第10話 神様は言いました、「桃は美味いが高いやつと安いやつの違いはわからん」と

 天上にたどり着いたタイラと美雨は、役人に捕まって正座で叱られていた。「いい歳をして正座させられるとはな」とタイラが呟いたので、「ちなみにあなた、いくつなんです?」と美雨は尋ねてみる。タイラは「いやそれは覚えていないが」と歯切れ悪く答えた。

「というか、どうしてこんなにキレられているんだ。こいつらのミスの尻拭いをしてやったじゃないか」

「まあ、『緊急車両だと思って道を譲ったら乗ってるのが無免許のチンピラだった』みたいなことですわね」

「誰が無免許のチンピラだ?」

 青筋を立てた役人が「お聞きいただいてますか」と言ってくる。タイラと美雨は「はーい」と同時に右手を上げた。


 尚も説教は続き、やがてタイラが美雨の肩に寄り掛かり始める。それを見た役人が「大層お疲れのようですね」と頬をひくつかせた。

「ああ、ごめんあそばせ。この方、寝ているんじゃなくて死んでるんですの」

「死……!?」

「驚くのも無理はありません。死ぬ直前まで割と元気なタイプですので。もしどこか横になれるところがあれば案内していただけません? 欲を言うと簡単にでも治療を受けさせていただければ有難いのですが」

 役人は仲間たちのところへ走っていき、何やら報告をしてからまたこちらに来て「どうぞ……」と案内を始める。美雨は反応のないタイラを背負って、「でかしましたわ。天上の役人は死体に優しくてよ」とひそかにガッツポーズをした。




 起きたばかりでぼうっとしているタイラにまず役人が長々と謝辞を述べ、それからろくろく説明もせずに大広間へ案内する。そこには豪勢な料理と、美雨がいた。美雨はタイラを見て「あら、起きたのですか」と手を振る。

「これは……?」

「あれから調査の末、私たちの無罪が認められたようです」

「調査する前からキレんなよな」

「それは一理ありますわね」

 つまり客人扱いらしい。この料理も食べ放題だという。


「あなた、調子はいかが?」

「それなりに手当てはしてくれたらしいな。さすがにもう死なないだろう。体の至る所がクソ痛えが」

「アドレナリン切れると途端にダメですわよね、そういうのって」

「いや本当にそうだよ。永遠に戦ってた方がマシなんだよな」

「さすがにそれは無理がありましてよ」

「特に背骨がやばい。なんかコルセット貸してくれたから何とか歩けるけどやばい。ふとした瞬間に喘ぐけど気にするなよ」

「隣歩かないでいただけます?」


 タイラの額に巻かれた包帯を見ながら、美雨はぽつりと「あなた傷の治りが遅くてね」と呟く。タイラは眉をひそめて、「そんなことねえだろ」と言った。

「生前だって俺は人より怪我の治りが早いことで有名だった」

「はあ……」

「今ではそれより3倍ぐらい早いし」

「そうですか。……3倍、ねえ?」

 何だよ、とタイラは眉間に皴を寄せる。「反応に困ったらとりあえず喧嘩売るのやめてもらっていいかしら」と美雨は呆れた顔をした。


 やがて役人が数人で現れて、「お待たせいたしました。こちらでお話させていただきます」とまた移動を促す。美雨が「別に待ってませんでしたわよ。食っちゃ寝してただけですし」と言うので、「お前はそれでいいのか」とタイラが真顔で突っ込んだ。


「この度は亡者の先導、また大罪人を捕らえてくださったとのことで大変ご迷惑をおかけいたしました」


 ほんとですわよ、と美雨が顔をしかめる。タイラは黙って、続きを促した。咳払いをした役人が「では此度のお礼に」と何か箱を出してくる。

「極楽産地直送、完熟桃でございます」

「馬鹿にしていらっしゃいます???」

 身を乗り出した美雨が「何です桃って。そんなもん自分たちで買って食いますわよ。もっとあるでしょ、ご褒美が。どれだけ大変だったと思っているんです」と役人に掴みかかった。その横でタイラが箱を開け桃をむさぼり始めたので「食べるな!!!!!」と美雨が怒鳴る。

