第34話 タンク山のオラウータン
時刻は午後二時。東京駅で東海道新幹線に乗車し、熱海で下車。伊豆急行に乗り換え、伊豆急下田駅で降りる。そして、伊豆下田バス下賀茂行きに乗って、着いた先は下賀茂温泉、
近くの猿園にはオラウータンまでいる。
タンク山のボス・オラウータンは日がな一日。何もせずに暮らしている。
高台に建てられたその旅館に到着した乃白瑠達一行は、チェックインを済ませて二十畳程の部屋に通された。
「乃白瑠さん! 見て下さい! すっごく綺麗ですよ!」
楓がまるで子供のようにはしゃいでいる。
赤と青のコントラスト。夕闇迫る
(僕も小説家の端くれ。僕の力でピーターパンに誘拐された子供達を救ってみせる! 修行を終えた子供達を親の元に連れ帰らなきゃ)
「じゃぁ、私と楓ちゃんは先に露天風呂に行ってくるから」
「はい、小桜さん」
乃白瑠と我王、それにウィズダムはテーブルに座り、話を始めた。
「乃白瑠。新幹線の中で『剣撃文庫』を読んだが、うん。面白かった」
「えッ~! 本当、我王君!」
いつもクールで、無愛想な我王が珍しく乃白瑠を褒めた。
「自伝のように実際の人間世界を舞台にしたという意味では、ファンタジー小説の概念から
「本当に!」
「それで、車中でキャラクターの原案を考えてみたんだが……」
そう言って、デザイン画を見せる。まずは、主人公の明王乃白瑠。
「うん、うん! いい! 最高だよ! 僕の思い描いていた通りのデザインだよ!」
「そして、これがヒロインの小桜さん」
「ヒロイン?! 止めてよ! 小桜さんはヒロインじゃないんだから!」
「クシュン!」
「どうしたんですか、小桜さん」
「いえ、ちょっと風邪気味でね」
(誰か、私の噂話でもしてるのかなぁ……。もし、乃白瑠君だったら許さないわよぉ!)
「うむ。どうだ乃白瑠君。キャラクターデザインはこれでいいか?」
「僕はいいんですけど、問題は小桜さんですね。もっと胸を大きくしろとか、目はもっと大きいとか、色々クレームがきそうですよ?」
「それもそうか。再考の余地有りと……」
「で、乃白瑠君。この先の展開はどうなっている」
「はい。日本に戻ってきた乃白瑠達一行は、伊豆で缶詰になって、そこで『誘拐犯』の『想像国家』にダイブするんです」
「何だと?! それじゃぁ、現実と想像とがリンクして、まさしくネバーエンディングストーリーになってしまうじゃないか」
「ああ! わからない! 頭がごっちゃになってしまう!」
「ふーっ! じゃぁ、私達も風呂にでもいかんか? 風呂でアイデアでも考えよう」
「そうしよう。乃白瑠」
「ですね」
乃白瑠と我王とベルサトリも、露天風呂へと向かう。因に混浴ではない。
湯煙に浮かぶ二つの人影が、桃色に染まっている。
「楓ちゃん。隣の男湯、誰か入って来たみたいね」
「乃白瑠さん達じゃないですか? お客は私達だけだし」
「そっか。ねぇ! 乃白瑠君?!」
「はい? 小桜さんですか?!」
「どう、話は進んでる?」
「いやぁ、何だか、訳がわからなくなってしまって」
「どういう事?!」
「小桜さん、風邪引いてるでしょ?」
「うん」
「僕の書いた『剣撃文庫』の冒頭部分で、梶瓦と対決した時、小桜さん風邪ひいてて精神集中が途切れてトリップアウトしちゃうでしょ」
「確かに。じゃぁ、乃白瑠君が書いた通りの現実がこれから起きちゃうって事? ねぇ!」
「わかりませんよ……」
「乃白瑠。もっと話は簡単じゃないか? お前が書いた通りになるなら、お前がハッピーエンドになるように書けばいいだけだ」
「あっ! そうか!」
思わず前を隠さずに立ち上がる乃白瑠の下半身に視線が集まる。
(……ま、負けた……)
我王とベルサトリが暫く落ち込んだのは言うまでもなかった。
-教育省。大臣室……。
「大臣」
「何でしょう?」と、教育大臣冴元香梨亜が答える。
「お嬢様がお見えです」
第34話 了
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