第7話 七日目、神は休んだ
自分たちで作ったガトーショコラを一口ずつつまんで、ユメノとユウキは同時に親指を立てた。「オッケー!」「上手にできました!」と笑う。昨日の買い物で揃えた材料で作ったものだ。
それを皿に載せ、リビングへ急いだ。昨夜寝込んだ都が起きてきている。実結と額をくっつけて笑い合っていた。
ユメノとユウキはそんな都たちの前に皿を出す。
「キッチン使わせてもらってありがとう」
「できたので、どうぞ。召し上がれ」
都と実結は顔を見合わせて、「あら」「ミユもたべていいの?」となぜかひそひそ話した。「もちのろんじゃんか、そんなの!」とユメノは答える。
「そんな……悪いわ。私、何もしていないのに」
「いやいやいや! いやいやいやいや!」
「一番お世話になってますよ」
それじゃあ遠慮なく、と都が手を伸ばした。実結も一つ、口に運ぶ。二人とも同じように顔を輝かせ、目を丸くした。「美味しい」「おいしいっ」と両手を頬にあてる。
「……二人とも、甘いの好き?」
「え、ええ。そうね。好きか嫌いかで言ったら、とっても好き」
「ミユもあまいのだいすき」
「そうなんだ。今度もっとたくさん作るね」
実結は純粋に嬉しそうな顔をして、都は少し恥ずかしそうに顔を赤くした。
ユメノとユウキは外に出て、ひとまず神社へ向かうことにする。居場所がいつも確定しているのはノゾムくらいだ。
鳥居をくぐると、どうやらノゾムとカツトシが談笑しているようだった。
「僕いいこと思いついたんだけど、」
「聞きましょう」
「妖たちの真名を片っ端から紙に書き記して管理すれば、少なくとも低級の怪異については完全に制御できるのでは? 僕、協力するわよ。報酬次第で」
「そういうのどっかで見たことあるなという気持ちでいっぱい。てかその真名を記した書物は誰が管理するんですかねえ」
「あいつにやらせなさいよ、山神なんだから」
「賭けてもいいすけどやりませんよ、あのひと。まったくもって、妖なんぞ管理する必要性を感じてませんからね」
肩をすくめたカツトシが「何よぉ、神様からお小遣いせしめようと思ったのに」とつまらなそうな顔をする。ノゾムは呆れたように頭をかいた。
「アイちゃんさんなんて、ひとたび里に下りて占い師でもやっとけばがっぽりでしょ」
「神様がそんな俗物的なこと言って。僕だって人間を相手にするのは胸が痛いのよ」
「いいじゃないすか。どんな占い師よりよっぽど“本物”でしょうに」
「そういう問題じゃないの。まあ何度かやったことあるけど……たぶんこれからもやるけど……」
「迷い子を導いて謝礼をもらうことの何が悪いのかわかりませんけど」
「あんたらそういう商売だものね」
「は? もしかして、不敬?」
談笑というより商談だったし、決裂していた。
話しかけるタイミングを失っていたユメノたちだったが、ふとカツトシが「やめよ、やめ。あんたと話してる場合じゃなくなった」と言いながらユメノとユウキの隠れている方に近づいてきた。
「こんにちは、二人とも。今日はどうしたの?」
カツトシの能力からしてユメノたちが何をしに来たかなど聞くまでもなかったろうが、カツトシは優しく促している。その後ろからノゾムも顔を出して、「来てたんすね。どうぞどうぞ」とユメノたちを引っ張った。
ユメノとユウキは恐る恐るガトーショコラの入った保存容器を見せる。カツトシは目を細め、「それ貰っていいの?」と尋ねた。ユメノは黙って頷き、ユウキが「めしあがれ」と差し出す。ありがとう、と言ってカツトシがそれをつまんだ。
「んーッ、美味しい! これ、二人が作ったの?」
「うん。みんなに。すごくお世話になってるから」
「とっても美味しかったぁ。お菓子作るの上手ねえ」
人に化けたらしいノゾムも、ガトーショコラを口に運ぶ。「うま。なんでしたっけこれ」と目を丸くした。
「食べたことないの?」
「あるような、ないような。これ、確かチョコレートですよね」
「そうだよ。ガトーショコラ。チョコ使ったケーキ」
「なるほどこれがガトーショコラか……これ、こんなに美味かったのか……」
「また作るね」
「マジすか。そんな簡単に作れるんすか」
すげー、とノゾムが呟いている。ユメノとユウキは顔を見合わせて「てへへ」と笑った。
「僕も久しぶりに料理がしたいかも……」
「アイちゃんさん、料理できんすか」
