第8話 神社に参拝するときは、せめて誠意をお持ちなさい

 タイラたちが3人で暮らし始めて数日、思いのほか上手くやっているようである。時々美雨から『あの山神様ほんと口うるさいんですが』『何やっても心を見透かす妖に勝てない』など愚痴を聞くこともあるが。

 一人暮らしのノゾムは寂しくないだろうかとユメノたちが訪れると、めちゃくちゃゲームをやっていた。


「いやぁ、平和っすね。一狩りしてました」

「すごいのびのびしてましたね……」

「今まで先輩とか美雨様に絡まれて手につかなかったので。やります?」


 ユメノとユウキもコントローラーを握る。ノゾムはテレビでできるパーティゲームをセットした。

「タイラたち、最近はこっち来てないの?」

「いや、来てますよ。この前なんかあの3人の料理対決に巻き込まれて散々でした。またやってほしい」

「美味しいご飯たくさん食べたんだね……」

 コントローラーを操作しながら「タイラと美雨さまは料理できるんですか?」とユウキが若干失礼な疑問を口にする。「先輩は大体なんでもできますし、美雨様は中華料理が得意らしいっすよ」とノゾムは答えた。

「ノンちゃんは? 料理できる?」

「できるかできないかで言ったら、できます」

「ほんとかぁ???」

「でもしないですけどね。ピザ頼んだ方が早いし美味いので」

 健康に悪そう、とユメノは感想をこぼす。ユメノとユウキも食事を都に用意してもらっている手前、それ以上は何も言えないのだが。


 ゲームで遊んでいると、不意にノゾムが顔を上げて眉をひそめた。「どしたん?」と尋ねると、ノゾムは立ち上がって「何か侵入はいって来ましたね」と呟く。

「はいってきた?」

「結界の中に」

「山を登ってきたってこと?」

「単に山を登っているわけじゃないですね。君らのように、こちら側への干渉を行っている」

「あー、そういうのわかるんだ」

「わかりますよ。そのための結界ですし」

 ふうん、と言って何とはなしにユメノたちも立ち上がってみた。「でも無意識かもよ。あたしたちみたいに」と言うと、ノゾムも「その可能性は大いにあります」と頷く。

「何はともあれ、ここまでたどり着くか待ってみようかな。ただの登山であればそれはそれで構いませんし」

 そう言ってノゾムは神社の本殿から出た。人間体になったらしく、お面を外す。「うわ日差しが眩しい」と目元を押さえるので、「ダメだよ毎日お日様浴びないと」とユメノは頬を膨らませた。


「はあ、こういう時先輩とかならちょっと飛んで見てくるとかできるんだろうけどなぁ」

「ノンちゃんは飛ばないの? この前狐になった時飛んでなかった?」

「オレが……?」


 しばらく首を傾げていたノゾムだったが、やがて「ああ」と合点がいったように手を打った。それからユウキをちょいちょいと呼ぶ。「ぼくですか?」と言いながらユウキが近づくと、ノゾムはユウキを抱き上げ、そのまま空中で手を離した。落ちる、と慌てるユメノとユウキだったが、なぜかユウキはそのまま空中で止まっている。

 目を丸くしたユウキが、何もない空中をバシバシと叩いて「ここに何かあります!」と言った。

「見えないでしょうけど、これ結界なんすよ。結界を足掛かりにジャンプしていただけで、オレ自身には飛んだり浮かんだりする能力はないです。まあ狐なり獣の姿を取っているときは身体能力も総じて高くなるので軽い飛行レベルのジャンプはしますが」

