第15話 雀鈩のお山には、今も昔も神様がいる

 久方ぶりに学生服を着たユメノとランドセルを背負ったユウキは、カツトシと力いっぱい抱き合っていた。

「姦姦蛇螺を祓って、たぶん二人の不幸体質も幾分かマシになったと思うけど……何かあったらすぐ言うのよ」

 ユメノたちは頷いて、「今まで本当にありがとう」とまた抱きしめる。「いいのよ、いいのよ。僕たちもすごく楽しかった」とカツトシがしんみりと答えた。


「それから蛇神さまの加護が少し残って、ちょっとは“人ならぬもの”に耐性がついてるみたい」と言ってカツトシがユメノたちに耳打ちする。「まあ、最後に神どもを驚かせて行ったら?」とウインクした。


 ユメノとユウキは頷いて、こちらを眺めているノゾムの元に走っていく。ノンちゃん、と呼べばノゾムは気まずそうに頭をかいた。

「色々ありがと」

「お世話になりました」

「……いえいえ、こちらこそっす」

 それからノゾムは意を決したように屈んで、ユメノたちと目線を合わせる。空咳をして、居すまいを正した。


「オレはオレの在り方を……間違っているとは思わないけれど、君たちの言うことも間違ってはいないんだろうと思う。だけれどいくつもの正しさを持つことはできないから、オレの正しさの半分は君たちが持っていて。そしてどうか、長生きしてくださいね」


 ユメノは首を傾げて「ノンちゃんのこと忘れないで、ってこと?」と尋ねる。苦笑するような雰囲気があって、やがてノゾムは頷いた。ユウキが「そんなの当たり前です」とムッとする。


 しばらく考えて、ユメノはそっとノゾムのお面に手を伸ばした。それからノゾムが何か言う暇もなくさっとそれを剥ぎ取ってしまう。

「は……何、して……」

 ノゾムは目を丸くして、こちらを見ている。「返しなさい」と動きだすノゾムのほっぺたに、軽く自分の唇を寄せた。

「またね、ノンちゃん」とお面を返しながら手を振る。「へっぁ……?」とノゾムは自分の頬を押さえながら呆然としていた。そんなノゾムをぎゅっと抱きしめたユウキも、ユメノの後についてくる。


「タイラ!」

「どこにいるんですか!」


 と呼べば、タイラは木の上から落ちて来た。自分からお面を外し、その場に膝を折る。「俺にもキスしてくれるんだろ?」とニヤニヤしながら言うので、ユメノとユウキは顔を見合わせて「しょうがないなぁ」「特別ですよ」と両側からその頬にキスをした。


「またね、タイラ」

「煙草吸いすぎちゃダメですよ。ちゃんとベッドで寝てくださいね」


 そうしてまた、挨拶するために美雨を探しに行く。やれやれ、と立ち上がりながらタイラは「自分だけだと思ったか?」とノゾムを冷やかした。「うっせーっすよ」とノゾムはわざわざ狐面をつけ直す。


「行ってらっしゃい」とカツトシが大きな声でユメノたちの背中に叫んだ。ノゾムとタイラも手を振って見送る。ユメノとユウキは「行ってきます」と大きく腕を振った。







 神社の中で寝そべりながら「あー虚無ですわ」と美雨が呟く。

「寂しくなってしまいましたわね……」

 うちに集まるのやめてもらえません? と言いながらもノゾムがお茶を淹れた。それを人数分出し、「オレは別に」と言いかける。そんなノゾムを尻目に「まったくだ。寂しくて仕方ない。何もかもが色あせて見える」とタイラがしみじみと言い出すので、ノゾムは思わず裏切られたような顔でタイラを見なければならなかった。


「ノゾムも素直に言った方がいいわよ。虚勢を張った方が恥ずかしいわよ、こういうのは」とカツトシが指摘する。

「幸枝ちゃんを見習いなさい。さっきからそこでうつ伏せになって小刻みに震えてる。虚勢もクソもないわ」

「ああ、あれ何かの発作じゃなかったんですね」

「生まれたての小鹿より震えているな」

「こんな精神状態でよく人より永い時間を生きてきたものですわね、この方」

「うっ……ちゃんとしなきゃと思うほど体が動かない……」

「いい病院紹介しましょうか」


 夕方のチャイムが山まで聞こえる。「陰気臭い連中だな、とりあえずウノでもします?」とノゾムは提案した。ひとり明るい声の実結が「ミユ、します!」と手を上げる。


 ふと、外の騒がしさに気付いてノゾムは手を止めた。それから本殿の戸を開けて、周りを見渡す。タイラや美雨も後ろから身を乗り出してきた。

 走ってくる足音と、声が聞こえる。石段を上ってくる影が見えた。


「ただいまぁぁぁ」

「お話したいことはたくさんあるんですが何よりぼくたちは今とてもピンチです」


 ユメノとユウキが、同時に後ろを振り向いて『ギャアア』と叫びながら石段を上ってきている。後ろからは、明らかに人でも動物でもない物体が追いかけて来ていた。

「……逃げながらこの山を登ってきたのか? 随分とたくましくなったもんだな」

「怪異の方が若干バテてて草」

「化生を寄せ付けるのは姦姦蛇螺と関係なく、あいつの元々の体質か」

「あるいは蛇神の加護と一緒に残っちゃったのかな。ユウキくんも退魔師の力を授かっているかもしれませんよ」

「それは面白いなぁ……」

 顔を見合わせる。肩をすくめ、タイラとノゾムは軽やかに笑った。それから下駄と浅沓をはき、外に出る。


「ふたりとも落ち着いて。足を踏み外す方が危険っすよ」

「試しにそのランドセルでぶん殴ってみたらどうだ? 案外効くかもしれん」


 何笑ってんだよぉと涙目のユメノとユウキを、両腕開いて抱きとめた。







 ぴいちくぱあちく、あんまり雀が喧しいもんで。昔の人はそこに雀の酒場があるに違いないと噂したのだという。そうしてお山には、雀鈩という名がついた。

 このお山には昔から、不思議な言い伝えがある。言い伝えはやがて信仰となった。

 今も昔も────雀鈩のお山には神様がいる。


 内緒だよ。

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