学生寮に求める理想の高校生活

林部 宏紀

第1話 入寮。そして憑依

 東京都内に門を構える私立北桜高校の学生寮、北桜寮。


「ここが、今日から俺が暮らす寮か」


 その寮というより民宿のような三階建ての外観をした家屋・北桜寮に、北桜高校に入学した一年生、純朴そのものというような容姿・風体をした少年、平沢涼ひらさわりょうが足を踏み入れた。


 一階部分は、全て共用スペースとなっていた。

 全面フローリング張りで、シンプルな白い壁紙。仲間との談話に使えそうな広間は、リビングとダイニングキッチンがくっ付いた開けた造り。

 普通の家屋のような、落ち着く造りとなっていた。家として自然にくつろげそうな、暖かみのある意匠であった。


 よかった。想像してたよりも、ずっと住みやすそうな所だな。


 涼が生活拠点の質の高さを知り、まずは来たるべき新生活へ向けて一安心、と安堵の息をついたその時、ふいにリビングの入り口の扉が開いた。


 そこに現れたのは、目を見張るほど端整な顔立ちをした少女。

 短めの黒いボブヘアが良く似合う、絵に描いたような美少女であった。

 涼は彼女に一瞬にして目を奪われ、息を呑んだ。


「あ……どうも。新しい入居者の方ですか? 私もです」


 少女は涼と目が合うと、彼が大きなカバンを手に持っている様を見て、そう声を掛けた。


高瀬美鈴たかせみすずといいます。よろしく」

「あ……はい、どうも! 平沢涼といいます! よろしく!」

「はい、よろしく」


 少女は軽く微笑んで会釈し、感嘆に挨拶の言葉を述べただけだったのだが、涼はその仕草を見ただけで、射竦められたように体が硬直し、声が上ずり力が入る。

 そこで、再びリビングの扉が開く。

 続いて入ってきたのは、三人の少年少女。


「お? 先客かな? オレは桜井ハルト。こっちの愛果とはガキの頃からの幼馴染み。よろしくな」

「どうも、木崎愛果きざきまなかです。これからよろしく!」

「俺は栗山秋二くりやましゅうじ。この二人とはさっき入り口でばったり会っただけ。どうぞよろしく~」


 少々チャラ男っぽく見える茶髪の雰囲気イケメン・ハルト、少々ギャルっぽく見えるセミロングの明るい茶髪の美少女・愛果は幼馴染みコンビ。

 一方、秋二は、少々目付きが悪いが二人とは対照的な正統派黒髪の男前であった。


 そうして互いに自己紹介を済ませたところで、今一度、リビングの扉が開いた。

 次にリビングに姿を現したのは、一際小柄な女の子だった。

 まず目を引いたのは、彼女の右脚。彼女の右脚脛の真ん中から下には、金属製の棒が伸び、その先には一目で作り物と分かる質感の足が付いていた。

 彼女は義足であった。

 

 その物珍しさに、五人は思わず右脚に視線を集中させる。と、少女はそれを咎める声を上げた。


「いきなりじっと見てくるなんて不躾な奴らだ。なんだよ、なんか文句あんのか」


 上げた。ところが、少々小生意気そうな雰囲気をたたえているものの、その相貌は非常に可愛らしく、つるつるとした長い黒髪と合わさったその愛らしさは、まるで天使のようであった。


『キャ――ッ! かわいい――!』


 その姿を見るや、美鈴、愛果、二人の女子が色めき立ち、彼女の元へ殺到した。


「う、うわ~! なんだやめろ~!」


 二人に抱き付かれ揉みくちゃにされて悲鳴を上げる少女の名は、逢川あいかわあおい。

 出会いはこんなであったが、美鈴、愛果をはじめとする五人と仲良くなるまで、そう時間は掛からないのであった。義足の自分と仲良くする気がある相手かどうかを確かめるために、初めはこういう態度を取ろうと決めていた、と、彼女は後に五人に語った。結果、判定に迷う余地がないくらいの反応が返ってきて、むしろ初めから距離が近すぎてビビった。とも語った。


 こうして集まった面々、寮に入った理由はそれぞれだが、みな心の奥底では、理想の青春を求めて、この学生寮の扉を開いていた。


 その後、少々歓談した後、六人は一度各々の自室を確認しに行くことに。それぞれ、二階へと続く階段を上がっていった。上階には、生徒それぞれの自室があるのだ。もっとも、美鈴に釘付けな涼は、その後姿が二階へと消えても、なおしばらく階段の方を見詰めてぽーっとし続けていたが。


「きゃ―――――――っ!」


 と、その時ふいに響いた悲鳴を聞いて、涼はハッと我に返った。今しがた二階へ上がっていった、美鈴の悲鳴であった。


「どうした!?」


 慌てて彼女の部屋に駆け付けた涼だったが、そこで目に飛び込んできた光景に、思わず声を失った。

 彼が目にしたものは、髪の長い少女を思わせる輪郭をした白い発光体。

 少女のようとはいっても、顔には目も口も鼻もない。上から紙を貼り付けたかのように、真っ白であった。

 一目見ただけで、いわゆる幽霊のような存在なのであろうことがわかった。


『へ~、私のことが見える人が二人も! 珍しい~。気に入った! 私もここに住む!』


 そして、驚き立ち竦む涼と、腰を抜かしてへたり込む美鈴は、次に幽霊の声を聞き、さらに戦慄する。脳に直接声が響いてくるような感触を、二人は覚えていた。


『というわけで、あなたに取り憑かせてもらうから、これからよろしくね!』


 加えて、幽霊は無邪気な声色でそう言うと、目にも留まらぬ速さで動き、美鈴の胸に飛び込んだ。と、まるで吸い込まれるように、幽霊は美鈴の胸の中へと入り込んでいった。


「え……い、嫌ぁああああ―――――!」


 一瞬のことに初めは呆気に取られていた美鈴だったが、じきに得体の知れないものに体を侵食される恐怖に駆られ、どうにか霊を取り出そうと胸を掻きむしり始める。


「ひ、ひいい~! じ、除霊だ! お払いだ! 霊媒師だ―――っ!」


 超常現象を目にし、冷静ではいられなかったのは涼も同じであった。それまでオカルトなど一ミリも信じていなかった彼が、なんとか美鈴を助けようと、脚をもつれさせながら部屋を飛び出し、最寄の神社や霊能力者の下へと走った。


 が、それから何事もなく一年が過ぎた。

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