「言っとくけど僕の料理はプロ並み。ただ、今はちょっと……キッチンがないんだけど」
「ああ、アイちゃんさんって自然と共に生きてますもんね」
話を聞きながら「アイちゃん家行ってみたいなぁ」とユメノはこぼす。今度はカツトシとノゾムが顔を見合わせた。
そうして連れてこられたのは、大きな大きな樹木の麓である。カツトシはその木の根の間に入り込んで、「ここよ」と手を振って見せた。
「“ここ”……? 何が?」
「僕の家。地下」
ぽかんと口を開けて、ただ眺める。ユウキが「くまのプ〇さんみたいですね」とコメントした。確かプ〇さんは木の下じゃなく木の上だったような気がする。
「結構快適なのよ。あったかいし、結構広いんだから。入ってみる?」
手招きされたので入ってみると、確かに四畳半ぐらいの空間があってビビった。テレビと布団があった。
「でもキッチンがないのよねえ。ユキエちゃんとこに借りに行くしかなくて」
「キッチンとかそういう問題じゃないんじゃないかな。いや、とってもいいお家だけどさ」
土の中から這い出しながら、「最近キャンプ仲間が増えたのよ」とカツトシが言う。「これキャンプなんですか?」とユウキが驚いていた。
そんなカツトシが森の中を案内する。みんなでぞろぞろついていき、そこにテントを張っているのが見えた。
「美雨サマ、元気ー?」とカツトシは声をかける。テントの中から完全にオフの日の美雨が顔を出した。「あら……皆さんお揃いで」と美雨は何でもなさそうに瞬きをする。
あの、とノゾムが眉を八の字にした。
「キャンプ地じゃないんすよね、うちの山は」
ユメノとユウキは美雨に近づいていき、ガトーショコラを差し出す。「そんな不審者を餌付けしちゃいけない」とノゾムが制止するが、「この前助けてもらったんだよぉ」と説得した。
「あら、わたくしに? そんな……つり合いませんわ」と言いながらも美雨はそれを口にする。「美味しい……近頃ずっとレトルト食品ばかり温めて食べていたので、この自然な甘さが沁みる……」と感激していた。
「てかなんでこんなとこでテントなんか張ってんですかねえ?」
「家がないんだもの」
「帰ればいいのでは。息子さんを探しているんじゃなかったんすか」
「行くとこがないに決まってますでしょう」
「胸張ることじゃないんだよな」
おずおずと、ユメノが「大丈夫? 風邪引いたりしない?」と尋ねてみる。「妖ですからね、しかも神性持ちの。そうそう体壊したりはしないでしょうが」とノゾムが答えた。
「いっそ里に下りて人間に紛れながら生きていったらどうです? 金はあるんだから」
「私はそれでもいいのですが、そうなるとやっぱり高確率で新興宗教の教祖とかやりますわよ。よろしくて?」
「だからやめろって言ってんでしょ、それは」
「あ、そこの美しいサトリの青年。私と組んで人間社会に新しい“神”を創りません?」
「話をややこしいことにしないでもらえますか。マジで全然反省してねえな、この鳥類クイーン」
「僕はできれば大勢の人間を相手にしたくない」
ふう、とため息をついた美雨が「さすがに私もそれほど長くテント暮らしをするつもりはないのです」と呟く。「どこかいい土地があれば移住したいと私自身そう思っておりますし」と肩をすくめた。
「何より寝袋って本当に肩が凝るのですわ……」
「寝袋で寝てる元鳳凰様はかなりシュールっすわ」
「先ほど稲荷明神の子機様が仰っていた通り、人ならぬ私たちは大変丈夫な肉体を持ちますが」
「今、小さじ一杯ぐらいの悪意を感じましたけど」
「それでもやはり人より永くを生きる身ですので、快適に暮らしていきたいという欲は大きいのです。ぶっちゃけ三日過ごしてもう音を上げそう」
鳥らしく木の上にでも巣を作ればいいのに、というノゾムの発言は無視された。
「そういえばあの方はどこにいるんです? 見かけないのですが」
「あの方っていうのは」
「こちらの山の神様でしょう。彼、文字通り神出鬼没ですわよね」
ああ、とノゾムがうなづく。「あのひとも一か所に定住していないというか、もちろんこの山が住処であることは間違いないんですが……今は確か車じゃないかな」と答えた。
「車?」
「っすね。たぶん、車に寝泊まりしてるはずですよ」
「…………車中泊? 神さまが?」
