第21話 角が生えてるからっていつもと違うとは限らないだろ
「え゛っ……タイラが少女に膝枕をされて腰を抱きながら眠っていた……!?」
都は第一声でそう言って、持っていた洗濯物を落とす。
「そうなんです。もう幸せそうにすやすやしちゃってですね」
「違う違う。違わないけど大事なのはそこじゃないから」
何とかカツトシが宥めて、椅子に座らせた。ユメノとユウキも「よくわかんないけどそれが一番大切じゃない? 何やってんのタイラ」「全然なんだかわかりません……タイラは神さまなのに彼女がいるってことですか?」とぶうぶう言いながら椅子に座る。
「オレが力を失くしていることについても気にしてもろて……」
「確かに。なんか困ってることある?」
「そう言われますと……いや絶対困るんですけど……明確に何とは言えないのが……。少なくとも以前から張ってあった結界はそのままですし、ただ新しく結界を張るということはできないのでそれは些か困りますね。神罰も執行できないせいであの子に何もできませんでしたし」
ユメノとユウキは思わず『何だそれくらいか』という顔をしてしまい、ノゾムから「何だそれくらいか、って思ってますよね。アイちゃんさんじゃなくてもわかりましたよ」と見咎められた。
「というか……」と不意に口を開いたのは美雨だ。
「あなた、もういっそこの山を下りてユメノちゃんたちとどこかで暮らしたらいかがです? あの子が言うには、別にあなた方の邪魔をしたいわけではないのでしょう。割と楽しいですわよ、人間社会」
「何言っちゃってんですか……」
突然割って入ったカツトシが「はいストーップ。話が脱線してるわよ」とノゾムと美雨を引き離した。
「ともかく、整理しましょう」と言い出したのは都だ。
「問題点は大きく分けて二つ。まず、ノゾムの力を封じられたこと。二つ目に、タイラがその女の子にたぶらかされていること」
「一応あの男の名誉のために言っておくけど、別にたぶらかされてはいないわよ」
「そしてその子の要求が、『この山が欲しい』というもので、最終目標は『人類の滅亡』であると」
「めちゃくちゃっすね。どうしてそうなるのか全くわかんねえな」
うーん、と唸ったカツトシが「じゃあ一つ一つ僕に視えたものから解説していきましょうか」と話す。「お願いします」とノゾムはいつになく真面目な顔で頼んだ。
「まず前提として、あの子の能力は強力な暗示よ」
ひゅっ、とノゾムが息を止める。それから両手で顔を覆って、「そうじゃないといいなぁと思ってました……」と言った。「残念ながらそうよ」とカツトシは続ける。
「そもそもあの子の正体は何なんです……?」
「それについては僕も明言を避けたいとこなのよね。なんせあの子、記憶がボロボロなのよ。出自っていうのがいまいち掴めない。恐らく人間と人間でないものの間に出来た子どもで、それを危険視されながら人間に育てられた」
「じゃあ何者なのか、っていうのはわかんないわけですか?」
「わかんない……わけでもないんだけど……大して重要じゃないから……まあ、『人と妖の間に生まれた子』ぐらいの認識で」
「了解しました」
ノゾムも、納得したというよりはカツトシが言いづらそうなので一旦保留にしたという面持ちでうなづいた。頬杖をついて聞いていたユウキが、「質問です」と手を上げる。
「その暗示っていうのは、美雨さまの洗脳と違うんですか? ノンちゃんもタイラも、美雨さまの洗脳はかからないですけど」
「いい質問。花丸あげちゃう」
言いながらカツトシはユウキの頭を撫でた。
「美雨の“洗脳”とあの子の“暗示”は似て非なるものね。美雨の“洗脳”が『無から思想を植え付けることができる』のに対して、“暗示”はそういうことができない。ただし、ただの下位互換というわけでもない」
「と、言いますと?」
「例えば、『アイドルという職種を知らないものにすら、自分はアイドルであるという認識を植え付けることができる』のが“洗脳”で、暗示はさすがにそれは無理。だけどその代わり、元々心のどこかで『アイドルになりたい』という願望を持つものには効果てきめん。洗脳よりも強い効果を発揮するのが暗示ってわけ。あの子はそれが異常に上手い」
