第11話 お疲れ様会
天邪鬼の襲来から一週間、ユメノたちは暇を持て余していた。都はまだ足の怪我が治っていなかったし、ノゾムは始末書に追われている。カツトシも目が疲れたと言って休んでいたし、実結もあれから寝込んでいた。
そういうわけで、ユメノとユウキは今日も神社の階段の上に座って勉強などをしている。
「あら、あそこに見ゆるはユメノちゃんにユウキくんじゃありません? ごきげんよーう」
「えっお前、遠くから呼びかけるとき『ごきげんよう』って言うの?」
パッと顔を上げたユメノとユウキは目を輝かせた。持ち物を全て放り出して、タイラたちに駆け寄る。そのままの勢いで飛びつけば、タイラがちょっと呻いた。
「おかえりなさい!!!!」
「おそいですよ!!!!」
「悪いな。天上の連中が『送らせていただきます』と言うので任せたら、全く見当違いのところへ送られたもので少し観光などしていた」
「ハイこれ、お土産の御仏サブレですわよ」
「え……あ、ありがと……」
次の瞬間、戸を勢いよく開ける音が聞こえた。げっそりした様子のノゾムが飛び出して、走ってくる。
「先輩、焼き肉行きましょう」
「おう。いいぞ」
「さすがのフッ軽ですわね」
都母娘とカツトシにも声をかけると、全員快く承諾した。実結などは『みんなでご飯を食べに行く』と聞いただけで元気になりすぎて都を驚かせた。
ユメノたちにはわからないが、全員人に化けているらしく、現代風の洋服を着ている。総勢8人で街中の焼き肉屋に入っていくところは、なかなか異様な光景だったはずだ。何より、傍から見ればその関係性が計れなかっただろう。
タイラが店員に「食べ放題。大人6人、子ども2人」と簡潔に注文する。「飲み放題もつけましょうよ」とノゾムがせがんだ。
「大丈夫かしら、実結はこんな姿だけれどもう百歳を超えているわ……大人料金にすべきでは?」
「食う量が四歳児相当なら別にいいだろう。何より店員を戸惑わせることになる」
その横でユメノはカツトシに「目、大丈夫?」と尋ねてみる。カツトシはぐっと親指を立てて「神も人も妖も、肉の前では平等に元気」と断言した。ユメノは「そっかあ」と呟く。
注文した飲み物が全員に行き渡り、完全に生気を取り戻したノゾムが「皆さん、おつかれしたー!」と乾杯の音頭を取った。「かんぱーい」と全員グラスを合わせる。ビールを一気飲みしたノゾムが「はーたまらんすわぁ」と口の端を拭った。
「おい、そこの狐をよく見ておけよ。そいつ、別に酒に強いわけじゃないからな」
「ほっとけ。自分の限界ぐらい知ってますよ」
塩からいくわよ、とカツトシがタンを焼き始める。どっと歓声が起こった。
「でもさあ、タイラとかお肉食べて大丈夫なの? その……お坊さんじゃん」
「えっ、俺もう関係ないよな」
「関係ないって何? 関係ないことある?」
俺はもうアレだから、とタイラが言葉を濁す。「というか生前もそれほどは……」と言いながら割り箸を割った。
「お坊さんなのにお肉食べてたんですか?」
「いやそんな……そんなことないよ……失礼だな……」
「まあ現代では普通に食べてる宗派も多いですからね」
「そうだお前、美雨なんかいつも鶏肉食ってるぞ」
「それはまた別の問題ですけど」
「狂気の沙汰だわ」
急に矛先を向けられた美雨がむせながら「なんです? 何が悪いとおっしゃるんです?」と睨む。
「あなたたちだってどうせ、」
「ちなみにお前のことも食おうと思えば食えるの?」
「やめましょうかこの話」
できれば食おうと思わないでいただきたいというのが正直なところですわね、と美雨は眉をひそめた。
「そういや、観光ってどこ行ったの?」
「なぜか奈良に飛ばされたので、鹿とか見に行きましたわよ」
「ふたりで???? 想像つかないんだけど」
「でも……ふふっ」
不意に笑い出した美雨が「こんな絶世の美女の横にいては、付き人か何かだと思われたかもしれませんわね、あなた」とタイラを指さす。
「……一周回って可愛くなってきたよ、こいつ」
「チョークスリーパーやめてくださいまし!! チョークスリーパーやめてくださいまし!!!」
それを眺めていた都が少ししゅんとして「仲良しね」と呟いた。「いや、あいつらのはそういうんじゃないから」と慌ててカツトシがフォローする。じたばたしている美雨が「落ちる落ちる落ちる」と叫んだ。
「ちょっとあんたら、店に迷惑でしょ。大人しく肉食ってくださいよ」
「それは本当にそうよ。あんたたち、恥を知りなさい」
叱られたタイラと美雨が座り直し、同時にグラスを口に運ぶ。そしてこれまた同時に、店員を呼び止めてお代わりを頼んだ。
「そういえば天からたっくさんご褒美をいただきましたからね。明日みんなで山分けいたしましょう」
「こいつマジで厚かましかったな……」