驚いて、思わずユメノたちまで会話に横入りしてしまう。「あいつはあいつで合理主義なところあるものね。その前は木の上で寝てたと思うけど」とカツトシもそう言った。
あ、とカツトシが呟く。その視線の先で、風が起こった。目をつむったその一瞬で、もうそこにはタイラの姿がある。タイラは軽く手を上げて「呼んだか?」と聞いてきた。「ええ、まあ」と美雨が肩をすくめる。
ユメノはとっさにガトーショコラを差し出した。「くれるの、俺に」と言いながらタイラはそれに手を伸ばす。
「美味いなぁ。どこで買ったんだ?」
「作ったんだよ、あたしたちで」
「作ったんですよ、ぼくたち」
「ほんとかぁ? すごいね、お前ら」
思わず頭を差し出して撫でられ待ちしながら、「そんなことより」とユメノは眉根を寄せた。
「タイラ、家ないの?」
「あるよ」
「なんで車で寝てんの」
なんだそんな話か、と呟いてタイラは腕を組む。「じゃあ来る? 俺の家」という提案に乗り、ユメノたちはタイラについて行くことにした。
森の外れ、遭難しそうな山奥にあったそれは、ボロボロの祠だった。どう見ても人が住めるような大きさではないが、タイラはそれが自分の家だと言って譲らない。
ユメノとユウキはその周りを歩いて、顔をしかめた。いつ造られたものなのか、石段にはヒビが入り祠自体もかなり崩れてしまっている。ただ不思議と周囲に貼られている札だけは形を保ったままだった。
「家……? 犬小屋の方がまだ過ごしやすそう」
「人の家を犬小屋と比べるんじゃない。その上で犬小屋の方を評価するんじゃない」
ユメノとユウキがその祠に触ろうとすると、タイラはこほんと空咳をする。「別に触ってもいいが、一気に崩れるかもしれないから気をつけろよ」と言われてすぐに手を引っ込めた。
「まあなんだ……千年も前に人間が造ったものでな。なかなかどうして強力な結界が張ってある。人の手でしか破壊できない、人以外では手を触れることもできない代物だ」
「じゃあタイラも触れないじゃん」
「俺の場合、触れたらその瞬間中に閉じ込められる。閉じ込められたら最後、自分では出られない。俺を封印する祠だからな」
「そんなの家じゃないよ」
家ないじゃないですか、とユウキが憤慨している。「そうだよ、神さまが車中泊とかありえないから!」とユメノも腰に手を当てながら言った。
「お前たちには関係ないだろ……」
「でもなんかイヤなんだよ」
「なんでだかぼくもわからないけど、ちゃんとベッドに寝かさなきゃって思う」
「どういうことだ?」
わからないけど、とユウキは困ったように繰り返す。「ん?」とタイラが顔を覗き込むと、慌てた風にユウキは「それやめてください!」とのけぞった。
顎に指をあてたカツトシが、「あんた家ぐらい造ったらいいじゃないの」と口を開く。
「家……造れるの?」
「造れるでしょ。ユキエちゃんち造ったのもタイラなんだし」
「そうなの???」
そうだよ、とタイラはあっさり答えた。「人んち造っといてなんで木の上で寝てたの!?」とユメノは詰問してしまう。瞬きをしたタイラが「そうしたかったから」と言った。
「ここはいかがでしょう。信徒から願いを受けたという形でそれを叶えてみては」
そう美雨が提案する。「信徒からの願い?」と言って、タイラはユウキを見た。ユウキはといえば、最初ぽかんとして、すぐにハッとした様子で「神さま!」と拳を握る。首をかしげながらもこれまたあっさりと、タイラは「いいよ」と言った。
「一週間ほど待っているがいい。俺も現代建築には疎いからな」
「スミマセン、神社の裏にモダニズムはやめてもらっていいすか」
「逆にアリなんじゃない?」
「ナイです」
一週間後、どうなっているか見に行くとそこには家があった。
不思議な家である。子どもがブロックで作ったようなシンプルさがあり、可愛らしさがある。日当たりのよさそうな2階建てだ。
「……先輩」
「うん」
「オレ、言いましたよね。せめて見た目だけは日本家屋にしてくださいって。景観の問題がありますからねって。どうして海外の玩具みたいな造形にしちゃったんですか」
「カワイイ」
「マジかこのひとマジか……」
駆け寄ったユウキとユメノが「すごいです! 本当に一週間で家ができるなんて!」「超可愛いじゃん!」とはしゃいでいる。
「そうだろう、そうだろう。俺は神(自己紹介)」
「あ、はい(諦め)」