「へえ……美雨さまより?」
「そもそも美雨にできるのは“洗脳”で、“暗示”はからきしなのよ。なぜならこいつは、人が内心で何を願うのか、察することができないから」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「そういうところよ」
こほんと咳をしたカツトシが、「あの子がノゾムの力を返す必要なんてないと言ったのは、そもそもノゾムの力を奪ったりなんかしていないからよ」と補足する。
「あんたは暗示がきっかけではあるものの、自分自身で自分の力を抑え込んだ。暗示ってのは解けるべき時に解けるものよ。それでも……たとえば今回の一件が片付いてもその暗示が解けないようなら、美雨の言う通り一度人間みたいに生きていけばいいんじゃない。今のあんたは不老ですらない。もちろん死ねば稲荷明神にまた吸収されてリセットされるでしょうけど、それまでせいぜい五十年やそこら、ちょっとふらふらしてたってバレやしないわよ」
「……いやバレやしないってことないでしょうが……」
「まあ、そう気にすんなってことよ。僕たちも気にしてないし、本当にそうしたいなら手伝うし。ってことでこの話は終わりね」
ノゾムが何か言う前に、美雨と都が「はい」「対処法を考えましょう」と同調した。
不意にユウキが手を上げ、「タイラも暗示がかかってるんですか? どんな?」と尋ねる。ユメノは適当に「可愛い彼女がいる暗示じゃない?」と言っておいた。
「何だかカツトシもロイナリ様も言い出さないので自信がなくなってきたのですが、あの方……鈩天お兄さま、なんか生えてませんでした?」
そう美雨が言い出す。「何か生えてた?」とユメノがオウム返しすれば、美雨は自分のこめかみの横に人差し指を立てて、「角みたいな……こういう形の……頭から生えてるように見えたのですが」と話した。なぜかカツトシが汗を拭いながら「えー、そうかしら。僕には全然見えなかったけど」と口ごもる。「カツトシに見えなかったならそれはもう私の見間違いということになりますが、それで本当によろしくて?」と美雨は念を押す。
「…………まあ、そうね。あいつは確かにいま鬼だけど、大した問題じゃない」
「あれれれれ????」
「あの男は普段からあんなもんだし大丈夫」
「ちょっと待ってもらっていいですか????」
ため息混じりに、カツトシは頬杖をついた。「まあ、あの男のやる気がないのが救いでもあるし厄介でもあるわね。このまま中立でいるかどうかも含めて不確定要素すぎる」と話す。
「あっち側に見えましたけど……?」
「いや、あの男が寝るための枕がたまたまあの子どもの膝だっただけで、今のところどちら側とも言いがたい」
「そんなことあります?」
「あのヂアンという子は確かにタイラに暗示をかけたけど、不十分だった」
「そもそもどんな暗示をかけられたっていうんですか」
カツトシは少し口ごもり、「端的に言えば、自由よ」と答えた。
「『あなたを解放する』とヂァンはタイラに言った。それが暗示だった。あの子どもは暗示さえかければタイラが勝手に暴れ出すものとばかり思っていたようだけれど、そうはならなかった。『お父さん休みの日だから遊んでくれるよね』って思ったらそれは大間違いで、連休初日の父親なんか大体一日寝てるのよね」
「何の話ですか?」
大事なのは、とカツトシが咳払いをする。「タイラは現時点で僕たちと戦うつもりはない。むしろ何もやる気がないってことよ」と続けた。
「それで一番危惧すべきは、あの子どもがタイラを口説き落とすこと。僕から見てもあの二人は相性が悪いわけじゃない。むしろ、最悪なぐらい相性はいいし、今タイラにその気になられるのが一番困る。その前にあの子どもを何とかしなきゃいけない」
「具体的には?」
「できればあの子とタイラを引き離したいところなのよねぇ」
腕を組んだノゾムが「つまり、いつも通りのトライアンドエラーってことですよね」と渋い顔をする。「トライアンドエラーは人間の専売特許だと思っていましたが」と美雨は顎に手を当てた。
☮☮☮