「美味いよ、これ」

「そういう問題じゃない!!!!!」

 深呼吸をして居住まいを正した美雨が「よろしいですか」と厳しい顔をした。

「あの山には知っての通り、稲荷神社がありました。稲荷神社、ご存知ですわね? 神仏習合の折、友好関係を結んだといえど異教の神ですわ。その異教の神の手を煩わせたのです。埋め合わせがただの果物ってことないでしょう?」

「ただの果物というわけでは……極楽の桃といえば不老にすら至ると言われる逸品ですので……」

「間に合っていますのよ、不老とか。私はですね、口止めとは言いませんけれども、もう少し豪勢に褒美を出した方があなた方のためにもなるのではないかと申し上げているのです。おわかりですわね」

 ぐっと言葉を詰まらせた役人が「上司に確認いたします」と走っていく。ふん、と鼻を鳴らしながら美雨は「いつまで食べているんです」とタイラを小突いた。


 戻ってきた役人が「協議のうえ謝礼品を改めさせていただきました。ええ、ではこちらがリストになりますので、稲荷明神様には何卒よろしくお伝えください」と何か紙を美雨に手渡す。

「やればできるじゃありませんの」

「この桃もつけてくれるんだよな?」

「この桃もつけてほしいそうです、早くなさい」

 それから、と美雨が空咳をした。タイラのことを指さす。

「この方の刑期も見直して差し上げたらいかが? 今回のこともそうですし、それなりに減刑の余地があると思いますわよ。余計なお世話かもしれませんが」

「美雨、お前……」

「あなた少しだけ揺れたでしょう、あの鬼に『不死性を奪ってやる』と言われた時」

「…………」

「めでたくあなたが成仏した暁には、あの家は私にください」

「えっ」

 それはカツトシに聞かなきゃわからんな、とタイラは困ったような顔をした。


 また走ってきた役人が、「あのー取り急ぎですね」と遠くから報告する。

「1万年減刑で。また、雀鈩様には天部の位を授けるということでいかがでしょうか」

「いらねえよ。天上に住まわせる気もないくせに何が天部だ、殺すぞ」

「服役中の天部とかおかしいでしょう……」






 じめじめとした地下牢に足を踏み入れると、繋がれていた例の天邪鬼が顔を上げた。それからタイラを指さして「ハァーーーーまだ怪我治ってねえでやんの!! ザッコーーーー!!!」とゲラゲラ笑う。


「……思っていた百倍元気ですわね」

「誰に断って完治しているんだ、あいつは」

「鬼の頑丈さというのは異常ですからね。腕を飛ばされても生えてくるとか」


 つかつかと歩み寄ったタイラが「そんな雑魚に倒されたお前は何だ? 自虐も大概にしろ、来人」と指をさし返した。盛大に舌打ちしたイマダは「ハイハイ、神様の言う通りでごぜーます。俺こそがザコ中のザコでございましたわ、さーせんした」と言ってのける。美雨が「ふてぶてしさがカンストしましたわね」と眉をひそめた。

「……まあ、元気そうで何よりだ。やりすぎたかと思っていたからな」

「うっせえわ、バーカ。1回勝ったぐらいでよ。俺なんかお前を3回ぐらいダウンさせてるっつうの」

 タイラはふっと笑いながら「違いない」と呟く。


 肩をすくめた美雨が「では、私たちはこれで。これに懲りて改心なさいね」と踵を返した。イマダが「なあ、おい」と呼び止める。

「煙草くれよ。俺はこれから何万年も地獄にいるんだ。1本ぐらい、いいだろ」

 動きを止めたタイラが、自分の懐から煙草のパッケージを取り出す。「ちょっと」と言う美雨を振り切って、1本イマダの口元に持っていった。イマダは自分で頼んだ割には驚いた様子でそれを咥える。それからタイラは、「『この煙草には火がついていない』」と囁いた。途端にぽつりと、煙草の先に火がともる。


「お前とやり合って、楽しかったよ。また会おうぜ、来人」

「……二度と会いたくねえので反転させました」

「とことん失礼なやつだな」


 ふん、と鼻を鳴らしたイマダが「それでも万が一、億が一、不運にもまた顔合わせちまったら、その時にはお前を殺してやるよ」と肩をすくめる。タイラはくつくつと喉を鳴らして「それは楽しみだな」と笑った。

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