第6話 遊園地にて
次の休日、六人は涼の提案を受け、寮生活一周年記念行事として、寮から最寄の遊園地に遊びに来ていた。話し合いの結果、ここに行くことに決まったのだ。
「うぇ――い! 来たぜゆーえんち~! いやったぜ~!」
六人共にテンションが上がっていたが、その中でも、明るい茶色のセミロングの髪がぱっと目を引く、少々ギャルな見た目をした美少女、明るい表情と笑顔が印象的な陽気娘、愛果のテンションの高さは一際であった。
「うぉーすげー! 遊園地だ~! コーヒーカップだー! ハルト、コーヒーカップのハンドルの上でカップの回る方とは逆回転にヘッドスピンして!」
「俺はそんな自己表現をこじらせたブレイクダンサーじゃねえ」
「うおーメリーゴーランドだー! 者ども、馬防柵と種子島銃、そして三段撃ちの用意をせよ!」
「メリーゴーランド相手に長篠の戦いごっこはやめろ。不審者か」
「お! ここの遊園地バンジーあんじゃん! よーし者ども、今から私がバンジー飛ぶのに全くの無表情を通すという荒業新芸を見せ付けてやるから来い! 刮目せよ! ヨーソロー!」
「おい! ちょっとは落ち着け! 勝手に行くな!」
愛果、はしゃぎすぎて、もはや暴走。ハルトがツッコむも全く止まらず、バンジージャンプ台の下へと走っていってしまった。
なので仕方なく、後を追ってバンジー台の下まで行き、愛果が無表情芸とやらを見せてくれるのを待つ五人。
……が、しかし。
「……遅いね、愛果」
「ジャンプ台に姿を見せすらしないな」
しばらく待っても、愛果が姿を現すことはなかった。たしかに高台を駆け上っていったはずなのに。嫌な予感しかない。
「……ちょっと俺、見てくるわ」
ので、代表してハルトが様子を見に行くことに。まったく世話が焼ける。
そして、螺旋階段を上り高台の頂上へと辿り着いたハルトがそこで目にしたものは――
ジャンプ台に背を向けて体育座りをし、遠い目をしてどこかを見詰めている愛果の姿であった。
「なにをしてやがるんだてめえ」
声を掛けたハルトに、愛果は遠くの虚空を見詰めたまま言った。
「勢いで上まで来てみたら、思ったより怖くて飛ぶのムリだった。だけど、あれだけタンカ切った以上、恥ずかしくて飛ばずには降りれない。だから、もうここで一生暮らす」
ハルトは頭を抱えてため息をついた。近くにいる係員さんも困り顔だ。
「帰るぞ」
「あ~んやめろバカ~いたい~」
愛果はハルトに強烈なヘッドロックを極められ、そのままの体勢でムリヤリ引きずり下ろされるというおしおきをされ、下で待つ四人に白い目で見られて大恥をかいたという。
そうして、出だしこそ愛果のせいでワチャワチャしたものの、そこはとりわけ派手な要素などない、いわゆる昔ながらの遊園地であった。
しかし、エントランスエリアの花壇棚には誰もが頬を綻ばせる色とりどりの花が咲き誇り、そこから続く並木道は、春を彩る満開の桜木道。園内にもパンジーをはじめ賑やかな花が溢れ、鮮やかなイルミネーションなどはないが、これはこれで心華やぎ温まる意匠となっていた。
そんな園内にて、六人はスイングアラウンド、バイキング船といった爽快感に溢れるアトラクションに乗りまくり、全力で騒ぎ、叫び、大いに楽しんだ。
そして、いよいよメインのアトラクション、ジェットコースターの順番を待つ列の末尾に、六人は付いた。
「20分待ちだってさ」
「こういう普通の遊園地でも順番待ちになることってあるのね」
「まぁ、デズニーみたいに二時間待ちとかじゃなければいいよ」
「二時間待ちとかになるから、カップルで行くと別れるジンクスとかが生まれるのかな」
待ち時間を埋めようとするように、涼、美鈴、あおい、秋二が、それぞれ喋り出す。
「まぁ、二時間も間を持たすの大変だもんな。まぁ、私なら戦国・三国志ゲーの武将の能力査定に納得いかないって抗議の電話をメーカーに掛ければ、二時間くらい軽く潰せるけどな。あとウイイレの選手の能力査定も」