頬杖をついたノゾムが、一瞬目を閉じる。次の瞬間目を開けると、ユメノとユウキが立っていた。「落ち込んでる?」と尋ねられ、「いえ別に」とノゾムは答える。
「ただ、まあ……それなりに焦ってはいますよ。このままじゃ存在価値がないっすからね、オレ」
「そうかなあ」
ノゾムの隣に腰を下ろして膝を抱えたユメノが「そうは思わないよ。ずっと言ってるじゃん。あたしたちはノンちゃんが神さまじゃなくても大好きだよ」と言った。
「アイちゃんも言ってたでしょ。暗示は解けるときには解けるって。その前に今しかできないこととかやっといたら?」
「……たとえば?」
「わかんない。あたしたちと……生きてみる、とか」
瞬きをしたユメノが顔を隠すように自分の膝を一層強くぎゅっと抱いた。「本当はね」と続ける。
「神さまでも神さまじゃなくても、どっちでもいいんだ。どっちでもさ、ノンちゃんはノンちゃんの好きなこと、たくさんやればいいのにって思うんだよ。もっと自由でいいのに。そんなこと言うの無責任かもだけど」
そうだ、とユウキが口を開いた。
「ノンちゃんが神さまに戻っても、戻らなくても、これが終わったら一緒になにかやりましょう!」
「そうしよ。だからさ、元気出してよ。全然気にすることないよ。暗示なんか解けても解けなくても一緒だよ」
思わず笑ってしまって、「一体何をするんですか?」と尋ねてみる。ユメノとユウキは本気で悩む素振りを見せ、「クレープ食べながら洋服を見に行くとか」「新しいゲームを買うとか」「遊園地の絶叫マシンを制覇するとか」「電車に乗って知らない街まで行くとか」とあれこれ言い始めた。
すごいなぁ、とノゾムは呟く。
「君たち人間はその短い一生で、オレには想像もできない“楽しいこと”をいくつも知っているんすね」
「うん。そうだよ。だから、ノンちゃんもやろ」
「約束ですよ! 絶対!」
ノゾムは肩をすくめ、「クレープって食ったことないんですよね。行儀悪くないですか?」と言う。「それが醍醐味なのだ」とユメノが胸を張った。
☮☮☮
つまらなそうな顔をして、タイラは片膝を立てる。そこに肘を置いて、煙草のけむりをぼんやり見ていた。寝起きの顔で瞬きをする。
濡れた鼠のような色の着流しから、健康的な色の肌がはだけて見える。右のこめかみ辺りから、岩のような骨のような無機物が覗いており、それは彼が“鬼”という種に変じたことを示している――――つまり、角だ。
ふと彼は立ち上がり、煙草を咥えたままどこか歩いて行こうとする。
「どちらへ行かれるのですか」とヂアンは尋ねる。
「? パチンコ」とタイラが答えた。
はあ、と呟いてヂアンは眉をひそめてしまった。「あのぅ、雀鈩様」と恐る恐る口を開く。
「それがあなたの望むことなのですか?」
きょとんとした顔のタイラが、不意に喉を鳴らして笑った。「誰だか知らんが、お前は随分真面目だな」とヂアンを指さす。
「お前は自分の命が、きっと何かを為すものと信じている。生まれたからには、存在している限りは、何かを為さなければならないと妄信している」
「何を仰っているのか、」
「だが俺から言わせれば――――何か“しなければならない”と思ってしまった時点で、それはお前の望みではないよ」
タイラはヂアンの額を人差し指で軽く小突いた。「お前は俺に、『野望はないのか』と訊いている。そうだろう?」と目を細める。
「はっきり言うが、ない。存在をかけて成し遂げたいことなど何もないし、もしあったとしても明日には気が変わっているだろう。そもそも未来なんてどうなっていようと俺には興味がない」
「……だけど、よりよい未来を夢想することくらいはあるでしょう?」
タイラは瞬きをし、一瞬だけ黙った。「よりよい未来、か。あるいはそう言いかえることもできるのかもな。まあ、そんなことは遠い昔の話だが」と呟く。それから全てに飽いたような表情で「どうでもいいか」と遠くを見た。
「生きるということは、本質的には死ぬまでの暇つぶしだ。野望もない。為すべきことはあったのかもしれないが……お前はそれから俺を解放すると言った。であれば、俺に残されたものは何か。
快楽だよ。美味いもんが食いてえ、面白れぇことがしてえ、気持ちよくなりてえ。それだけが全てだ。
