第4話 あおいと秋二

 さて、仲良しな女性陣の内の一人、義足の少女・逢川あおいについてなのだが、実は彼女には一人、この北桜寮の中に、気になる相手が。


「秋二、秋二、ちょっといいか?」

「お? どったあおい?」


 ある日、彼女が人の目を忍んで訪れたのは、少々目付きが悪いものの黒髪の正統派男前、栗山秋二くりやましゅうじの部屋であった。


「いやさ、その、折り入って頼みがあるというかさ……他のみんなにはナイショにしておいてほしいんだけど、涼の好きなマンガとか、好きなものとか、教えてほしいな~って思っててさ」


 それは寝耳に水。完全な不意打ちであった。

 まさか、あおいが涼を……全く気付かなかった。

 と軽く衝撃を受ける秋二。

 のほ~んとした顔してるくせに、乙女に懸想されるとは、妬ましいぞ涼!

 と、高校生ならば致し方ない少々やっかむ気持ちも湧いてきており、本当ならば「仲人役などという滅私奉公精神に富んだ務めを担う気持ちなどさらさらない」と答えるところだったのだが、もじもじして目を逸らし、頬に紅葉を散らしながら語るあおい……そんな可愛すぎる姿を見せられては、断ることなどできようはずもなかった。

 前髪を切り揃えたさらさらとした長い長髪が、いつもより艶めいて見えた。小生意気そうな顔立ちをしてるのに、今日はもじもじしおらしくしてて可愛い。

 恋する乙女は五割増しってやつだろう、と秋二は思った。元々可愛いのだから、反則だ。


「ま、いいけど。ふ~ん、あおいが涼をねえ。まあ良い奴だけど、どこがよかったわけ? あいつの」

「え~…………どこがって、いつの間にかって感じだけど。う~ん、言えるのは、私がマンガ読んでたらさ、見せてって言ってきて、涼に貸したんだよね、そのマンガ。そしたら涼、面白いって言って、二人でその話するようになって……それが嬉しくて、なんか。今もいくつか涼に貸してるんだ。マンガ」


 ……なるほどね。自分が好きなものを好きって言ってくれたら、そら嬉しいよね。そして、あおいが好きなマンガのジャンルは、青春恋愛ものの少女マンガ。男があんまり読まないジャンルだ。俺は絶対に読まない。

 ……そのカベを作らず物事を共有してくれるところがきっかけだったわけか。なるほどね。俺にはマネできない芸当だわ。

 内心でボヤきまくる秋二なのであった。


「だから、お返しで、私も涼が好きなものを好きになるんだ。だから、教えて。涼の好きなもの」


 はにかみながら真っ直ぐな目でそう言うあおいに、秋二は思わず息を呑んだ。

 彼女に訪れた春の存在を改めて強く感じて、一瞬どう応じればいいのかわからなくなる。


「う~、サブっ! じんましんが出るわ」

「うっさい! 黙って教えろ!」


 結果、動揺をごまかそうと、ついおどけてみせる秋二。と、茶化されて恥じらい、真っ赤になるあおい。


「あ~へいへい。わかったわかった。じゃ、ちょうど一年くらい前に涼がおすすめだとか言って置いていったゲームとか映画のDVDがあるから、これをそのまま又貸ししてやろう」

「え!? いいのそれ!?」

「いいのいいの。俺、人が薦めたもんって絶対に手ぇ出さないタイプだから。なんか気が乗らないんだよね」

「ひでぇ。しかも一年も放置とか……。まぁ、よくあることか。そういうの」


 そうして、ワチャワチャおどけたり恥じらったりしながら話を進め、ゲームソフトとDVDを貸し借りした二人。


「んじゃ、がんばれよ」

「う、うん。あ、あのさ……」

「ん? なんだ?」


 そして、後はあおいが退出するだけとなったのだが、しかしその段になって、またあおいが何やらもじもじとし始めた。

 話すように秋二が促すと、あおいは伏目がちに、呟くように口を開いた。


「でも……め、迷惑じゃないかな、涼」


 は?


 最初は、あおいが何を言っているのか理解できなかった秋二だったが、何やら言い辛そうに言ったことを踏まえて少し考え、はっと察した。


 脚のことか。脚のことを気にしてか。義足の子が距離を縮めてこようとしたら迷惑に思うか、ということか。


 質問の意図に気付いた瞬間、秋二の胸は千々に乱れた。目頭が熱くなった。

 しかし、次に彼が覚えたのは、自分の中から湧き上がってくる、途方もない怒りであった。

 あおいは右脚の一部を持たずに産まれてきた。仕方のないことだし、彼女がそんな遠慮を抱いていることが寂しかったし、心外だった。


「おい、あおい、俺達寮の仲間五人は、誰一人としてお前のことを特別だなんて思ってない。特別扱いなんてしない。だから、二度とそんなこと気にするな。口にするな。わかったか」


 語気を強めて叱るように言った秋二の言葉を聞くと、あおいはばつの悪さに俯いて、「……わ、わかった」と答えた。が、秋二は憤まん収まらず。続けて言った。


「それに、お前はわかってない。迷惑なわけないだろ。嬉しいに決まってるだろ。何言ってんだよ。……かわいいだろ、あおいは!」


 は?


 と、あおいは顔を上げ、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして、秋二のことを見る。そんな彼女に、秋二はなおも気持ちを抑えられず、言葉を吐き出した。


「かわいいだろ! どっからどう見ても可愛いだろ! なんでそんなことを言うのかわからないね! かわいいんだからもっと自信持てよ! 二度とそんなこと言うんじゃねえぞ!」


 熱っぽい言葉を浴びせられた、あおいの頬が朱に染まる。


「わ、わかった。わかったから……もうやめて」


 そして、彼女は羞恥に目を逸らし俯くと、両手を振って秋二を制止――したかと思えば、耐えかねてふいに立ち上がり、踵を返して足早に部屋から逃げていってしまった。

 しかし、あおいは部屋を後にし扉を閉めるや、頬をほころばせる。そして、それを隠すように両手で口元を押さえると、嬉しさが口から溢れて零れ落ちるような声色で、「かわいい……だって」と、深い吐息と共に呟いた。


 そうして、軽い足取りで自室へと帰っていくあおいと、一方で、気持ちの高ぶりに任せてめちゃくちゃ歯の浮くようなこと言っちまった……と羞恥と後悔に頭を抱えて悶絶し、床を転げ回る秋二なのであった。

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