第2話 せっかくなので神様をパシってみる

 都宅で朝ご飯をご馳走になったあとで、ユメノとユウキは外に出た。ちなみに都母娘の家は想像していたものと全く違い、なんか木造のログハウスみたいでお洒落だった。

 行くあては特にないが、二人は現代っ子特有の問題に直面していた。簡潔に言えば、電波の入る場所を探してスマートフォンを片手にうろうろしていた。しかし山奥。どこまで行っても圏外。なるほど何かを得るには何かを捨てなければならない。


 そんな風に感心していると、茂みから「あーそーぼ」と声がする。実結の声だ。変なところから声かけてくるんだなぁ、と思いながらユメノは応えようと口を開いた。


「待て。それは俺の客人だ。迷い子ではない」


 背後から声が聞こえ、実結の声は聴こえなくなる。その代わり、小さな足音が慌てたように駆けて行った。

「ミユちゃん、行っちゃった」

「お前たちにはそう見えていたのか。あれはミユちゃんじゃないよ」

「マジ?」

「気をつけろ。この山で迷う人間は恰好の餌食だ」

 そう言ってタイラは、気まずそうにユメノたちを見る。「許可を出してしまった手前、致し方ないが……」と頭をかいた。「警戒心を持てよ。俺だって暇じゃないんだ」とため息をつく。


「山の神様でしょー。ちゃんと守ってよ」

「神様に対してとる態度か、それが」


 こんなところで一体何をしているのかと聞かれたので、「ネット回線を探してる」と正直に答えた。ああ、と合点がいったようにタイラはユメノとユウキを腕に抱く。こともなげに宙に浮いた。そうして連れていかれたのは、例の神社だ。


 本殿からガラガラ出てきたノゾムが、「どもっす」と手を上げる。今日はパーカーとジーンズを着ているが、昨日と同様狐面をしていた。『ほんとに神様かな』と首をかしげながらユメノも「よっす」と挨拶する。ユウキだけが「こんにちは」と丁寧に頭を下げた。

「こいつら、ネット回線を探しているんだと」

「それでうちに連れて来るってマジなめてんすか」

「お前んとこフリーWi-Fiじゃん?」

「まあ神社もフリーWi-Fi繋ぐ時代っすよね」

「こんな山奥のあるのかないのかわからん神社にフリーWi-Fi要らねえだろうけどな、お前の趣味じゃなければ」

「失礼だな。誰の趣味がネトゲだよ」

「ネトゲだったのか、俺はてっきりAV見るのに必要なのかと思ってたよ」

「ハイ不敬~」

 そんなやり取りを横目にユメノは本殿に上がり込んで「ほんとだ、Wi-Fiあんじゃん」と声を上げる。ノゾムが慌てて振り向いて、「勝手に上がってらっしゃる!!?」と叫んだ。


「ここ、神様の部屋なんですが???」

「え? ごめん……お邪魔します……」

「いやご挨拶の問題じゃないんですよ」

「すみません、おじゃまするのにおみやげ買ってこなくて……」

「そういう問題でもないですね」


 ちょっと、とノゾムがタイラに詰め寄る。「何とかしてくださいよ、この子ら」と訴えた。タイラは頭をかきながら「いいじゃねえか、退屈しないだろう」と肩をすくめる。

「そうだ、お前がこの前間違えて買ったつってた対戦ゲームでもやったらどうだ」

「うーん…………」

 ちらりとユメノたちを見たノゾムが「ゲームやります?」と聞いてきた。ユメノとユウキは顔を見合わせて「やるっ」と元気よく答える。


「じゃあ、よろしく頼んだぞ」

「オレに子守をやらせるなんて、一体何だと思ってんだろうなぁ」


 テレビゲームを繋ぐノゾムを尻目に、「タイラも一緒にやればいいのに」とユメノは呟いた。「神様二人がかりで子守をご所望とは恐れ入りますね」とノゾムは苦笑する。

「それにあのひとは山の神ですし」

「だから?」

「山が人間に与える影響ってのは決して少なくないので。まあ山に限らず、何かとてつもなく大きな自然って人を狂わせるもんなんですね。人けのない環境なら尚更。霊力に簡単にあてられるんすよ」

