第5話 愉快な日常
四月、芳春うららかな青天白日。佳木を抜ける爽涼涼味なる春光恵風を浴びながら颯爽登校する午後。
二度寝で遅刻である。なれど謳歌する我は天空闊達酒酒落落の徒。
名のない星は宵から出る。物には時節。六日の菖蒲十日の菊。真打ちは遅れてやってくるものだよ。
……いや、ごめんなさい。反省してます。先生に怒鳴られるの嫌です。
……ていうか、寮のみんな起こしてくれればいいじゃん。どうして起こしてくれなかったのさ。
まぁおそらく、そう文句を言ったら、『何度も起こしたのに起きなかった』というお決まりの文句が返ってくるだけなのであろうが。
しかし、もう高二になるというのに成長しねえなあ俺。……なんかヤバい気がしてきた。こんなことなら、去年の今頃母ちゃんにムリヤリ入れられた塾を辞めるべきじゃなかったかもしれない。
当時は、自分が勉強なんてしたところで糠に釘だ。そんな紋切り型なやり方で上手くいくと考えるとは奸佞邪智なり。我は木石に非ず。猫も杓子も笛を吹いた程度では踊らぬ。もっと上手いやり方を考えてほしいものだ。
たとえば、高瀬美鈴女史に、『良い点取ったらチューしてあげる♪』と約束させるですとか。さすれば我は感奮雄心勃発。勇を鼓し吐きたる万丈の気、天を衝きながら勇往邁進すること間違いなしなのだがなぁ。
彼女こそ我が校における鶏群一鶴泥中之蓮。その輝耀麗容衆に出ず。おっといささか軽佻浮薄な狂言綺語で讃えすぎたか。ともかく……
……さて、以上、内心での独り言がなにかとクドい平沢涼の日常の一幕をお送りしました。語感が気に入った覚えたての語彙をドヤ顔で使いたがるので、「六日の菖蒲十日の菊」が手遅れという意味で誤用だということに気が付いていない。
さて、こんな風に高校に入学して二度目の春を迎えるというのに、名前に反して全然クールじゃない垢抜けない彼、平沢涼の青春の方には何か語るべきトピックスがあるのかといえば、まぁ、その高瀬美鈴に恋をしている、ということくらいであろうか。
……とまぁ、そんなわけなので、涼はどうにかして美鈴と距離を縮められないかと考え、寮の友人達を交え六人でどこかに出掛けるのはどうだろうかという案を考えた。
二人で、というのはハードルが高いので、というかヘタレなので誘えないので、とりあえず六人で。
その後、涼がそう腹案を秘めながら臨んだ夕食の席にて、ちょっとした事件が起きた。というか、アホの愛果がまたやらかした。
「ねえ愛果、夕食用意するっていうから今日任せたけどさ…………パイナップルの入ったピザのみっていうのは、一体どういう了見なわけ?」
その美鈴の詰問にも、他四人の白眼視も柳に風な様子で、愛果はしれっと言った。
「え? だって、おいしいじゃん。パイナップルの入ったピザ」
食堂のテーブルの上にデカデカと載った、二枚のLサイズのピザ。そのどちらもが、パイナップルの入ったピザであった。まったく同じピザであった。
自分から今日の夕食を用意したいと申し出ておきながら、コレである。寮では寮母さんが日々の食事を用意してくれるのだが、その寮母さんに今日の夕食の断りを入れててまで用意した献立が、コレである。愛果を信じた自分達がバカであったことを思い知る五人。
「いや、チミの主観としてはそうだったとしても、普通二枚頼むなら、一枚は違うフレイヴァを醸そうとかしない?」
「いやいや、逆に一度食べたら一枚じゃ止まれないって。騙されたと思って食べてみんしゃいよ」
続いて涼にまで詰め寄られても、どこ吹く風な態度の愛果。奇矯、ここに極まれり。愕然とする五人。
そんなわけで、騙されたと思ってと説得され、おそるおそる一口食べてみた五人であったのだが…………咀嚼した瞬間、味蕾に雷が落ちた。避雷針を渇望した。愛果の味蕾はどうなっているのであろうか。味蕾診が必要だ。
