第4話 神と神獣と人間の座談会
「ねえノンちゃん、このポテトチップス食べていい?」とユメノが声をかける。「ノンちゃん、このゲームのラスボスたおせません」とユウキもノゾムの肘の辺りをつついた。
ちゃぶ台を挟んだ向こうでタイラが「お前は何でここにいるんだよ」と睨み、睨まれた美雨は「お陰様で完治いたしましたのでご報告させていただこうと思って。お陰様で。完治いたしましたので」とタイラを睨み返している。
「馬鹿じゃなかろうか」とノゾムは呟いた。「人の子はいるわ他の神はいるわ妖はいるわ、マジで馬鹿じゃなかろうか。ここ神社の本殿なんですが」と顔をしかめる。
「でも外から見るより広いよね、ここ」
「そこはほら、亜空間的なアレで」
「亜空間的なアレ」
違うんですよ、とノゾムは肩をすくめた。「オレは別に『なんだか狭いね』って話をしてるんじゃないんです。この面子は何だって話をですね……え、本当にこの面子は何?」と改めて首をかしげている。
「じゃあ、みんなで自己紹介でもしよっか」
「そういう話でもないですね」
助かりますわ、と美雨が手を叩いた。「何が何だかというところでしたので」と話す。「だよねー」とユメノが笑った。「人の子がそんなのと仲良くするな」とタイラの面白くなさそうな顔が見える。
「じゃあ私からご挨拶させていただきますわね。もはや名を知られていて、隠すことなど一つもございませんので。美雨と申しますわ。過去、鳳凰として祀られていたことがございまして、まあ色々とやりましたけれども、今は妖をやっております」
「姑獲鳥、な。中国由来の子を攫う化生だ」
「神様から妖怪になるのってよくあるの?」
「……稀によくある」
「ねえ、『稀によくある』っていうのは説明がめんどくさい大人しか使わないやつだよ」
タイラもノゾムも美雨も一瞬面倒そうな顔をしたが、気を取り直した様子の美雨が「人が妖に変じることもあれば、妖が神に転じることも、神が妖に還ることも……人が神に上がることもございましてよ」と話す。
「まあこういうのは先輩を引き合いに出すのが一番わかりやすいっすね」
「確かにそうだろうが……俺がいる前で言うか、それ」
「かつて僧侶であった“人間”が、死後に山を彷徨い天狗と噂された時に“妖”となったわけですが、更に信仰が興って“神”になる。ここまではいいですかね」
「わかります」
「あの時、先輩の神性を全否定した時のことを覚えてますか? 信仰が先輩から剥がれて、他に山神の適性を持つ者を探す様を」
「なんか変な声聞こえたよね。『山神さまー!』みたいな」
「あれは一時的な措置でしたが、あのまま先輩が山神ではないという事実が確定する可能性もあったわけです」
「わかんない」
「たとえば。これはマジでただのたとえ話ですが。先輩が、性別を変えたとします」
「もっと他にいいたとえはなかったのか」
「そうなると、山神の伝承的にも天狗の伝承的にも全く外れた存在になるわけっす。天狗はもちろん、山神も男神として伝えられてますからね。これは必ずそうなる、というわけじゃなく可能性の話ですが――――信仰は先輩を山神とは認められずに他に適性のある者を探し始めるんじゃないかと思われます。そうなると山神信仰も天狗信仰も残ったままで、先輩は神性を永久的に失い、ただの妖あるいは怨霊に戻ることになります」
「“神さまをクビになる”?」
「有体に言えばそうっすね」
頬杖をついたタイラが「神なんぞ、クビになった方がマシだがな」と呟いた。空咳をしたノゾムが、「で、そちらにおわす鳳凰様は」と話を続ける。
「あまりにも“鳳凰”信仰とかけ離れた振る舞いをしたせいで、他にもっと“鳳凰”らしい者が現れたときにその座を追われたのではないかと推測できますが」
むすっとした美雨が「別に追い出されたわけじゃありません。あまりにも退屈だったのでお譲りしたのです」と吐き捨てた。
「ちゃんと後任に引き継ぎも致しましたし」
「その割にまだ鳳凰の権限が使えてません? 何すか、あの
「後任に引き継いでも端末のIDとパスワードが変わってないからログインし放題なんですわね。神性が絶ち消えない限り鳳凰としての力が使えるというわけ」
「ガバじゃないすか。うちなんかクビになったやつのアカウントは完全削除して、後任には新しいIDとパスワード発行しますよ」