「れいりょく……」

「“アガリビト”って知ってます?」

 知らない!! とはっきり言い切るユメノを困った顔で見ながらノゾムはゲームを起動させた。


「簡単に言えば山の霊力にあてられて人間捨てちゃった人らのことっすよ。生き物として一段階アガっちゃった。単に発狂したのとも違う、常人ではないもの。近頃はこれくらいの山じゃ遭難すること自体稀なんで、見かけないですけどね。昔はごろごろいたって話ですよ、遭難して帰れなくて、そのうち帰る場所も忘れて山の一部になった人たちが」

「えっ、怖い話してる? いきなりやめてくんない? ノンちゃんにはレーティング機能ないの?」

「で、あのひとは山の神で山そのものでもあるんで、あんまり近くにいすぎるとアガっちゃいますよって話っす。君らそういうのに耐性ありそうっすけど、気を付けるに越したことないっすよ」

「うぅ……さてはあたしらを山から追い出そうとしてそんな話してるな……?」

「まあ……あのひとは昔、供物として捧げられた人間を大層可愛がって一緒に暮らしていたら霊力でうっかり妖怪にしてしまった前科があるらしいんで、それを恐れているんだろうと思いますけど」

「そんなことあんの!?」

「今でこそ信仰が廃れてきたのでそこまでの影響力はないとはいえ、もっと山岳信仰・山神信仰・大天狗信仰でがんじがらめだった頃の先輩なら何もしなくても一緒にいるだけで異変を来したでしょうね」


 コントローラーを握りしめながらユメノは「ノンちゃんにはそういうのないの?」と一応尋ねてみる。あったらどうするという話ではあるが。ノゾムは平然と「ないっすよ。オレらは人間に寄り添うことを前提とした神であるがゆえに、そんな恐ろしい話はありません」と言ってのけた。

「そもそもあのひととは信仰の質が違いすぎるので」

「信仰の質?」

 君ら二人でやっていいっすよ、とノゾムはユウキを膝に乗せる。それはどうやら有名なレースゲームのようだった。

「信仰にも色々ありますけどね、たとえば君らは神社に来るとき、どういう気持ちできます?」

「そりゃあ……お願い事があったりとか」

「清々しい神頼みっすね。まあ本来お参りするときは『神様いつもありがとうございます』という気持ちで来ていただきたいんですが、神社側も御利益など謳ってますし、稲荷明神も豊穣とか商売繁盛の神として広まってるのでうるさいことは言いません」

「言ったよ、今。ひと通り言った」

「概ね君らのイメージ通りですね。オレらは基本的に人間を見守る神です。必要に応じて手を貸しますし、いわゆる“加護を期待して祀る神”っす。そのため、君らの信仰を力とします」

「わかる。スパチャみたいなもんでしょ」

「信仰を投げ銭扱いとは……」

 こほんと空咳をしたノゾムが「全然違うとは言い切れないですけどね、まあ」と独り言ちる。神様スパチャ知ってんだなぁ、とユメノは思った。

「で、あのひとの場合……あのひとの信仰ってちょっと特殊なんですよね、山岳信仰と山神信仰と大天狗信仰を兼ねてて。それも結局のところ全て山岳信仰に通ずるわけっす。山神ってのは山そのものを擬神化したもので、大天狗ってのは“山で起こる不可解な出来事”を擬神化したもんなんで。山に限らず古来より自然っていうのは信仰の対象になりやすいものではあるんですが、なんでだかわかります?」

「強いからじゃない?」

「感覚的ですけどいいとこつきますね。自然っていうのは人の手が及ぶ範囲を超えているが故に信仰対象になる。つまり自然に対する信仰っていうのは、“畏れ”なんですよね」

「おそれ?」

「“どうぞお鎮まりください”なんですよ、あのひとに対する信仰は。ほとんど邪神扱いっすよね、ウケる。だからあのひとは、信仰を枷とするわけなんです。本人は『人に寄り添う』とか言ってましたけど、信者にそう思われてないっすから」

