第33話 誘拐犯(ゆうかいはん)



 乃白瑠達は、迎えにきた高速巡洋じゅんよう艦でこの想像国家を後にする。ネバーランドに居た全ての子供達も一緒だ。コールドスリープにより墓の下で眠りについていた子供達の魂。誘拐されていた他の『想像国家』の子供達も、迎えに来た親達に連れられて、元の場所へと帰還した。


 閻魔王庁でウィズダムとユラリアと落ち合った乃白瑠達。

 梶瓦麗人役をやっていたレグルス=セランヌの魂は、誘拐罪で逮捕され、今裁判を待っている状態だ。ユラリアは手紙を書いて、それをレガルスに送る。

 ピーターパン役は改めてオーディションで決められるそうだ。バリーも出来るだけの援助を惜しまないと、本家『ピーターパン』に居住していた人々と共に力になっている。

 羅王様と羅王尼らおうにさんに手を振られ、閻魔王庁の前で小雪と別れると、乃白瑠達は再び想象に乗って『現実世界』へと戻った……。


 裏庭にある無数の墓は掘り返され、その中でコールドスリープで眠っていた子供達も眠りから覚めた。  

 寝室で眠るユラリアの手を握っているのは、日本から駆けつけ優城やさしぎ美町みまちである。

 眠れる美女は目を覚ます。


「お母様!」と、涙を浮かべて母を呼ぶミラル。抱き合う二人。それを見守る乃白瑠達と、大勢の子供達……。


 飛行機の機内。眠るベルサトリと小桜、楓を他所よそに、乃白瑠は原稿用紙に、楓からプレゼントされたOMASの万年筆を走らせていた。



『蘭は、アイ=レンの望み通りに、彼の遺骨を世界で一番美しい海に撒いた…… 了』


 乃白瑠は、『葬儀屋ランちゃん』の結末を完成させると、窓から外に目を遣った。


 脱稿だっこうした乃白瑠は、眼鏡を取り、瞳を潤ませる。


 機内のスクリーンでは、たった今映画が終わったばかりだ。

 エンディングロールが流れ、ある曲が乗客の耳朶じだに心地よい響きを与えている。


 ジョン=レノンの名曲『イマジン』……。


『Imgine there’s no heaven……』


(『天国などないんだと考えてごらん』か……。


ヘヴン、そして決して存在してはいけないネバーランド。だけど、人間は理想郷を追い求め、天使のように優しくなりたいのさ)


 乃白瑠の胸に去来する想いが、今完成する……。



「……という小説を書いたんですけど、どうですか小桜さん」


 原稿用紙をテーブルにバサッと置く小桜。

 東京神田のボロビル内の事務所。


「クシュ! アンタ、『設定利用罪』と『キャラクター盗用罪』で永眠刑よ!」


「冗談言わないで下さいよぉ!」


「フフッ。クシュン! 冗談よ。だけど中々面白かったわよ。ところでこの小説どうするつもり?。アンタの書いたこの小説、私が読んだから、今頃『想像国家』として工事が始まってるわよ。これ新人賞に応募するの?」


「迷っています。応募規定は四百字詰め原稿用紙で三百五十枚。此処ここまでで脱稿する筈だったんですけどね。実はこの後の展開があるんです」


 そこに、事務所の扉を叩く人影が二つ。


「クシュン! お客さんみたいね。クシュン!」


「風邪大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。ほら、乃白瑠君! お客さんを待たせない!」


 乃白瑠は扉を開け、事務所の中へと客を引き入れた。

 年は三十代前半の夫婦。夫はイギリス紳士。妻は日本人。

 夫婦は菓子折りを持っており、それを乃白瑠に渡す。どうやら深谷のおせんべ屋さん本舗ほんぽ煎遊の黒胡椒くろこしょう煎餅せんべいらしかった。

 編集長のウィズダムが革張りの重厚なソファーへと腰を下ろす。

 名刺交換。男性の方は、とある外資系企業の社長だった。


「依頼ですか?」


「はい……。『誘拐犯』という小説をご存じでしょうか?」


「はい優城美町先生が書かれた推理小説ですね?」


(誘拐犯?)乃白瑠と小桜が顔を見合わせる。


「あの小説が実際の誘拐事件をモチーフとした小説だという事はご存じでしょうか?」


「えっ?! それって、まさか!」と、お茶を運んできた乃白瑠が声を上げる。


「シッ! あなたは黙って! それでは言いましょう。あなた方の依頼内容は、小説『誘拐犯』に出てくる誘拐犯人の手から、小説の中でお嬢さんを助け出して欲しい。違いますか?」


「そ、そうです! 何故わかるのですか?」


「やっぱりね……」と、小桜は乃白瑠を睨みつける。


「乃白瑠君。わかるわね。あなたが書いた『剣撃文庫』が実現しようとしているわ」


「どういう事だ小桜君」


「はい、実は……」


 小桜はウィズダムに、乃白瑠が書いた『剣撃文庫』の原稿を手渡す。

 時間が砂のように、沈鬱な雰囲気の端を痛めつけるように流れた。


「ふむ……。『剣撃文庫』の所持者である乃白瑠君の力だな」


「僕はどうしたらいいんでしょう……。怖い!」


「でも、そうとわかったらやる事は一つよ」


「何ですか?」


「あなたはこの『剣撃文庫』を完成させるのよ」


「あっ! そうか! 小桜さんあったまいい! でも、どうやって?」


「それを皆で考えるの!」


「小桜君! 楓さんと我王君にも連絡を入れてくれ! 楓さんの画力ではイラストにならん。ことによると『誘拐犯』にダイブしなければならないからな。今から旅館に缶詰だ!」


「場所は!」


「乃白瑠君、リクエストはあるか?!」


「では、伊豆なんかいいですね!」


「その経費は私達が支払います」


 大企業の社長夫婦が申し出る。


「よし! 行くぞ!」





第33話 了

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