「何です、その言い種は。言っておきますが、私は家電量販店でカモられていることに薄々気づきながら面倒なので言われるがまま購入するみたいなひとが本当に嫌いですからね。あなたのことですわよ」
「えっ、お前……家電量販店で値切るの? 意外だな」
こほんと咳払いをした美雨が「まあ鳳凰の本分は神と人との調整役ですからね。これぐらいの交渉は現役時代からよくこなしたものですわ」と胸を張る。
「ちなみにこの方は天部の位を頂いていましたわよ」
「それは草ですね。天上から追い出されておいて天部とは。哲学を感じる」
「あと1万年減刑された」
飲んでいたジュースを危うく吹き出しそうになりながら「イチマンネンッ??」とユメノは聞き返した。「何したら1万年以上も許されないことになるの??」と尋ねる。あー、と美雨が肩をすくめた。
「山神様の肩を持つわけじゃありませんが、地獄の刑期とはインフレを起こし続けておりまして。軽々1億年など言い渡されることも少なくありませんのよ」
「そうなんだ……」
「ちなみに残り何年だか聞きました?」
「いや、聞かなかった。こういうのって聞いた瞬間に嫌になるんじゃないかと思ってな」
「まあ……これでまだ1万年以上残ってますとか言われたら一気に自棄になりそうっすよね」
「俺の刑期はあとひと月ほどかもしれんし、あと1億年ほどかもしれん」
「シュレディンガーの猫かな?」
「言っておくがシュレディンガーの猫なんかよりずっと長く俺の方がシュレディンガーだよ」
「何言ってんだこのひと。シュレディンガーは人の名前ですよ」
言いながらノゾムが2杯目のビールを頼む。「食べて食べて」とカツトシがユメノたちの皿にカルビを盛り始めた。きゃっきゃと笑いながらユメノとユウキはそれを頬張る。
「それにしても天上の厚遇はなかなかよかったですわ……明日からまた当番制で食事を用意しなければならないのですわね……」
「あんたらの飯って当番制だったんすか、てっきりアイちゃんさんが作っているのかと」
「僕もそう思ったんだけど、こいつらも結構料理上手いから」
「美雨さんって中華縛りじゃなかったです?」
「いいでしょう、中華。3日に一回食べたくなるでしょう」
「うーん……」
「本当のことを言うと、普通に和食も洋食も作れますわよ。オムライスとか得意ですわ、わたくし」
「なんだ……そうなんだ……」
「もっと言いますと、カツトシは和食が得意だし天狗お兄様はイタリアンが得意ですわ」
「反応に困りますね、それ」
「僕の得意料理はかつ丼」
「俺に得意料理などない。全て」
箸を置いたユメノとユウキが「幸枝さんの料理だって美味しいもん」「そうですよ。毎日お米がぴかぴか」と熱弁をふるう。慌てた都が「や、やめて! 彼らに張り合わないで! 特にタイラには張り合わないで!」と両手で顔を覆った。
「……幸枝ちゃんはまだ人間だった頃、この男に料理を作ってやったことがあるのよ。この男はあろうことか『俺が作った方が美味いから余計なことしなくていいよ』って言った」
「あー!!!!!」
「いけないんだあ!!!!!」
「信じられない。デリカシーが欠如しているにもほどがあるのでは?」
「『気使わなくていいよ』ってことだったんだろうなぁ」
「言い方よね」
腰を浮かせたタイラが「ちょっと煙草吸ってきていい?」と言い出す。「うわ逃げる気だー」とユメノたちはブーイングした。
タイラが席を外した後で「でも」と都は小さな声で呟く。「私もあれから上達したもの。彼に食べさせる機会さえあれば、きっと見直してくれるわ」と話した。「あなたのそういうところ、わたくし結構好きですわよ」と美雨が笑う。
一足早く満腹になってしまった様子の実結がバニラアイスを食べている。「つべたい、つめたい」と言いながら満足そうに頬張った。
「ミユちゃんかっこよかったなぁ……あたしたち、すごい助けられちゃった」
「ミユはねぇ、じつはユメノちゃんとユウキくんよりおねえさんなのです。だからがんばればあれぐらいできるのよ。ミユ、がんばったの」
「ほんとだね。ミユちゃんはお姉さんだったよ」
複雑そうな顔のユウキが「うっ、尊敬せざるを得ないです……」と呟く。実結がスプーンをくわえたまま「ふふん」と胸を張った。
上機嫌の美雨が「あたくしたちがいなくて寂しかったでしょー?」とカツトシに絡んでいる。「静かでよかったわよ」とカツトシは仏頂面だ。
「またまたぁ。おひとりで映画鑑賞などなさっていたの?」
「映画っていうのは元々一人で観るものでしょ」
映画を観るの? と都が尋ねる。冷静なカツトシが「なんか最近の習慣なのよね。週に一度ぐらいこいつらと映画観るの」と肩をすくめた。
これまたベロベロに酔ったノゾムが「いいなー」と話に割って入ってくる。
「オレも呼んでくらさいよー。アレ観ましょ、アレ。なんだっけ……」