 目を輝かせたユメノが「あたしも乗りたい!」と言うので、ノゾムはユメノを抱えてひょいっと結界の上に乗せる。

「す、すごい……。歩いてみていい? どこまで歩いたら落ちちゃう?」

「落ちないように張るんで大丈夫っすよ」

「うわあ……写真撮りたい」

「SNSにアップしないでくださいね」


 そのようにはしゃいでいると、背後で何か落ちるような音が聞こえた。振り返ると、20歳くらいの女性が尻もちをついている。

「ひ、人が浮いてる……!?」

「…………どうやら一般の方みたいっすね。ようこそ雀鈩稲荷神社へ」





 ひとまず女性に麦茶を飲ませ、落ち着かせる。女性がきょろきょろしながら「先ほどのは……」とぼそぼそ言うので、「曲芸です」とノゾムは飄々と答えた。

「しかしこんな山奥の寂れた神社によくいらっしゃいました。登山のお客様なのかな」

「いえ……その、神社にお参りを」

「参拝のお客様でしたか。本当にこんな小さな神社に?」

 神主ぶっているノゾムの横で、ユメノとユウキも大人しく話を聞いている。2人はノゾムの『家の者』ということになっていた。


「こ、この山には昔から天狗伝説があって、それを祀っている神社は霊験あらたかな……知る人ぞ知るパワースポットだと聞きました。願いを叶えてくれるって」

「…………こちらの神社では天狗なんてもん祀ってないですし、そもそも天狗なんかに願いを叶える力はないです。せいぜいサイコロの目を固定するぐらいです」


 ユメノとユウキは吹き出しそうになるのを必死でこらえる。『本当にいたんだ、神社で天狗を祀ってるって勘違いしてる人』と感心したりもした。

「しかし“願い事”というよりは何か“お困り事”があるように見受けられますね。よろしければお話お聞きしましょう。せっかくこんな山奥までいらっしゃったんですし」

 女性は一瞬ためらって、「呪いが」と呟く。

「呪い?」

「を……受けたんです。ずっと体調が悪くて、思い当たる節がなくて、調べてるうちに呪いなんじゃないかって」

 顎に手を当てたノゾムが、「呪いを受けた、ねえ……」と瞬きをした。それから目を伏せて、「祓いましょうか」と提案する。

「い、いいんですか?」

「そも、“霊験あらたかなパワースポット”などわざわざ探さなくてもその辺にある神社で十分祓えますよ、その程度の呪いであれば」


 ただ、とノゾムは淡々と続けた。


「神社で嘘をつくことは、神に対する不敬となりますよ。嘘偽りは、ありませんね?」


 女性は言葉を失くして、それから睨むようにして「はい」と答える。ノゾムは微かに笑って「ちょっとそこで待っててくださいねー」と言った。

 そしてノゾムは雑に浅沓で地面に模様を描き始める。星のようにもみえるが、複雑な形だ。それから女性を振り返って、「さあ」と手を伸ばした。

「この円の上を真っ直ぐに歩くだけです。オレが先に歩くので、ついてきてください」

 女性の手を引いて、ノゾムが歩く。女性が円の中に足を踏み入れる。一歩、二歩。


 不意に女性の胸元から火がついた。そのまま燃え上がる。女性の悲鳴が響き、ユメノとユウキは思わず駆け寄ろうとしてノゾムに止められた。


「君が燃えてるんじゃない。呪物が燃えてるんだ」


 目を見開いた女性が、その胸元から何か出して地面に落とす。火はすっかり消え、そこには潰れたぬいぐるみだけが残された。

「君は、呪われた側ではなく呪った側だね」

「……わかっていて、試したんですか」

「いくつか聞くけど答えなくていいっすよ。聞くだけだから」

 なぜ、とノゾムは口を開く。


「なぜ人を呪った?」

「なぜ人を呪ったうえで自分だけ助かろうとした?」

「なぜ助けを求めながら神域で嘘をついた?」


 ノゾムが右手を開くと、そこに揺らめく火が出現し――――それは姿を変えて刀となった。ぎょっとした女性が「ご、ごめんなさい……嘘をついてごめんなさい、人を呪ってごめんなさい」と頭を下げる。

「いえ、謝罪も何もいらないんですよ。問うただけなので」

「そ、それは……その、相手が……本当に、ひどくて」

「答えもいらないんですよね。ただオレは問うた。君に。そして君はその答えを今有していない」

「え……?」

「オレは問うた。そしてオレは問う。復唱なさい。“わたしはなぜ人を呪ったか”」

 呆然としながら、女性は呟く。「わたしはなぜ……人を、呪ったか」と。

「“なぜ、人を呪ったうえで自分だけ助かろうとしたか”」

「なぜ……人を呪ったうえで、自分だけ……助かろうとしたか……?」

「“なぜ助けを求めた神域で、嘘をついたのか”」

「なぜ、助けを求めた神域で嘘をついたのか」

「嘘をつくということは基本的に後ろめたさの表れであって、君は『人を呪う』ということを禁忌と認識していた。それでもなぜ呪うに至ったのか。簡単に言えば、『いけない』と思ったことをそれでもやってしまったのはなぜか」

「私は……」

「相手がどれほどの悪人なのかオレは知りませんが、少なくとも君は君自身の倫理観を裏切った。“なぜそうしたのか”そして、“本当にそうしたかったのか”とオレは君に問いました。それだけです。答えを求めませんし、君が改心しようとそのまま突き進もうと、どちらでもいい。どうせ死ぬときには穢れを祓って神の御許に還るので」


 ため息交じりにぬいぐるみの首を斬り落としたノゾムが「ただ、まあ、金輪際呪いはやめた方がいいんじゃないすかね」と言う。

「君が用いたのはどうやら黒魔術系みたいっすけど、形に限らず『人を呪わば穴二つ』というのは絶対なので……必ず返ってきますよ」

 ぬいぐるみの中に入っていた逆さ十字のネックレスを取り出して、破壊した。途端に女性は胸の辺りをさすって、ぽかんと口を開く。「呪い……消えたんですか……?」と確認した。まあ、とノゾムは肩をすくめる。「これぐらいならマジでどこの神社でもできるレベルなので」と頭をかいた。


 女性はほとんど土下座して、「お、お金……」と財布を取り出す。「ああ大丈夫です。結構信仰ポイントいただいたんで」とノゾムはひらひらと手を振った。女性は立ち上がって、頭を下げながら帰っていく。


 残されたノゾムが「ったく、なんで黒魔術なんかの尻拭いをオレがしなきゃいけないんだか」とぼやいた。それからハッとして、ユメノとユウキを見る。

「ふ、ふたりともいたんだった……」

 慌てた様子のノゾムが「今のはですね、ちょっと若干意地悪にも見えたかもしれませんが、あの、」と言い訳をしようとした。そんなノゾムに、ユウキが「それ!」と指さす。

「その刀、どこから出てきたんですか!? かっこいい!!」

「そこですか……」


 刀を手の中にしまいながら、ノゾムは「まあオレ=神社なので、神社に奉納されてるものは基本的に自由に出し入れできるんですけど」と話す。

「昔……大昔からこの土地は農民で溢れていましたが、農民でも戦に駆り出されることはよくありました。そうして運よく生きて帰って来たものはまた田畑を耕しましたが、不思議と戦場帰りの者が耕した田畑は痩せる。それを『戦場で奪った命の報復』と考えた人々は、この神社に武具や防具を奉納し清めようとしました。稲荷の神が五穀豊穣を司るものであったことも理由の一つでしょうね。実際のところ他所の土や菌が衣服に付着していて、それをそのまま持ち込めば田畑が痩せるというのは道理だったんですが……まあ、ここらだけの風習ですかね。それで今でもいくつかうちにあるんすよ、武具が」

「見せてよ」

「ダメです。マジで邪魔で仕方ないんすよ。上司に相談したって、『お前に奉納されたもんならお前が管理しろ』とか言われるんで渋々所持してるだけですし。てか割と長い間ここにあるもんで、そろそろ山の霊力とか流れすぎてやばいんじゃないかと思ってるんですよね……動きだしたりしないといいんすけど……」

 若干不穏なことを呟いてノゾムは笑った。ユメノは腕を組んで、「ノンちゃんさぁ、ハラキヨビームあるし、そんなに武器あったら無敵じゃない?」と言ってみる。ノゾムは嫌そうに「そりゃ使えればそうですね」と顔をしかめた。


「オレが日本刀ぶん回すとこ想像できます? 箱入り神様ってか、箱っすよ、オレ」

「タイラに習ったら? タイラって生きてる時は戦ってたんでしょ、お坊さんなのに」

「嫌です。あのひとクソ厳しいから」

「クソ厳しいの??? マジ???」


 あはは、と苦笑したノゾムがすぐに「てかゲームの続きやりません?」と話を変えたがる。ユメノとユウキは顔を見合わせて、「絶対何かでめっちゃ怒られたことある顔じゃん」「タイラが厳しくしてるとこ、ちょっと見てみたい……」とひそひそ話した。

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