「だ……だめだ! 酢豚のパイナップルは許容範囲な俺でもこれはダメだ! いや、よく考えたら酢豚のパイナップルも許容範囲じゃねえわ俺!」
秋二がたまらず上げた落胆の声に、大きく首を縦に振り同意の意志を示す他の四人。ここにいるのは、酢豚のパイナップルすら得意じゃない者達ばかりであった。
「……ふざけんなよ。なんでパインが入ったピザなんだよ」
「常識というか、デリカシーの問題よね、もう」
そうして、続けてハルト、あおいも声を上げ始め、そこからはもう、非難轟々であった。が、そうなるや愛果は、顔を真っ赤にして逆ギレ。
「だったらなんで定番なんだよパインのピザ! どのチェーンのメニューにも絶対にあるだろ! おいしいって言う人がたくさんいるから定番なんだろうがよ!」
「知らないわよそんなの。ハワイ在住の頭の中が常にゴキゲンな人達だけがたくさん頼んでんのよ」
「ハワイまで届かねえよ宅配! 頼んじゃいけないんだったらメニューに載せるなよ! 載ってんだから頼んでなにが悪いんだよ!」
美鈴に適当にあしらわれそうになったことで、さらにボルテージを上げマジレスをし出す愛果。
「大体、あんたらは何もわかっちゃいない! ウチのばっちゃが言ってただ! 大事なのは何を共有したかぢゃない! 何かを共有したということ自体だ、そう思えるかどうかなんだと! つまり、今この時、六人でこのパインのピザを食べたという思い出を大事に思えることこそが愛なんだ! あんた達には愛が全然ないんだ!」
さらに、愛果は開き直って正論めいたこじつけを吐き散らし始める。が、そこでハルトが遮るように口を開き、反論に入る。
「なんか、食えないもん買ってきた失敗を強引に誤魔化そうとしてる気がするっつーか、お前この前実家帰った時、ご両親が『約束通りニューオークラの四千円のエクストラスーパーメロンショート買っておいたわよ』って言って出したケーキに対して、『これエクストラじゃなくて千六百円のただのスーパーメロンショートじゃねえか! わかんないと思ってんじゃねえぞ! ふざけんなケチりやがって! エクストラ出せよエクストラ!』って目茶目茶ブチギレてたじゃねえかよ。どこに愛があるんだよ。なにが大事なのは何を共有したかじゃなく共有したこと自体だ、だよ」
愛果、語るに落ちたり。
言行の不一致、矛盾を露呈し、面目丸潰れ。涙目になり、口をへの字に曲げてうな垂れるばかりのいじけ虫と化してしまった。
勝負あった。反パインユニオンの勝訴判決が下された。……かと思ったその時、出し抜けに涼が切り出した。
「いや……でも、俺は良いと思う。その、愛果が言ったやつ。共有しようってのは、良いことだと思う」
にわかに思わぬ援軍が現れたことにより、瞳に色を取り戻す愛果。
「俺、もっとみんなと良い思い出を共有したい。だから、北桜寮生活一周年記念として、みんなでどこかに出掛けないか?」
それはこの提案を切り出すタイミングをずっと窺っていた涼による、牽強付会我田引水。だが、みんなの共感を得た。
はじめは『え? そんな女の味方するの?』と面食らっていた一同だったが、楽しそうなイベントの提案に、みな前のめる。
「おお~、いいね」
「やろうやろう」
「どこに行こうか?」
そんな感じで、なんとなく愛果を責める流れがうやむやに消え、彼女は涼に深く感謝したという。
結局、Lサイズのピザは2枚とも愛果が数日に分けて一人で食べることとなり、
「パインのピザちょ~うめ~!」
目を輝かせながらバクバクと食っていたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます