第2話 ムードメーカーズ

 が、それから何事もなく一年が過ぎた。

 どんな神主や霊能力者もその霊を除霊することはできず、彼女は美鈴みすずに取り憑き続けていたが、取り立てて生活の邪魔をすることはなく、なにげなく、普通に一年が過ぎた。



「あ~っ! 目的地まであと1マスだったのに、ぶっとびカード使われたぁぁぁ――!」


 もっとも、美鈴の体のコントロールを奪い、こういった可愛いイタズラを仕掛けてくることは、たびたびあったが。


 みんなでゲームをして楽しんでいた寮のリビングに、美鈴の絶叫が響き渡る。そんな彼女の様子を、愛果まなか、あおいらは、キツネにつままれたような顔をして見ていた。

 そう、美鈴、りょう以外の四人は、美鈴が霊に憑かれていることを、まだ知らない。

 話していない理由は、霊の申し出によるところが大きい。


 あの後、美鈴と涼は、霊と何度か話し合いの場を持った。その内容は、概ねこんな感じだ。


「私、本当は君達と一緒に北桜高校に入学するはずな、可愛い女の子だったんだ。だけど、事故に遭っちゃってこんな感じに。でもぉ、それでもやっぱ高校生活をエンジョイしたくて、誰かに取り憑いちゃおうと思って、ここで待ち構えてました。学生寮での暮らしなんで楽しそうじゃん?」


「あっ、私の名前は、わけあってナイショ。ごめんね。仮に、霊のレイちゃんとでも呼んどいて」


「誰かに取り憑いてないと消滅しちゃいそうな感覚があったので、すずちゃんに憑依させていただきました。どうもねー。すずちゃんにした理由? 私と会話できる人なんて、あなた達くらいなんだもん。話もできない相手に憑いてもつまんないでしょ? いや~霊感強いね、あなた達」


「そうそう、わけあって、他の子達には、私が憑いてるってこと、ナイショにしておいて。おねが~い」


 そんな軽い感じで話されたもんだから、美鈴と涼は頭が痛くなった。

 まぁ、最後の頼みに関しては、友達に話しても信じがたいだろうから、その意向に沿う形にした。……ものの、何か憑かれていることによるデメリットはないのか、それが心配だった美鈴と涼であったが、どうやら特には無いようで、それに関しては安堵の息をついた。

 ただ、レイは美鈴の体のコントロールを得る力を持っているらしく、時折こういうイタズラを仕掛けてくる点を除けば。


「あ~びっくりした。使われたって……自分で突然そのカード使い始めたんじゃん」

「え……あ、そうね。急に大きな声出してごめん。操作ミスったわ」

「ヘンなの。北海道まで行った電車より、すずの方がよっぽどぶっ飛んでんじゃん」


 愛果とあおいに口々にいじらればつが悪くなり、頬を赤らめて閉口する美鈴。

 そんなだから、愛果とあおいは時々ひそひそと、「すずってクールビューティな見た目してるのに、ちょいちょい急にヘンなこと始めるよね」「一年の付き合いになるけど、いまだにすずがどういう子かよくわからないよね」と、話し合っていた。まったく、イタズラ好きなレイのせいでいい迷惑である。

 が、美鈴もレイも気が付いていなかった。素のままでいると少々クールでおかしみに欠ける美鈴が、図らずもレイのおかげで親しみやすい人物として周囲の目に映っていることに。塞翁が馬、というやつである。


「ちょっとレイ、せっかくメタルキングが出てきた瞬間に逃げるのやめてもらっていい? ありえないのよ、こっちの側が逃げるの。メタキンもメタキンで『しかし回り込まれてしまった』から『メタルキングは逃げ出した』ってなるのなんでなのよ。なに一回回り込んできてから逃げてんのよ」

『プ~ッ! プ―――ッ! クスクスクス……』


 ある日、美鈴が一人でドラクエをしている時にも、またレイによるイタズラの被害に遭っていた。

 窘めるものの、レイは自身のイタズラに大満足の大ウケで、ネタ提供しましたわ、というばかりの悪びれる様子はないスタンス。

 こんな調子で、一年の共同生活を過ごしてきた二人なのであった。


 翌日のこと、その日、美鈴達はリビングにて、様々なキャラクターがカートに乗ってレースするゲームで遊ぶことにしていた。

 参加者は、美鈴、愛果、あおい、ハルト、涼の五人。しかし、よく考えるとそのゲームは最大四人プレイ。まず誰を順番待ち待機とするか、じゃんけんで決めることとなった。

 ――結果、負けたのは少々ギャルっぽい見た目をしている美少女、愛果であった。

 じっとしているのが苦手な彼女は、待つくらいならいいや、と自室に帰ってしまった。

 少々申し訳なく思いながらも、ゲームの仕様だから仕方がない、と割り切ってレースを楽しむこととした四人。

 ……だったのだが、五分ほど経ったところでのこと。


「ね~ね~知ってる? ロックマンのチャージショットでチャージしてるものって、『気合い』らしいわよ。せっかくロボットって設定なのにエネルギーの充填とかじゃないのかよって(笑)気合いって(笑)」


 ふいにリビングに戻ってきた愛果が、ゲームをしている四人に後ろからそう声をかけてきた。

 そして、唐突にそれだけを言うと、彼女は身を翻し、また部屋に帰っていった。

 しかし、再び五分後――


「ね~ね~知ってる? クリスマスパレードっていう名前の花があるんだよ。すごくね? クリスマスツリーの電飾みたいな形してるんだよ。すごいよね。だけどね、なのにね、花言葉は『孤独』なの(笑)。クリスマスパレードなのに孤独(笑)」


 背後からそれだけを言うと、すぐに部屋に戻っていく愛果。

 が、再び五分後――


「ね~ね~知ってる? つまようじってね、歯に挟まったものを取るための道具じゃないんだよ。果物とかに刺して食べるためのものなんだよ。歯に挟まったものを取るためのは、三角ようじっていう専門のようじがあるんだよ。世の九割の飲食店はわからず置いてるよね(笑)」


「わかったわかった! 代わってやるからもうその嫌がらせやめろ!」


 当て付けがましいパフォーマンスに耐え切れず、折れてコントローラーを明け渡すことにした、幼馴染みハルト。

 と、計画通り、とばかりにニヤリと笑ってコントローラーを受け取る愛果。が、次の瞬間――


「や~んやだ~。他人が握った後のコントローラーって、なんかベトベト~。キモ~イ。ねえこれ途中でポテチとか食った? 食った?」

「食ってねえよ! ベトベトじゃねえだろ! んなこと言うなら返せそれ!」

「や~ん、やだ~」


 にわかにハルトに嘲笑と軽侮の視線を向けながら、軽口を叩き始める。ハブにされた意趣返しである。おちょくられて上気し、ゆでダコのようになるハルト。

 そこからじゃれ付き出す幼馴染みの二人に、他の一同は「もう付き合えば~?」という生ぬるい視線を送るのであった。

 木崎愛果とは、実はこんな娘なのである。


 その日の夜、愛果はフロ上がりに茶色い液体が入ったビンを片手に寮の庭に立ち、月を見上げて言った。


「クックックッ……今宵は満月。我ら魔族が最も力を発揮する時よ。我は清らかなる天の御使いでありながら、その身に闇を取り込んでしまいし堕天使の一族の末裔。月光の妖気満ちたる夜に、清天を表す純白の聖杯に闇を表す漆黒の悪魔の苦汁を注ぎし〝堕天〟の名を冠された混沌の杯――下級世界でいう〝コーヒー牛乳〟――を飲むことにより、真なる力に覚醒することができるのだ! ハーッハッハッハッ!」


 謎の言葉と共に、謎の高笑いを上げる愛果。


「なに言ってんだお前は。アホか」


 そこで、ふいに背後から声を掛けられ、愛果は思わず「ヒッ!?」と悲鳴を上げ、羞恥にあたふたとしながら振り返る。が、


「な、なんだハルトか。いるなら声掛けなさいよ。立ち聞きなんてしてんじゃないわよ趣味悪い。恥じかしいじゃない」

「聞かれて恥じかしいようなことをノリで大声で口走るな。いくつだ。もう高二だろお前は。中二趣味のやつに言われたくね~んだよ」

「ほう、安い挑発だこと。……乗るけどね。そこまで言うなら決着を付けましょう。今からウイイレで勝負よ」

「どう解釈したらそうなるんだ。ウイイレやりたいだけだろ。……まぁいいだろう。相手になってやるよ」


 相手がハルトだったことがわかるや、安堵してまた普段のノリに戻る愛果。と、結局それに付き合ってしまうハルト。幼児の頃から長年掛けて培ってきた二人の呼吸なのであった。


 それから、リビングで二人、ウイイレをプレイし始めた。

 それは二人にとって何気ない、いつもの一幕だったのだが、しかし試合が中盤に差し掛かったところで、ハルトが口を開き、その予定調和を破る言葉を切り出した。


「なぁ愛果」

「ん? なに?」

「高校に入ってもう一年になるな」

「ん? そうだね」

「どうだ?」

「は? どうってなにが?」

「なんか、ねえの? 心境の変化とか。気になった男とか、いたりしねえの?」

「は? ちょっと言ってることの意味がわかんない」

「いや……別にまんまの意味だけど」

「は? なに? もしかしてあんた、あたしに好きな人がいたら困ったりとかするわけ?」

「バカ言え。逆だよ逆」

「……なによ。大きなお世話よ」


 気遣いながら、それでいて叱るようにハルトは言った。そうなるとおどけることもできず、愛果も神妙な面持ちとなる。


「なぁ、明日もまた病院、行くのか?」

「……え? 行くでしょ、そりゃ。月に一回は行くって決めてんだから」

「いや、今月から俺一人で行く。お前の分まで行ってやるから、もうお前は行くな」

「……それで、いいのかな?」

「おう、悪いことは言わん」

「……そう、あんたがそう言うなら、そうすることにするわよ」

「もう一年も通ったんだ。決して不義理じゃないだろ」


 それは、美鈴達四人が知らない、二人の過去にまつわる話。

 愛果とハルトが、恋愛に悩むようになった過去の出来事。

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