 そーなんだ、とユメノは呟く。その隣でユウキが、「でもそんなに怖いひとじゃないのに」と瞬きをした。ユウキが昔出会ったという天狗が本当にタイラであったかはわからないけれど、何か特別な想いがあるのだろう。


 とはいえ、とノゾムが口を開く。

「オレといて害がないとは言い切れないんですけど。薬だって用量を守らなければ毒になるものですし」

「その心は?」

「決して素顔を見ようとはしないでください。さすがに神の顔を見たとなれば、人間はキャパオーバーで発狂するので」

「なんでそうやって唐突に怖い話するの?」

 くすくす笑ったノゾムが狐面に手をかけて、「外しちゃうっすよー」と脅した。「シャレになんないんだけど!?」とユメノはちょっと後ずさる。


 その時、本殿の戸が開いてタイラが顔を出した。「コンビニ行くけどなんか欲しいもんあるか?」などと声をかけてくる。その姿を見て、ユメノとユウキはさっと青ざめた。

「お、おま……お面つけてないじゃん!!?」

「泣くなよ、いきなりイケメンが現れたからってよ」

「別にイケメンじゃないし!!!!!」

「そこまで全力で否定しなくても……」

 ノゾムが涼しい顔で「オレ、コーラとポテトチップスがいいっす。ブラックペッパー味で」と注文を付ける。それから「タイミングが良すぎますね、先輩」と肩をすくめた。

「オレらの素顔を見たら発狂しちゃうよーって話をちょうど今したとこなんすけど」

「ああ、それで怯えているのか」

 心配いらないぞ、とタイラは目を細める。「俺は今、人間に化けているからな」と簡単に種明かしした。


「人間に……化けてる……? 何も変わってないように見えるんだけど」

「結構違いますよ。本物の虎がぬいぐるみになったぐらい違います」

「そうかなあ……?」

「とりあえずアレは“素顔”ではないので見ても問題ないっすよ」


 そうなの? と言いながらじろじろ見る。タイラは「おー、不躾な視線」とにやにやして手を振った。

 ユウキを膝に抱きながらノゾムが「君らといる時はそっちの方がいいのかな?」と言って指を鳴らす。一瞬、白くて曖昧なものに包まれた。正直に言って狐面が外れた程度の違いしかないが、どうやらノゾムも人間に化けたらしい。

「ノンちゃんもできるんだ……」

「そりゃそうだろ。化かすのは狐の本分だぞ。な、ノゾム」

「人聞きが悪いっすね。得意分野ではありますけど」

 ところで俺はコンビニに行くが、とまた言うタイラに「じゃあチョコ系のお菓子買ってきて」「牛乳買ってきてください」と頼む。「合点」とタイラは頷いた。「人の子にパシられる神とは???」とノゾムが首をかしげる。

「てか、この辺にコンビニとかあったっけ?」

「歩けば2時間近くかかる。歩けばな」

「さっすが神様」

「さすがだろうか……神の無駄遣いでは」

 じゃあなー、と言ってタイラは去って行った。何というか、色んなことが軽い。あれで神様だと言われても、未だに信じがたかった。


 タイラを見送った後でユメノは欠伸をする。つられてユウキまで口を大きく開けた。

「おやおや、寝不足っすか?」

「今日ヘンな夢見てさー」

「まあガラッと環境が変わったんだからしょうがないっすね」

「めっちゃ名前呼ばれて誰かに探されてんだけど、知らない人なの。『ここだよー』って近づいてったとこで起きたんだけど」

 ふとユウキが驚いた顔で「それ、ぼくといっしょです」と言い出す。「マジ? 何だろ。同じ夢見ちゃったね」とユメノも目を丸くした。

 ふうん、とノゾムが呟く。「それは不思議な夢ですね」と、口角を上げた。

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