好きなことを好きなようにやる。この存在が塵になって消えるまで。あるいは、世界が滅ぶまでだ」
というわけで俺は打ちに行くが、とタイラがくすくす笑って立ち去ろうとする。呆気に取られていたヂアンも、それを追いかけてタイラの袖を掴んだ。
「ぼ……私も連れて行ってください」
「……パチ屋にガキの姿したやつは連れていけねえなぁ」
「どこでもいいのです。店の前に置き去りにしても構いません。あなたの行くところに連れて行ってください」
顎に手を当てたタイラが、「そう捨てられた子猫のような目で見られるとたまらないな。いい煽り方するぜ、ガキのくせに」とヂアンを見る。
「そうだ。俺からも訊いておこうか。お前の望みは何なんだ?」
「……人類を滅ぼせたらいいな、と思っています」
「本気か?」
「7:3くらいで、本気です」
「なぜ?」
ヂアンは少し俯き、拳を握った。それからふっと力を抜き、口元に微笑みを称えながら「だって、いらなくないですか? 人類」と小首をかしげる。
「私はこう見えて不死なのです。いえ――――不死かどうかは証明する術がありませんが、少なくとも数百年の人類史を見てきました。
人間と言うのはその他の種、妖や獣と比べて強くもなく、長く生きるわけでもありません。
にもかかわらず、ここまで繁栄しました。自らの短命を嘆くことで、その執念から多くの発明をして繫栄しました。そもそも『短命だから繁栄する』っておかしくないですか? 思うんです。この世界は間違えているって。強くもなく長く生きるわけでもない種というのは、いわば劣等でしょう? 他に、体が丈夫で長命の種というものが存在するのに、人類が生物の長となっている。
今まで妖やその他の種は、概ね人類を立ててきましたよ。人間に合わせて、人間の邪魔をせず、人間を脅かさないよう気を付けてきた。例外もいますけどね。でも彼ら、忘れるでしょう。何代か経たら、私たちのことなんか忘れるでしょう、彼ら。短命なんだから。それなのにどうして私たちが彼らに合わせる必要があるのでしょうか」
そう一息で言うと、タイラは子どものようにけらけら笑って「もっと簡潔に言え、簡潔に」と機嫌よく喉を鳴らした。すっとヂアンは息を吸う。
「簡潔に言えば……人間なんていう劣等種、別に滅ぼしてしまっても構わないですよね、ということです。もっと長命で強い優れた種に任せた方が、この世界はより繫栄するはず。あなた様だって長く人間の歴史を見てきたでしょう。そうは思いませんか?」
タイラは何か初めて口に入れる菓子を下で転がすような、手に入れたばかりの玩具を眺めるような、そんな沈黙の末に────はっきりと「思わない」と答える。
「まず一つ……優れた生命と劣った生命がいて、それでも劣った生命の方が繁栄したのなら、『劣っている』というのはあくまでお前の主観であってこの星に適した生命はあくまで繫栄している方なのだろう。理屈をどう捏ねても結果がそうなのだからそれ以上の議論は意味をなさない。それを滅ぼすというのは神を超える傲慢だ」
ヂアンは虚を突かれ、そのまま間の抜けた顔を晒してしまう。「あなたが……そのような正論を仰る方だとは思いませんでした」と呟いた。いや何、とタイラは息を吐く。「面白い考えだとは思ったからな。酒場で聞いてたら乗っていたかもしれん」と肩をすくめた。
「……この山は雀の酒場とお聞きしましたが」
「お前も上手いことを言う。だが残念ながら俺がシラフだ」
「なるほど、手土産に一本お持ちすればよかったですね」
「そうなるとまるで鬼退治だな」
「毒など混ぜませんよ」
軽快にやり取りをしながら笑う。ふと、タイラが「まあ俺の事情というものもある。俺は人間を減らしたくはないからな」とこぼした。
「そうなのですか?」
「うん。人間は増えれば増えるほどいい。その方が――――面白いよ」
ヂアンはにこにこしながら「え?」と聞き返す。タイラはといえば何でもないことのように「人間はいるだけで面白いし、多ければ多いほどいい。どんどん増えるべきだ。多少減っても気にならないくらいには増えるべきだ」と話した。
「雀鈩様は人間がお好きなんですね」
「ああ、好きだよ」