近くにいたカツトシが「造ればとは言ったものの、本当に一週間でできるもんなのねえ。今日が7日目なわけだから、6日で造ったってこと?」と腕を組んだ。それからハッとして「7日目、神は休んだ……?」と呟いたので間髪入れずにノゾムが「やめろォ!!!」と叫ぶ。
早速タイラはユメノたちを連れて内覧会を始めていた。
「あのひとの自由さはもうちょっと何とかならないんですかね……」
「じゃあもう封印したら?」
「それはそれでオレの仕事が増えるので」
「許してやんなさいよ、あれくらい。神様がはしゃいでるにしては可愛いもんよ」
「まあ……」
玄関に上がったユメノは、「豪邸じゃん!」と叫ぶ。広い玄関の右手にはシャワールーム、真っすぐ進むとそこにはもっと広いリビングがある。大きなテレビとソファ。奥には綺麗なキッチン。リビングの右端と左端にそれぞれ階段がある。2階に部屋があるようだ。また、庭には小さなプールがある。
「すご……!」
「ほんと子どもが造ったような家っすね」
目を輝かせていたユウキが、「これでタイラもちゃんとベッドで寝られますね!」と振り向いた。タイラはぽかんとして「俺?」と呟く。
「え、俺が住むの? ここに?」
「あんた今まで何を聞いていたんだ」
「こんなすかした家やだな」
「あんたが造ったんでしょ……」
腕を組んでため息をついたタイラが、「カツトシ住まない?」と誘った。カツトシは瞬きをして「でも僕あの家気に入ってんのよね」と肩をすくめる。
「気に入ってんすか、あの穴」
「塹壕みたいで落ち着くじゃない」
「ちょっとわかんない感覚っすね」
「ハッ、地下施設ってのもロマンだな……!」
「あんたはこれ以上私財を投下して家のバージョンアップするのやめろ。家じゃなくなっていくから」
うーん、と唸るカツトシに「キッチン使い放題だぞ」とタイラが尚も誘う。カツトシは指を鳴らして「ノった」と答えた。
「よし、これで最悪俺が帰らなくても家としての面目は保たれたな」
「帰れよ」
そんなことを言っているタイラの後ろから、美雨が抱き着く。
「わたくしも!!! わたくしも住みたい!!! わたくしも住みたいのですが!!!」
煩わしげにタイラがそれを振りほどき、「お前はダメだよ。俺の第六感がお前はダメだと訴えている」と首を横に振った。
「なぜです!!!」
「だってお前、生活力ないもん(と、俺の第六感が言っている)」
「できます!!! 生活!!!」
「『生活できます』は生活力のある大人の台詞じゃねえんだよな」
めそめそ泣きながら美雨は「家賃も払いますしぃ、ちゃんと掃除もしますしぃ、毎日あなたに感謝を忘れないのにぃ」と縋る。「ダウト!」とカツトシが指さした。
「住まわせてあげればいいじゃないすか」とノゾムが面倒そうに言う。
「美雨様、家がない限りずっとキャンプですよ。先輩の山で、不法キャンプ。いいんすか」
「俺の山で不法キャンプ……言葉にするとかなりムカつくな……」
「それよりはまだ建物内に放り込んどいた方が安心じゃないすか? 最悪キャンプのついでに山燃やしますよ、そのひと」
「私の風評被害がマッハですわね。この歳でキャンプファイヤーなんてしませんわよ」
美雨のことをまじまじと見たタイラが、「いいよ別に」と頭をかいた。カツトシも「まあ僕は嫌になったら元の家に戻ればいいし」と笑う。なぜかぽかんとした美雨が、「本当にいいとは思いませんでしたわ」と呟いた。
「私、色々やりましたし……」
「色々やった自覚はあるんすね」
「ところでなんであなた、私の味方をしたんです?」
「いや美雨様の味方ってか、常々美雨様を監視するひとが必要だなぁと思ってたんで。あのひとに押し付けただけっすよ。あのひともそれをわかってるから、ちゃんと毎日家に帰って来るんじゃないかな。あなたを監視するために」
「……あなた、思っていたより策士ですわね」
「まあ『あのひとに毎日ベッドで寝てほしい』ってのは可愛い参拝者の願いでもあったんで、多少はね」
ユメノとユウキはといえば、話の流れがよくわかっていない顔で「3人で住むん?」「遊びに来ていいですか!」とタイラに絡んでいる。タイラは顔をしかめて「来るって言ったんだから来いよ、お前ら。ジュースとお菓子用意して待ってっからな」と凄んでいた。
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