、うさぎちゃんになっちゃったピョン。可愛いかニャ? みんな、ちょう可愛いすずちゃんのこと可愛がってほしいだピョン」


 おおよそ美鈴が口にするには、似つかわしくないセリフ。

 一瞬唖然とする一同だったが、次の瞬間、無表情のまま美鈴が素早く横にステップ。一歩横にずれてみせると、彼女の背に隠れていた愛果の姿が露わとなった。

 愛果は背後から美鈴の頭上にピンクのチョコバナナを二本あてがい、美鈴の声マネをして勝手にセリフをアテレコしていたのであった。


「すずが恥かいた感じになるじゃねえか」

「ギャ――ッ!」


 愛果は再びハルトにヘッドロックを決められ悶絶することとなった。

 その様に苦笑する一同だったが、その中にあって涼だけは、「ウサすずちゃん、可愛かった……」と内心胸をときめかせ、ポ~ッとしているのであった。


「お! 射的! 射的やりたい射的! おもろい射的!」


 その後、再び、気を取り直して歩き始めた一同。

 と、もう元気になり先頭を歩いていた愛果が、射的の屋台の前で立ち止まり、そう猛烈とアピールし始めた。全く落ち着きのない女である。が、


「でもかき氷で手が塞がってて射的ができねえ!」

「お前、短いスパンでどんだけ食うんだよ。なら早くかき氷食っちまえよ。つか、なにその真っ黒いかき氷は? イカ墨シロップ?」

「シロップかけ放題で全種類かけてみたら真っ黒くなった。絵の具も全色混ぜると黒くなるじゃん? あんな感じみたい」

「気色悪いことすんなよ。はしゃぎすぎなんだよお前は。ガキか」

「ククク、これぞ暗黒の儀式にて作り上げた『堕天』の名を冠した悪魔の杯……」

「中二か。いやだから早く食っちまえよ」

「お前! 早く食おうとすると頭キーンなってできない食べ物だって知ってるだろこいつは! 悪魔か!」

「めんどくせえ女だな!」


 そして、結局、たしなめるハルトの言う事も聞かず、いつもの調子で掛け合いを演じることになってしまう二人。

 ゆえに、調子を合わせていたら時間がいくらあっても足りねえ、と言い出しっぺを放置して先に射的を始める四人。


「どれ狙う?」

「私、あれ欲しい。あの黒ネコのストラップ」

「おー可愛いな。んじゃ、みんなでアレ狙うか」


 美鈴がターゲットオンサイトしたは、細長い透明なプラ箱に入った、黒ネコのキャラクターがあしらわれたストラップ。

 重さを感じず、箱に当たれば倒れて獲れそうな香りを放っていたのも、狙い目な感じがしてよかった。

 射的は結構値段が高かったため、とりあえず美鈴が代金を払い、弾を一人一発ずつ撃っていくことに。狙いは一律、黒ネコだ。

 まず、当事者の美鈴が銃を取り、目をすがめてプラ箱に狙いを定めた。


「えいっ! あ、外れた……」


 が、放たれたコルク弾はまるであさっての方向に飛んでいき、かすりもせず。


「よーし、じゃあ次は私が」

「お願いあおい~。黒ネコ取って」

 

 なので、次はあおいにバトンタッチ。彼女がよく狙いを付けて放った弾は――


「うげっ、跳ね返された」


 弾込めが弱かったのか、的に命中するも倒すことができず。

 そういった感じで、続く秋二、ハルト、かき氷を食べ切った愛果も失敗。

 これで、残る弾は最後の一発となった。そして、最後に残った人物は、平沢涼。

 一同が固唾を呑んで見守る中、涼は銃に弾を込め、ストラップに銃口を定める。


 発射。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る