第35話 口が裂けても言う話



「百合亜が? 通しなさい」


「はっ!」


 百合小雪。それは筆名であり、本当の名前は百合亜といった。


「お母様」


「何? 百合亜。立ってないで座ったら」


「いいえ。私、言いたい事があって来たの」


「何?」


「どうして、ファンタジー小説を弾圧するの?!」


「どうしてって、それが日本の国策だからよ。あなただってわかってる筈でしょ」


「わかってます。私はお母様の本心が聞きたいの。私が小さいときあんなに色んな童話やファンタジックな読み物を聞かせてくれたのに! どうして変わってしまったの?!」


「いい加減に目を覚ましなさい。あなたが一人のアマチュア小説家の事を好きになっている事はわかっています」


「乃白瑠君の事調べたのね?! どうしてそんな事するの!」


「今、彼が書いている小説知っている?」


「いえ……。ま、まさか!」


「そう、想像力監視衛星でキャッチしているわ。今彼が書いているのは『剣撃文庫』。ファンタジー小説ではなくて、実際の事件を基にしたファンタジック推理小説。だけど、彼の書く小説にはトップシークレットが詰まっているの。だから、私達は彼を要注意人物としてマークしている」


「必要以上に麿実さんに乃白瑠君の事監視させている事も!」


「ええ、そうよ。今のままでは乃白瑠君は一生小説家としてデビューできないわ」


「どうして!」


「彼はいまだに自分の置かれている状況がわかっていないわ。彼の書く小説が-」


「言わないで!」


「あなたもわかっているのね。しかし、口が裂けても言わなきゃいけない話は口に出すべき」


「だけど、彼は一生懸命自分を変えようと頑張っているの!」


「だから我々も今は見守っているの。彼の心が成長するように」


「そうだったの……」


「わかって。私達も辛いの……。ウエブで誰も読まない事がつまらない話なのか、それとも彼の成功を邪魔しようとする存在の外的圧力なのか―――」


「!」


「マスクの下が口裂け女だって事も想定するわ―――」





 夕食を食べ終え、早速企画会議、所謂いわゆるブレインストーミングが始まる。


「皆、『剣撃文庫』の原稿は読み終えたな」


「はい」


 ウィズダムの言葉に一同が頷く。


「まず、感想を聞いておこうか。我王君の感想は聞いたから、まずは楓さんから一言」


「私からですか? そうですね。一言で言えば、面白かったです」


「小桜君は?」


「私ですか? そうですねぇ……。面白いには面白いけど、乃白瑠君の悪い癖が一杯出てるわね」


「癖?」


「そうです。まずは会話が多すぎ。これじゃぁアニメのシナリオと同じ。キャラクターの心の声が読者に届かないわよ」


「でも、僕、会話が好きだから……」


「それはわかるわ。何せ十二明王家という格式有る家柄に生まれて、親戚も多いでしょう? 大家族に囲まれて育って、今は東京で一人暮らし。寂しいのはわかるわ。だから自然と会話が主体になる。それに」


「それに?」


「自分はこんなに難しい事を考えられるんだぞ! という、自分を高尚化こうしょうかして自分の理論を地の文で展開する事をしないのは関心よ。日本のファンタジー小説は主に中高生が読む物よ。お山の大将気取りで、難解な持論を展開するのは、ちょっと敬遠されるわ。それは純文学に任せるべきよ」


「でも、ファンタジー小説が弾圧される中で、理想と現実のギャップを埋める為に、少しでも青少年に現実を、悲しい現実をわかって欲しいと訴える手法だってある筈です」


「漫画家である我王君らしからぬ言動ね」


「漫画というのは世界的に低俗な文化と見做みなされている。だからこそ、漫画家は名誉を回復させる為に難解なテーマを扱いながら、誰でもわかるような台詞回しを多用する」


「そうね」


「それに、自分を高尚化こうしょうかするにしたって、自分を分かって欲しい、という切なる欲求だとは思いませんか?」


「うん。それはわかります」


「それは乃白瑠君にも見習って欲しいわね。あなたの文章からはあなたの心が聞けないの」


「!」


「もっと自分をさらけ出して! 恥ずかしい言い方だけど小説は心の自慰行為よ!」


「私…… 」


「何、楓ちゃん?」


「乃白瑠さんの文章、確かに比喩がない。だけど、それはごまかさないって事でしょ? 文章がとても素直な証拠だと思います!」


「流石! 楓ちゃん! 乃白瑠君の事モゴモゴモゴモゴ(好きなだけはあるわね!)」 


 小桜の口を塞ぐ楓。


「何ですか、小桜さん。僕の事って」


「何でもありません!」と、慌てて否定する楓であった。


 ブレインストーミングはその後も続く。細かな文章表現や構成の問題や、イラストをつける場面等、打ち合わせが続いた。

 そして問題は、新人賞に応募する原稿三百五十枚以降の展開だった。


「この後の展開は、どうなっている乃白瑠」


「我王君だったらどうする?」


「ネバーエンディングストーリー。仏教で言えば、リインカネーション、即ち輪廻だな」


「やっぱり」


「俺だったら、その輪廻を抜け出す方法を主人公達が探すという方向でネームを考える」


「うん。僕も同じ考えだよ」


 乃白瑠と我王の話をうっとりしながら聞く楓。


「じゃぁ、問題はその輪廻から抜け出す方法だな」


 ベルサトリは自分の顎を触り、考え込む。


「乃白瑠君。時は一刻を争う。君は徹夜で続きを書き上げてくれ。出来るな?」


「はい!」

 

 徹宵てっしょう。皆はうとうととして既に眠りこけている。一人起きて眠気覚ましのコーヒーを入れてくれるのは楓だ。

 薔薇色の黎明れいめいの足音の中、小鳥のさえずりが朝の到来を告げる。

 いつの間にか楓もテーブルで眠っていた。


「出来た……。出来た! 出来た!」


「えっ?!」


 真っ先に跳び起きたのは楓だった。寝ぼけ眼で皆も起き出した。


「どうしたのよぉ……」


 小桜さんの、はだけた浴衣ゆかた姿も悩ましい。


「完成したんですよ!」

 

「そうか!」


 編集長が声高に叫んだ。


「我王君も起きて!」


「乃白瑠。俺は一晩中起きてたぞ」


「どれ、皆に読んで聞かせてくれ」


 そう言われて乃白瑠は皆の前で読み始めた。


 


第35話 了

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