マクレイン邸のお茶会……その後(カーライル編)
意を決した告白は、見事に砕け散った。
受け入れてくれるとは思っていなかったが、少しくらいは意識してもらえるのでは、と淡い期待があった。
しかし、想いを伝えた時の彼女の困惑一色に染まった顔といい、勝手に別に想い人がいると断じられたことといい、万に一つの可能性すら潰えたと感じられた。
おまけにホワイトリー嬢が何を言ったのか、マクレイン嬢がいつも以上に距離を詰めてこようとする。燃え尽きた灰のように茫然自失だった俺は、なす術もなく絡まれっぱなしだったが、フロリアンがうまく間に入って引きはがし、「僕が詰め所に送っていくから」と言って自分の乗ってきた馬車に詰め込んだ。
「……すまない。助かった」
「いやいや。さすがに兄上をあのまま放置したら、既成事実を作られた挙句、婚約をすっ飛ばして結婚同意書にサインさせられそうだったからね。僕はクラリッサを義姉にしたくないし」
兄弟仲だけでなく、モーリス嬢との間も取り持ってもらったはずのフロリアンだが、正直なところ彼女に好感を持っていない様子だ。俺の感じている不快感を彼も体感しているかどうかは分からないが、陰ながらマクレイン嬢のことを「傾国」だの「女狐」だのと表現しているところをみると、相当警戒しているらしい。
彼女は若くして貴族としての処世術を極めているばかりか、男を誑かす術にも長けているので、フロリアンの懸念はもっともだと思うが。
「それより予想外だったよ。ホワイトリー嬢があっさり兄上を振るなんて」
「あら、私は予想していましたわ。クラリッサ様がカーライル様にご執心なのは周知の事実ですから、たとえ誰であってもきっぱりお断りするでしょう」
「まあね。でも、万が一ってあるだろう?」
「それはまあ、思いがけない告白から始まる恋もあるとは思いますが……ところでカーライル様。傷口を抉るようで申し訳ないのですが、プリエラ様はどのようにおっしゃったのです?」
「……勘違いだと……別の想い人がいるはずだと……」
同乗していたモーリス嬢の質問に鈍い痛みを覚えつつ、あの時の言葉を反芻すると、二人は婚約者らしく息のそろったため息をつき、同じような仕草で額に手を当てる。
「ホワイトリー嬢は、兄上がクラリッサを好きだと誤解しているのかな?」
「おそらくは。そして、カーライル様が何気ないきかっけでプリエラ様に好意を抱くようになった、と推理した上でお断りした、と考えると筋が通りますね」
「それこそ誤解だ! 何故俺がマクレイン嬢に惚れてるなどと思えるんだ!?」
思わず叫びを上げるが、フロリアンは冷静に突っ込んでくる。
「そりゃあ、兄上がクラリッサをちゃんと拒絶しないからだよ。恩人だからってずるずる生温い関係を続けてた罰が当たったんだね」
ぐうの音も出ない正論に、俺はうなだれるしかなかった。
しばらく馬車の走行音だけが響き、ややあってモーリス嬢が口を開いた。
「一概にそうとも言い切れませんよ。私の見立てでは、出会った当初からクラリッサ様はカーライル様をお慕いしていたようですし、縁を切るのは不可能だったと思います。無理に切ろうとすれば、それこそ強引に婚約へ持ち込まれていたでしょうから、結果的によかったとも取れません?」
「なるほど。セシリアの言うことも一理あるか」
「まあ、そういう煮え切らない態度を取る殿方は、得てして女からひんしゅくを買うものですが」
「モーリス嬢……上げて落とすのはやめてくれ」
この辺境伯令嬢とは国境警備隊にいた頃に知り合い、ここ数か月でまともな交流を持ったフロリアンよりも付き合いは長く深い。お互い気心は知れているが決して男女の間柄というわけではなく、どちらかといえばニコルとの腐れ縁に近い関係だ。
彼女のこういう歯に衣着せぬ物言いは嫌いではないが、時々弄ばれているような気分になる。
……モーリス嬢のことはともかく、このまま詰め所に戻っても、何も手につきそうにない。書類決済を放り出してマクレイン邸にやって来たというのに、これでは他の隊員たちに示しがつかない。
失恋とは人をこんなに無気力にするものなのか。
「……カーライル様」
モーリス嬢の呼びかけに顔を上げると、真っ白な羽扇を広げて勝気な微笑みを浮かべていた。彼女がこういう顔をする時、よくも悪くも局番がひっくり返ることが起きる。
少し話は逸れるが、我が国は北と西に国境がある。北側には大草原が広がり、西側には険しい山脈がそびえ立つ、天然の要害に守られた我が国は、長年表立った侵略戦争は起きていない。
その代わりその緩衝地帯ともいえる所に住むのは、どこの国家にも属さない“まつろわぬ民”。国境警備隊及び辺境伯家の使命は、その異民族から国民を守ることだ。
モーリス嬢はその家の長女として生まれ、女だてらに乗馬や剣術を嗜むだけでなく策士としても有能で、幾度も武力衝突を回避し和平を保ってきた功労者だ。
そんな頭の切れる彼女が、妙案が浮かんだとばかりに微笑んでいる。
今の俺にはそれが天使のようにも悪魔のようにも見えたが、藁にも縋る思いとはこのことかと頭の片隅で考えながら、モーリス嬢に視線で続きを促す。
「私としてもクラリッサ様が小姑様というのは全力でご遠慮したいので、微力ながらお力添えいたしますわ。ただし、私はあくまでお手伝いをするだけで、プリエラ様のお心を掴めるかはカーライル様の行動次第です。どうです、私の策に乗りますか?」
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