第7話 遊園地にて②

「次はなに乗る? 時間的に、次でもうシメだね」


 コースター降車後、楽しかったね、という感想をそれぞれ交わした後、美鈴がみんなにそう問う。時刻はもう夕暮れ。寮には門限という厄介なものがあり、休日といえど完全に思い通りに過ごすことはできないのだ。と、


「あ~、私ちょっと行きたいとこあるからいいかな? 出口で集合にしよう」

「え? そうなの? う、うん、いいけど」


 それに、あおいがふいに、そう予想外の答えを返した。

 思いがけない言葉に戸惑っている美鈴に、さらに愛果が言った。


「あ、じゃ私、お化け屋敷に行きたいから、ここで別行動ってことで。みんなは嫌いでしょ? お化け屋敷。じゃ、そういうわけだから、また後でね~」

「あ……うん」


 そうしてバラけていく女子二人。それを見ると、『やれやれ』と呟いて、秋二があおいの、ハルトが愛果の背中を、それぞれ追った。

 残された美鈴と涼は、きょとんとし、互いに顔を見合わせて小首を傾げていた。


 あおいは涼、美鈴から少し離れ、近くにあった建物の陰で、小さな体を震わせていた。


「おい、泣くなよ、あおい」

「泣いてないから」


 嘘だった。背中越しに声を掛けてきた秋二に、あおいは背を向けたまま強がりで答えた。本当は、少し泣いていた。そんな嘘なんて秋二にはバレることをわかっていながら、そう言っていた。コースターまでは場の空気を読んで堪えていたが、もう我慢の限界であった。


「最初からわかってたし。涼がすずのこと好きだって。だから、今更傷付いたりしないし。だから泣いてないから」

「……そっか。わかった」


 袖で目をこすりながらそんなことを言っても全く説得力などないが、秋二は何も追及しようとしなかった。その細い背中を抱き締めたい思いを胸に押しとどめて、振り返り、彼女に背を向けた。

 そうして、しばらく二人は背を向け合っていた。長い時間。


 やがて、あおいがそろりと後ろを振り返ると、そこに、ただ黙って立つ秋二の背中があった。泣いているところを見ないようにという配慮だ。そうして自分が立ち直るまで、じっと待ってくれているのだ。

 それを悟ると、あおいはなんだか可笑しくなり、ふっと微笑って彼に歩み寄り、その腕を取った。


「行こ、秋二」

「お、おお……」


 ふいに腕を取ってきたあおいに引っ張られ、秋二はおろおろと彼女に付いていく。

 そうして二人はまた、雑踏の中へと帰っていった。


 一方、涼、美鈴の元から離れた愛果は、園の隅に置かれていたベンチに静かに腰掛け、ため息を漏らしていた。


「お化け屋敷なんてやっぱりウソじゃねえか。そういうの苦手だろお前」


 そんな愛果に追い付くや、苦笑まじりに、そう声を掛けるハルト。

 長い付き合いである。彼がそれに気付いて追ってくることを察していた愛果は、それに驚くことなく、平然と答えた。


「だって、見てらんないんだもん。昔の私達を見てるみたいでさ。三角関係といいますか」

「そうか……面倒臭え女だなお前って」

「言うな」


 拗ねたような口調でおどける愛果に調子を合わせるハルト。いつもの光景だ。


「あ……でも、久々に来て楽しかった。遊園地。次は彼氏と来てえなぁ。私だって黙ってじっとしてればモテると思うんだけどね。巨乳だし」

「マジで黙れ。そんなん言う奴がモテるか。そうして彼氏を作ればいいだろ」

「私が黙ってじっとしていられるとでも!?」

「面倒臭え女だな!」

「ああ、どこかにありのままの私を愛してくれる人はいないかなぁ」


 合わせておどけながら、ハルトはここにいるぞ、と叫んでやりたい衝動に駆られた。しかし、理性がブレーキを掛け、代わりに言った。


「なら、ユウトと付き合えばいいだろ」


 と、愛果は目を見張り、彼の顔をまじまじと見詰めて言った。


「ハルトの口から、超久々にその名前聞いたわ」

「ずっと避けてきたからな。だけど、もういいだろ。もう一年だぞ。俺に言わしゃ、見てらんないのはお前の方なんだよ」


 ハルトが咎めるようにそう言うのを聞くと、愛果はかぶりを振って答えた。


「凛々奈の気持ちを考えたら、やっぱりそんなことできないよ……」

「……面倒臭え女だな」


 そこが良いんだけどな。

 内心、一人改めてそうハルトが噛み締めていると、次に愛果がしみじみと言った。


「名前出したら思い出してきたわ。昔、四人で行ったよね。こんな感じの遊園地」

「ああ、懐かしいな」


 それにハルトが共感し、相槌を打つと、


「あ! 思い出した! あんたその時、大人にゴーカードで負けて、次は一位になるってベソかきながら言ってたわよね!」

「は? そうだっけ?」


 そこで愛果が、ふと思い出したと、声を張り上げた。


「よーし、走れハルト! 目指すはサーキット場だぁ――! リベンジマッチだぁ―――!」

「え――っ!? 時間がギリだって!」

「ぶっ飛ばすわよ――!」


 そして、出し抜けにハルトの手を引き、走り出す愛果。

 そこにあるのは、もういつもの天真爛漫な笑顔であった。引っ張られ走り出しながらも、それを見てハルトは思っていた。

 その時は、全然こっちの方を見てくれなかったな。愛果は、いつだって凛々奈とユウトのことばっかり見てた。

 今は、俺に見せてくれる。この表情を。そう、今だけは。だから、今は俺の方を向いてほしい。今だけ……だから。

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