「どんだけ査定に不満があんだよ。まぁ、ちょっとわかるけど。だが、それで二時間放置された相手は別れるべきという査定をお前に下すだろうがな」
それに乗じて、またエキセントリックなヒマ潰し法を口にし出す愛果と、律儀に彼女にツッコミを入れるハルト。ちなみに、幼馴染み同士の愛果とハルト、共に子供の頃からずっとサッカー部なので、ウイイレの選手査定にはうるさい。
「まぁ、そういうわけで、ちょっと女子三人で辺り回ってくるから」
「順番待ちよろ、男子諸君」
「わり。二十分待ちは長すぎるわ」
その後、ふいにひそひそ話を始めたかと思ったら急に列から離脱し、散策を楽しんでくることを男性陣に告げる美鈴、あおい、愛果。
「どういうわけ?」
「うわ~ずっこい!」
「あきらめろ。これが男の務めよ」
それには、鳩に豆鉄砲な涼、秋二と、達観したハルト。
しかし、女子三人がきゃっきゃと仲良く楽しそうにしてる姿を見るのは悪くない気分なので、結局黙って遠ざかる彼女達を見送った。
『ただいま~』
十五分後、列に戻ってきた女性陣は、片手にソフトクリームを持っていた。この遊園地の名物らしい。もう一方の手に持ったプラスプーンでお上品に食べていた。
しれっと隣に戻ってきた美鈴に、涼、恨めしげな視線を送りながら言った。
「……ずるいな~そっちだけ楽しんできて。なんか美味しそうなの食べてるしな~」
それを見聞きすると美鈴は、くすっといたずらっぽく笑い――
「あら、じゃあ、涼も食べる? はい、あ~ん」
と、ソフトクリームをすくったスプーンを涼の口元へ近付ける。
「ちょっ! いや、ムリムリムリムリ!」
間接キスである。それには涼、たまらず顔を真っ赤にして必死に顔を背ける。ヘタレにはハードルが高い。
その様子に美鈴、ふふっと愉しげに笑みを漏らす。が、その次の瞬間。
「ちょっとレイ! 人の体使ってそういうことすんの止めてって言ってるでしょ!」
一転、頬を紅潮させ声を荒げ出す美鈴。
傍からは、この娘どんだけ情緒不安定なんだよ、と見えていたが、事情知ったる涼は、なんだレイの仕業か、と理解して脱力する。
だが、そんな風に翻弄される周囲とは対照的に、当のレイは美鈴の中で、けらけらと無邪気に笑いながら、「だって涼ちゃんかわい~んだもん~。ついからかいたくなっちゃって~」
と供述していたのだった。可愛い小悪魔で済ませてよいものだろうか、と美鈴もまた、肩を落として脱力する。
一方、そんな二人の様を目の当たりにして心中にざわめきを覚える者が。あおいであった。
自分が想いを寄せる涼と美鈴が、どこか特別に通じ合っているように見える。距離が近いように見える。そのことが、彼女の胸を騒がせていた。
そして、そんなあおいの様子に気付いてしまった秋二もまた、彼女の心中を慮り胸を痛めていた。
だが、二人共、今は何も気付いていないフリをした。暗い顔をする場、時ではないからだ。小さなさざ波に過ぎないと思い込むことにして、ジェットコースターに乗り込んだ。
六人を乗せたコースターは進む。ゆっくりと昇っていく。
その中で、涼は隣に座る美鈴の、先程、自分の鼓動を激しく荒くさせた相手の横顔をちらと見た。
やはり、相変らず美しく整った顔立ちであった。
改めてそれを確認し、また胸を弾ませる涼。しかしすぐに、彼女との近いようでまだまだ遠い距離を思い、小さなため息をつく。
いつも自分の内側にあるものが邪魔をして、うまく近付けない。かといって思い切って踏み込めば、はかなく崩れ落ちてしまいそうな架け橋のよう。もどかしさは募るばかりであった。
山を越えて、少年少女達を乗せたコースターは走り出す。全ての憂いを振り払うかのように。
混じり合い一つとなった、賑やかな嬌声、それぞれの叫びはその中に溶け入り、夢現の狭間に淡く消えていった。
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