「神経質ですわねえ、オタクのとこの上司は」
「当然の措置でしょ」
タイラのとこは? とユメノが尋ねてみる。タイラは肩をすくめて、「こいつらのとこはそれなりの企業だからそういう話ができるが、俺は完全に個人経営だ。そもそも跡継ぎがいねえ」と苦笑した。
「タイラはずっと山神様をやってるの?」
「そうだな。少なくとも、お前たちが生まれてくるずっと前からやっていた」
「人間だったのに、どうして妖怪とか神さまになったんですか? ぼくたちも、死んだらそうなる?」
「……ならないよ、お前たちは」
タイラは座り直して胡坐をかき、ユメノとユウキを見た。「俺は罪人でな」と話す。
「いくら仏道の教えを身に着けても救済されない罪を犯し、輪廻転生からも外れてしまった。言うなれば服役中だ。お前たちとは縁遠い」
しばらく考えて、ユメノは「昔、人を妖怪に変えちゃったって本当?」と聞いた。タイラは瞬きをして、「本当だよ」と答える。
「お前たちも俺と一緒にいればそうなる」
「…………」
「なんてな。もう俺にそこまでの力はない。今じゃ俺を信仰しているのなんて、年寄りか物好きなオカルト傾倒者ぐらいなもんだろう。廃れて久しいな」
「いいよ」
「ん?」
「妖怪になってもいいよ、あたしたち」
「ぼくも……」
目を丸くしたタイラが、すぐに深いため息をついた。「みんなそう言う。みんなだ。だが、」と口を開く。「百年二百年と経てば、それが人の生きる時間でないことがわかる」と微笑んだ。「お前たちは人であるべきだよ、神や妖が人になったことはないんだ。人として生まれ死に終わることが、どれほど素晴らしいことか」と。
頭を撫でられて釈然としない顔をするユメノとユウキが、不意にタイラの胴に飛び込む。タイラは「ぐっ」と呻いて、「おいコラ、ひとのがら空きのボディにタックルをキメるのはやめろ」なんて言いながら引きはがそうとした。
「何だ、どうしたんだ、いきなり」
「蜂がいる」
「は?」
「蜂がいる音がするの!!ゼッタイ蠅とかじゃないの!!(田舎育ちの直感)」
ユメノとユウキはタイラの衣で身を隠しながら「妖怪より蜂の方がこわいし!」「よっぽど実害が!」とパニックに陥る。
涼しい顔をした美雨が「あら、本当ですわね。もしかしてお狐様のお食事なのでは?」とノゾムを横目で見た。ノゾムはといえばぴくりと眉根を動かし、「いやいやどちらかといえば鳥類の餌でしょう、あれは」と煽り返す。「狐だろうが鳥だろうが焼けば食えるんだから仲良くしろよ」とタイラが口を挟んだ。
「じゃあ先輩が何とかしてくださいよ。この山の主でしょ」
「えー、拙僧が?」
「こんな時だけ坊さんぶるな」
「お前、俺に不殺生戒を破らせる気か」
「破ってきたんでしょうが、幾度となく」
「大体お前の結界は?」
「じゃあユメノちゃんとユウキくんは守っておきますね」
てか神社の境内で殺していいの? とユメノは思い付きで口に出す。ノゾムは「よく考えたらダメかもですね」と肩をすくめた。「よく考えなくてもダメじゃねえか?」とタイラが顔をしかめる。
「何とか、殺さずに……」とノゾムが呟いた。「風でも起こして追い出そうか」とタイラが提案すると、「いや先輩は力加減が馬鹿だから神社ごと吹っ飛ばしかねないですし」とノゾムは断る。いまバカっつった? と、不満そうな顔のタイラを無視する。
何か考えていた様子のノゾムが、ふと美雨を見た。美雨は「何です、そんなに私のことを見て」と鼻白む。それから、ハッとした顔で口を開いた。
「わたくしは……羽根あるものの、王……?」
「元、な」
「今でも彼らと思いを通ずることはできますわよ。私が鳥たちを束ねているのは私自身のカリスマ性によるものであって鳳凰の力でも姑獲鳥の力でもありませんからね」
「カリスマ性とは一体」
「もっと言えば、そのカリスマ性こそ鳳凰に必要な素質と言えます」
「カリスマ性とは…………ゲシュタルト崩壊しそう」
しばらく美雨は静かに蜂の方を見て、何度か瞬きをする。すると蜂は勝手に隙間から外に出て行った。汗を拭った美雨が、「向こうの言っていることは全くわかりませんでしたが、こちらの言い分はご理解いただけたみたいですわね」と話す。そういうもんなんだ、とユメノたちは思った。
「さて、何の話をしていたんでしたっけ?」とノゾムが頬杖をつく。「何だっけ」とユメノが思案顔をすれば、「えーっと……人が妖怪になったり、神さまになったり、妖怪になったりの話……?」とユウキが真剣に言った。
「そんなつまらない話より、ゲームでもしません? この人数でできるゲーム機はないんで、トランプとか」
そうノゾムが提案した瞬間、タイラと美雨が同時に「いやいやいやいや」と苦笑する。
「お前と“運”が絡むゲームはしねえよ」
「結局のところ
「失礼だな。そんなこと言ったら神なんて全員イカサマと言っても過言ではない」
「過言だぞ」
うーん、と考えてユメノは「神社の神様is幸運値が高い?」と人差し指を立て、それをタイラが「ザッツライ」と肯定した。
ノゾムが苦笑しながら「君らが“幸運”と呼んでいるものは詰まるところ」と手のひらを上に向ける。そこに小さなサイコロが出現し、ユメノとユウキは「うわっ」と声を上げた。
「『自分の望んだ賽の目を出す』ということに帰結しますね……概念的には」
サイコロを振りながらノゾムは「結論から言うとオレはこのサイコロの、好きな目を出す確率を上げることができます」と話す。「たとえば今、このサイコロの壱の目が出る確率を上げました。十回振れば九回は壱の目が出ます」と言った。確かに三回連続で転がして、三回とも壱の目が出る。「マジック?」とユメノは顔をしかめ、ユウキなどはタネや仕掛けを見破ろうと目を凝らしている。
「タネも仕掛けもない代わりに、確実でもないです。なんせ確率論。長い目で統計をとれば十回に九回の確率になっている、という話です。そもそも、必ず十回に一回の頻度で他の目が出ますし。それが、乱数を弄るということです」
神さまじゃん、とユメノは呟いた。「神様なんですよね、残念ながら」とノゾムが肩をすくめる。
「まあこの程度の運命干渉力は神であれば大抵持ってますよ。むしろ、運命に干渉する力があるということこそが神の素質であるといってもいいっす」
それを聞いたユメノとユウキはバッとタイラの方を見た。タイラは「何だよ」と眉をひそめる。
「タイラもできる!?」
「何がだ。乱数調整なら俺はできないぞ」
「ハイ、
「聞けって」
ユメノがサイコロを転がすと、タイラは渋々という体で手をかざした。ぴたりと、陸の目を上にしてサイコロは止まる。
「出来んじゃん! ……何か変な動きしたけど」
もう一度転がしてみる。やはりサイコロは不自然なほどいきなり動きを止めて陸の目を出した。首をかしげながらまた転がす。まるで転がっている途中に見えない手で賽の目を固定されているような動きだ。もう一度、と思ったところで「もう終わり」とタイラにサイコロを没収されてしまった。
「何、今の。もしかして見えないほどの速さでサイコロ止めてる?」
「想像力豊かだな」
そういんじゃない、と言いながらタイラはサイコロを手のひらの上で転がす。「サイコロの目は六つあるよな」なんて言い出すので、「そりゃそうだよ」とユメノは答えた。
「このサイコロの運命は六通りある、と言い換えられる」
「? そうだね」
「ところでサイコロの目を決めるものは何かわかるか?」
「もう一回言って」
「六通りあるサイコロの運命は一体何で決まるのか、という話だ」
考えていたユウキが、「ノンちゃんが言ったみたいに……確率? 乱数?」と自信のなさそうな声を出す。タイラは「それも大きい。乱数の偏りはそもそもの下地、サイコロの重心が他と違っているようなもんだからな」と頷いた。
「実際サイコロの目というのは、乱数の偏りはもちろん、サイコロを振る人間の力加減や手癖、風の向きなどの環境に左右される。そこには必ず、起こり得る可能性の順位というのが決まっているんだ。わかるな?」
ユメノとユウキは頷いて、先を促す。タイラは「さて、種明かしだが」と言いながらサイコロを振った。ぴたりと、陸の目が出る。
「俺は今、陸の目以外の運命を
乱暴で品がないですよね、とノゾムが独り言ちた。その発言を拾った美雨が、「そも運命に干渉するなんてお上品なことじゃありませんわよ」と茶々を入れる。
「キャンセル……?」
「そうだ。さっき言った通り、運命にはそうなり得る可能性の順位が決まっている。それは1位をキャンセルすれば2位の運命が繰り上がるようになっている。サイコロで言えば、『陸の目が出る』という運命が三番目だとして、上ふたつの運命をキャンセルすれば陸の目は出る」
「それすごくない??? やばくない???」
「……理論上はな」
目を細めたタイラが、「問題は」と続けた。「俺にその運命の順位が見えるわけではないということだ」と、つまらなそうな顔をする。
「いくら状況から考え抜いて判断しても運命を読んだとは言い難い。つまり、確実に陸の目を出したいなら、俺は他の五つの目を全てキャンセルしなければならん」
「大変なの?」
「いや疲れるよ。相当の集中力が必要になる。これが賽の目の話であれば六通りの運命しかないわけだから出来ないでもないが、人の運命や世の運命ともなれば可能性は無限にある。まったく実践的な力ではないな。そもそも俺の力では賽の目を固定するくらいが限度と言える」
そうなんだ、とユメノは言いながらサイコロを見る。「でも面白かったからもう一回やっていい?」と聞けば、タイラはうんざりした顔で「閉店」と手を横に振った。
「ちなみに美雨様はこういうのできる?」と聞いてみる。美雨はうっすらと微笑んで、「もちろんですわよ」と言った。
ユメノがサイコロを振ると、陸の目が出る。はしゃいで、ユメノはもう一度サイコロを転がす。
「すごーい。これはどういう仕組みなの?」
「ふふふ、どういう仕組みでしょうねえ」
ふとユウキがユメノの腕を掴んで、それからユメノの目の前で手をひらひら振って見せた。「何、ユウキ」とユメノはきょとんとする。
「出てないですよ、陸。壱と参しか」
「えっ」
美雨は「なんでだかその少年はかかりづらいのですわ」と言いながら指を鳴らした。確かにそこに転がっていたのは、参の目のサイコロだ。
「幻じゃん!」
「幻でも世界が信じれば事実になるものでしてよ」
ふっと笑った美雨は、「わたくしの存在こそが夢幻。だけれどここに在るその証明は、ただ信仰のみ。そうでしょう? 誰もが信じたいものを信じるのです」と腕を広げた。
「ところでお嬢さんだけじゃなくそこの山神様にも陸の目に見えてらっしゃいましてよ」
「チッ」
盛大に舌打ちしたタイラが自分の眉間を押さえる。「割とこの方、よく引っかかりますわね。夢を見せるのは上手く行きませんでしたけど、事実を誤認させる程度のものなら何度も引っかかってますわよ」と美雨は涼しい顔をした。
「テンション下がるよな、あれ」
「猫騙しみたいなもんですけど、結構使えましてよ」
ふふん、と美雨は得意げな顔をする。「まあわたくし、火を統べる鳳凰ですし? 夢幻を操る神獣ですし? 羽根あるものの王ですし? そこのお二方とは格が違いますので」と小馬鹿にしたように言った。
「神でも何でもない坊さんの怨霊にやられた鳥女がよく囀るものだな」
「あれはちょっと油断していただけですが???」
「次は仕留める」
「次があれば私だってあなたのことは灰にして差し上げますわよ」
ため息をついたノゾムが「神よりなにより坊さんの説法(物理)が強いこの世界って何か間違ってると思うんですよね」と呟く。
「そうだ! ノンちゃんが神社で鳥さんたち燃やしたのって、アレ何?」
「うっ……わたくしのかわいいしもべたち……ユルサナイ…………」
「加害者が反撃されたからって被害者ぶらないでもらえます? そっちが先に手出してきたんでしょうが」
「境内で殺生オッケー?」
「あれは神罰なのでセーフっす。いわゆるハラキヨ(祓いたまえ清めたまえの略)なんで」
“いわゆる”と言われてもまったくぴんと来ていないユウキとユメノは、「ハラキヨ? ハラキリじゃなくてですか?」「切腹の切腹なし介錯みたいなこと?」と難しい顔をする。「切腹の切腹なし介錯はそれ斬首刑と呼ばれるものだが」とタイラが真顔になった。
「不浄を清めて神の御許へお返しするんですよ」
「……いい感じに言ったけど殺生では?」
「断じて違います」
空咳をしたノゾムが、「ただの殺生にならないよう、神罰の執行には厳しい規約があります」と話す。
「“不浄かつ不敬であること”これが我々の排除すべきと考えているものの全てです。神の御許にお返しするには差し障りがあるほどに穢れていて、神を敬う気持ちを少しも持たないもの。どちらか一方だけでは執行対象にはなりません。たとえばこの
「怖い」
「それ故にオレと同格の神性を持つものに神罰は執行できないんですけど……」
まあ神を敬う気持ちさえあれば大丈夫ですよ、とノゾムは笑った。「逆に言えば神さえ気に入らなければ好きにできる、ってことでは?」と美雨が眉をひそめる。「鳳凰様に言われたくないっすね」とノゾムが頭をかいた。
「じゃあ坊さんの説法(物理)は? あれはどういう理屈なの?」
「あんなもんただの物理的な特攻っすね」
「ずっと何のことかと思っていたが、お前たちもしかして俺の槍捌きを坊さんの説法(物理)とか揶揄してる感じか? こっちは一所懸命にやってんだ、失礼だぞ」
ちょっと卓袱台叩かないでくださいよ、とノゾムが嫌そうな顔をする。「力加減が馬鹿なんだから壊れちゃうでしょ」と訴えた。「それ聞いたの今日二回目だぞ、先輩に対して何だその態度は」とタイラは憤慨した。
「タイラってお坊さんだったんでしょ?」
「……人間だった頃な」
「お経とか読めるの?」
「読めるよ、バリバリ読めるよ。読もうか」
どこからか出した数珠を手に巻き付け、タイラは口を開く。言い出した割にはよくわからないので、ユメノは『いい声だなー』と思いながらそれを聞いた。「あー
「坊さんの説法普通に効くんじゃないすか……」
「いじめられましたわ! こんな屈辱はじめて!」
ふとタイラを見ると、卓袱台に突っ伏していた。「なんで?」と尋ねたところ、「仏道的に俺も邪なもの認定されているので自分の読経が効く」と返ってきた。「自爆技なの? 全然使えないじゃん」とユメノは困惑する。
「大体、そんな身を削ってまでやってって言ってないよ」
「久方ぶりに坊さん扱いされたのが嬉しかった」
「全然わかんないその価値観」
どうでもよさそうな顔のノゾムが、「腹減りましたね。ピザでも届けて貰いますか」とチラシを手に取る。驚いたユメノとユウキが「ここ、宅配ピザ来んの?」「神さまってお腹すくんですか?」と同時に質問を飛ばした。
「…………まず一つ目ですけど、宅配ピザは来ます。ただし人間が運営している店ではないし、配達も大抵人間じゃないです。時たま人が雇われてることもありますけど」
「ファンタジー???」
「神や妖もそれぞれ生活してますし、それぞれ社会的なネットワークを形成しています。そうじゃないと立ち行かない、その理由が二つ目の質問の答え。“神様もお腹がすきます”」
てかこの前一緒にポテトチップス食べたじゃないすか、とノゾムは首をかしげる。「趣味で食べてるんだと思ってました!」とユウキは目をぱちくりさせた。
「神も空腹を感じますし、痛みや疲れを感じます。肉体を持っているからです。それは確かに人間とは造りが違うこともありますが、肉体を持つ限りはそれを維持しなければならない」
「ハイ! 神さまの食事はタダですか!?」
「……それが違うんですねえ。信仰の基盤がしっかりしている神であれば信仰ポイントを換金して使うことができますが」
「信仰ポイントを換金とかいうパワーワード」
「そうじゃなければかなり苦労するでしょうね。オレなんかは固定給制なんでクビにならない限り心配ないすけど」
へえ、とユメノは言って美雨を見る。それに気づいた美雨が「私は、鳳凰をやっていた頃の貯金でしばらく暮らしていけますので」と笑った。
「まあでも、いずれは新興宗教でも立ち上げようかしら。いい考えじゃありません?」
「おいやめろ」
「やっぱり退治しておけばよかった案件っすわ」
タイラは? と聞けば、「働いてるよ」と半笑いで返事があった。それ以上は聞かずに、「ふうん」とユメノは呟く。
何はともあれ、とノゾムが空咳をした。
「神ですら飢える。永遠に近い存在証明がありながら飢える。そうして祟り神になったり、妖へと還る神は意外なほど多いって聞きますよ」
というわけでピザを取ります、とノゾムが宣言した。「何がいいっすか? オレと先輩と鳳凰様で割り勘ですよ」と勝手に決める。「マジ? 今日財布持ってきてねえけど」とタイラが顔をしかめ、「割り勘とかしゃらくさいですわね。ここは漢気じゃんけんですわよ」と美雨は右手を出した。
「待て待て待て。そんなことしたら、結局誰の運命干渉力が強いかみたいな、異種格闘技戦になるだろうが」