「ですが今の口ぶりですと、まるで人間はあなた様の非常食のようだ」
「……何てこと言うんだよ。そんなわけないだろ」
ムッとした様子のタイラが眉をひそめる。しかしヂアンは、その彼の明確な歪みに興奮を覚え、口を閉ざすことができなかった。
「羊が増えて喜ぶ者はふたり。羊飼いと羊を食う狼です。あなたはご自身を、羊飼いと勘違いしておられる」
「…………」
「狼なのですよね? あなたは……。昔はそのことを嫌というほど知っていたのに、いつからか自分が何者か見失ってしまったのではないですか?」
「お前に何がわかるんだ?」
「雀鈩様、羊飼いは
大きく息を吐いたタイラが「お前に、何が、わかるんだ……?」と今度はゆっくり尋ねた。それから吐き捨てるように「取って食わないうちは羊飼いだろうが」と呟く。
びくりと肩を震わせたヂアンが「それほどお気を悪くするとは思いませんでした。もう言いません、お許しくださいませ」と俯く。タイラもハッとした様子で、「そう怯えるなよ。俺が虐めているみたいだろうが」と少し優しい声で子どもの顔を覗いた。
「詫びと言っては何だが、一つ訊いておこう」
「…………?」
「なぜ俺を手元に置く」
タイラはヂアンの美しい髪を弄びながら「お前はノゾムにも暗示をかけたのだろう。なぜ俺のことだけを手元に置く」と淡々とした様子で尋ねた。
「め……滅相もございません。あなた様を手元に置くなどと。私はあなた様に付き従う者でございます」
「どちらでも同じことだ。なぜ俺の側にいる」
にこーっと笑ったヂアンが、「顔がタイプです」とはっきり言う。どこか遠い目をしながら「顔が……」とタイラは呟いた。「顔もタイプだし体つきもタイプです」とヂアンが重ねる。タイラは自分のこめかみの辺りを押さえながら、「これは初めてのパターンだな……」と顔をしかめた。
「お前その……美しい顔で、俺のことを……? いやこれ以上はこっちが火傷しそうだからもう何も言わんが……」
「あなた様のその前髪から覗く黒目がちな瞳に見つめられると芯から熱くなるような気が致します」
「そろそろ髪切るか」
「切られるのですか……」
「じゃあ、最初に何か儀式の延長のようにやりやがった接吻は?」
「チャンスだと思ってやりました。特に意味はございません」
「こえーよこいつ」
すっかり短くなった煙草を手の中で潰し、タイラは携帯灰皿に押し込む。「わあ、真面目ですねえ雀鈩さま」とヂアンは手を叩いた。「俺の山で煙草を捨てるようなやつは、たとえ俺であろうと殺す」とタイラが瞬きをする。
「……この山がお好きなんですね」
あはは、と口を開けて笑いながらタイラはまた新しい煙草を取り出した。「好きでも嫌いでもねえよ、こんな山。好きになる要素も嫌いになる要素もねえだろうがよ」と本当に可笑しそうに煙草に火をつける。
「だが、俺の山だ。そうだろ?」
「ええ。おっしゃる通りです」
ちょいちょい、とタイラは人差し指を自分の方へ動かし、ヂアンに顔を近づけさせた。それから、ふっと煙草のけむりを吹きかける。
「!? ぁふっ、な……何を」
「決まってるだろう。誘ってんだよ」
ヂアンはぎょっとして目を見開いた。そんなヂアンの顎に手を当てて、タイラは上を向かせる。
「お、お戯れを……」
「戯れたくねえのか、俺と」
「滅相も……滅相もございません。もちろんあなた様が……その気でいらっしゃるのであれば……ぼくは……」
「お前がどうしたいか聞いてんだ。俺のことが欲しくはないのか?」
「ほ……」
ごくり、と喉を鳴らしてヂアンは「欲しいです」と答えた。タイラは目を細めてヂアンの腰を抱き寄せ、「どっち側がいいんだ?」と耳元で囁く。沸騰しそうな頭でヂアンは「だっ……抱いて、ください」と俯いた。
「愛いなぁ、久々の信者だ。大事にしてやろう」
「あっ……雀鈩さま……っ」
次の瞬間、がさがさと茂みが動く音がし――――唐突に吹雪いた。
顔を真っ赤にした都がタイラとヂアンを指さしている。
「ん……んんんん……! わーーーーっ(威嚇)」
都は、致命的に怒り慣れていなかった。
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