「ああーっ! あんたそれ……僕、まだ観てなかったのに……ネタバレやめてよ!」
「? してないじゃないすか」
「したのよ! 心の中で! 映画とか本とかのことを考えながら僕に話題を振って来るな!」
「ええ……生きづら……」
2杯目のコーラサワーを呑みながら、ノゾムは「そんなんでよく他人と住めますね」と片眉を上げる。まあね、とカツトシは頬杖をついた。
「僕も最初のうちはダメかもと思ったけど、近頃はこいつらならいいかなと思えてきた」
「なんでですか」
「実のところタイラは一日の大半何も考えてない。これは別にあいつを馬鹿にしてるんじゃなくて、たぶん坊さんだった頃の癖というか『無意識に、何も考えないということをやっている』って感じ。僕は仏道のことはよくわかんないけど、たぶん無我とか無私っていうんじゃないの」
「それは私も時々感じるわ。仏道における無念無想の考え方でしょうね」
「美雨は美雨で脳直というか、考えてることがそのまま口に出るから僕としてはストレスがない。本当に疲れるのは、内心色々と考えているけど表に出ないタイプなのよね」
「私のことは若干馬鹿にしましたわよね?」
美雨のことを無視して「案外楽しくやってるわよ」とカツトシは飲み物を口に含む。そこにタイラが戻ってきて、「何、お前ら。もう肉食わないの? 食い放題だよ?」と眉をひそめた。
完全に潰れたノゾムを背負いながらタイラが「おい、お前ら」と怒鳴る。
「こっちは背骨折れてんだぞ。酔っ払い背負わせて会計までさせる気か。自由すぎだろ」と言って何とか財布を出そうとしていた。そこに都が近づいて行って、何か手伝おうとする。「いや、松葉杖ついてるやつのことは呼んでないよ」とタイラはそれを断った。
カツトシやユメノたちは、泥酔した美雨に引っ張られてどこかへ消えていく。カラオケに連行されるようだ。「未成年を連れて行くな」と会計を済ませたタイラが追いかける。それからまた走って戻ってきたタイラが、タクシーを捕まえながら都に「君は実結ちゃんを連れて帰っていて。俺もあいつらを連れてすぐ帰るから」と言った。都は何か言いたそうにして、「気をつけてね」とタクシーに乗り込む。
都たちの乗ったタクシーを見送ったタイラが振り返ると、カツトシが美雨を腕に抱き、ユメノとユウキを引き連れてこちらに戻ってくるところだった。抱き上げられた美雨は「行きましょうよぅ、カラオケ。絶対楽しいですわよ」と駄々をこねている。呆れたタイラが肩をすくめると、カツトシも同じように肩をすくめてみせた。
タイラはもう1台タクシーを止める。
「乗れて4人までだよ」と運転手が言った。タイラはカツトシと顔を見合わせ、「……乗れよ。俺は歩いても帰れる」と促す。「じゃあ、また後でね」とカツトシはあっさり乗り込んだ。ユメノとユウキも後に続いて、「先に行ってるね」とタイラに手を振る。
夜でも明るい街中を歩きながら、タイラは「ノゾム」と呼びかけた。
「コンビニ寄るけど、水でも買おうか」
背中でもぞもぞ動いたノゾムが「……いつから気づいてました?」と聞く。タイラは笑って、「別に。一応聞いてみようと思っただけだよ。まさかお前が狸寝入りこいてると思うはずないだろ。狐なんだから」と言ってやった。
「おろしてもらってもいいですか」
「いいよ。ここからじゃ随分歩くけどな」
「ここからじゃ随分歩く道を、オレを背負っていこうと思ってたんですか。ご自分の体力を過信しすぎでは」
「それぐらいしかないだろう、俺の取り柄は」
ノゾムを下ろしたタイラは本当にコンビニへ行き、戻ってきたときにはその手にペットボトルの飲料水を握っている。ノゾムはそれを開けて、口に運んだ。一息に半分ほど飲み干す。タイラは隣で煙草に火をつけた。
しばらく、何も言わずに歩く。
少しずつ灯りが消えてゆき、すっかり田舎道になっていた。見上げれば、夏の夜空だ。
不意にタイラが「お前にしては随分とリスクの高い作戦だった」と呟いた。「お前がその存在を賭ける必要があったのか」と。ノゾムは首の後ろを掻きながら、「まあ……どうせなら見たかったんですよ」と答える。
「特等席で、あんたがあの鬼をぶっ倒すところ」
「それはそれは……ご期待に添えましたか、若君」
少し俯いて、ノゾムは瞬きをする。タイラとノゾムの足が同時に動く瞬間があった。歩幅が違うので、並んで歩くのは結構大変だ。どうかな、と言おうとしてノゾムは緩く頭を振る。
「結構、かっこよかったですよ」
ひぐらしの鳴く声が聞こえた。何百回、何千回と繰り返した夜だろう。何百回、何千回と繰り返す夜だろう。そのうちの一夜ぐらい、こうして歩くのも悪くはないと思った。
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