「望むところでしてよ」
「お前の幻覚ってユウキに見破られてるし、ひとり負けじゃないか?」
「ちなみにオレも美雨さんの幻覚かかんないっすよ」
「あっ……お互い卑怯な手は使わないことに致しましょう」
「どの口が言うのか」
揉めている神性たちを尻目に、ユメノとユウキは「マヨコーンピザでいい?」「照り焼きチキンもいいですね」と話し合う。
「大体先輩なら全部奢るぐらいの気概がないと」
「え? お前が一番経済的に安定してるだろ」
「わたくしは別に出さないとは言ってませんわよ、割り勘が面倒なだけです」
「じゃあお前が払えよ」
「それとこれとは話が違う」
なかなか話がまとまらないようだ。ユメノたちは顔を見合わせ、「やっぱウインナー入ってるやつも食べたいな」「デザートピザもありますよ!」「サイドメニューも豊富じゃん。神さまの世界にあるピザ屋さん、すごっ」とどんどん食べたいものを挙げていく。ふと周囲が静かになっていることに気付く。ノゾムたちはこちらをじっと見てひそひそ話していた。
「…………割り勘でお願いします」
「俺財布取って来るわ」
「カード使えるお店でして? 現金を持ち歩いていないのですけど」
にやっと笑って、ユメノは「ゴチになります!」と手を叩く。それに続いてユウキも「ごちになります!」とガッツポーズをした。ノゾムたちは「どうぞどうぞ。好きなだけお食べ」「まあ子どもは食って寝るのが仕事だからな」「子どもの腹を満たしてこそ母親というもの」と苦笑する。
「お前、まだ母親の枠諦めてないの? もう幸枝ちゃんいるよ」
「はぁ? あの方より私の方が母親なんですが? ね、子どもたち」
「どっちもぼくたちのお母さんじゃありませんけど」
「ぐう正論で草」
「強いて言えば時々じゃなくて毎日ご飯を用意して待っていてくれるゆきえさんの方がお母さんです」
「ぐう正論パート2。大草原」
うっ、と言葉に詰まった美雨がユメノに縋る。「お嬢さんはわたくしを選んでくれるでしょ? 本当のお母さんよりお母さんだって言ってくださったものね」と顔色を窺った。ユメノは平然と、「そりゃ、うちの親と比べたらみんな立派なお母さんだよ」と言い放つ。「突然の闇」とノゾムが目を丸くした。
「あと、あたしユメノね。“お嬢さん”じゃなくて」
「ぼくはユウキですよ」
ひゅっ、と息を呑む音が同時に三方向から聞こえる。慌てた様子の美雨が「あら二人とも素敵なお名前でしてね」と言いながらノゾムとタイラを手招きで呼んだ。
「堂々と名乗られましたけれど、あの二人」
「そういや伝えるの忘れてたな」
「まさか神性持ちが増えると思わなかったんで……」
ああだこうだ言い合って、ようやくノゾムたちがユメノとユウキの方を向いた。「もう遅いですけど、あんまり気軽に名乗らないでくださいね」とノゾムは頭をかく。
「なんで?」
「神は基本的に名を識る相手であれば好きに出来ます。そこの鳳凰様はオレらより上の神格だったのでほとんど効果はありませんでしたが、人間ともなれば簡単に操れます」
「もっと早く言ってよ!!!! じゃあノンちゃんたちはあたしたちのこと操れんの!!??」
「操りませんけどね……オレはどちらかといえば人と契りを結ぶ神ですし……」
「俺もやらない。やり方を忘れた」
「やり方を忘れた????」
ユメノたちは美雨を見る。焦った様子の美雨がぶんぶん両手を振って「わたくしもそんなことしません! お二人は命の恩人ですし!」と否定した。「あいつのことは気を付けた方がいい。絶対に『良かれと思って』とか言って人を洗脳するタイプだぞ」とタイラが忠告する。「しません! 少なくともユメノちゃんとユウキくんにはしません!」と美雨は手と首を同時に振った。
ピザを注文し終えたらしいノゾムが、「まあ」とため息交じりに呟く。
「どうやらいい自己紹介になったようっすね、みんな」
全員で顔を見合わせた。へへ、と笑ったユメノが「よろしくね」と手のひらを見せ、その隣でユウキも「よろしくお願いします」と小首をかしげる。「お前らいつ家に帰るんだよ」と、タイラが呆れた顔で頬杖をついた。
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