第32話 純白(じゅんぱく)ではない意識



「大変! ピ-ターパンが!」


 小桜が双眼鏡から目を離し、後ろを振り返る。


「どういう事! 答えなさい!」


 小雪の言葉は絶叫に近い。その双眸そうぼうに怒りを滲ませている。


「奴が権瓦麗人だからです!」


「何ですってっ?!」


「閻魔王庁から連絡が入りました! 権瓦がピーターパンの役をやっているのです!」


「どういう事?!」


「ピーターパンは勿論この小説の主役! オーディションでその役を演じる魂が選ばれるのですが、ある所からの推薦状で、オーディションなしで権瓦が選ばれたのです!」


「梶瓦麗人って優城美町先生の書いた『誘拐犯』のキャラクター。架空の人物でしょ?!」


「聞いて驚かないで下さい! その元の権瓦を演じていた人物が誰なのか?!」


「一体誰なんですか?!」


「それは亡くなったサー・レグルス=セランヌ! ユラリアの夫だったんですよ!」


「!」 

 

「ピーターパンの正体が梶瓦、そしてサー・セランヌというのは本当ですか?!」


「間違いない!」


 驚愕する乃白瑠達。特に小雪と楓のショックは大きい。


「構え!」


 狙撃しようとする特殊工作員達。


「やめなさい! いくら正体が誘拐犯とはいえ、相手は赤ん坊ですよ?!」


 その言葉を発したのは、何を隠そう小雪だった。流石さすがである。


「これは命令よ。教育大臣、冴元さえもと香梨亜かりあの娘としての!」


「!」


 驚きを隠せない乃白瑠。


「時と場合によっては殺害も許されているのです! 撃てっ!」


 倒れるピーターパン、ではない。倒れたのはフックだ!


「フック?! どうして俺を庇った!」


「フフフッ……。決まっている」


「何が決まっているんだっ?!」


「育てた子を、鍛えようとしている子供を死なす訳にはいかぬ……。張り合いがなくなるわ!」


 そう言ってフック船長は笑顔を見せた。見つめ合う二人。


「よかった……」と、ティンカーベルが呟く。


「……おかあさん」


「ピーター! お母さんと呼んでくれるの?!」


「あたりまえだよ」


 その瞬間、赤ん坊だったピーターパンの姿が時間を取り戻し、少年の姿に戻った。ワニが、ガンジス川のワニであったクベーラ、毘沙門びしゃもん天様が力を貸した。

 ワニが時計を吐き出した。

 止まった時間が元に戻る。

 そして、フックはピーターパンを見つめる。言って欲しいのだ。その言葉を。


「……」


「?!」


「死なないでっ!」


「そう言ってくれるのか!」


「当たり前だよ!」


 感動の対面に、海賊達の目に涙が浮かぶ。

 その瞬間、少年姿のピーターパンの姿が更に、青年の姿へと変貌する。


「おおっ! 何という凛々しい姿なのだ!」


「嬉しい! 認めてくれた!」


 涙を流して、ピーターパンは嬉しがった。


「お前に願いがある。私が死んだら世界で一番美しい海に私の骨をまいてくれ」


「大丈夫! 死なせやしない!」


「ピーター!」


 抱き合う二人を、月光が優しく包んでいた。


「!」


 双眼鏡を覗いていた小桜がギョッとして目を見張る。

 成長したピーターパンの顔が、レグルス=セランヌの屋敷で見た彼の肖像画にそっくりだったからだ!

 と、その時だ! 突如、皆の脳裏に誰かの声が聞こえてくる。その声には聞き覚えがある。誰の声だ? そう、その男の名前は……。


『私だよ。乃白瑠君』


「こ、甲乙龍之介!」


 空を見上げて叫ぶ乃白瑠


『どうだった? 私の書いた小説は?』


「何だとっ?」


『お前は自分で書いたシナリオ通りになったと思っているようだが、全ては私が『現実世界』で書いていた、という事だよ』


「!」


 そこに小桜が話しかける。


「龍之介。久しぶりね」


『……』


「でもあなたの想像力で書いた事柄はこの小説世界の免疫機能によって排除される筈よ!」『私を甘く見るな。私が自分の想像力の周波数を変えられるという事をまさか忘れたか?』 そう、甲乙龍之介は、ユラリア=セランヌの想像力に同調して、この『永遠のピーターパン』のシナリオを書いていた。そしてその通りに、乃白瑠達は、まるで釈迦の手のひらでもがく孫悟空のように躍らされていた、というのだ。


『どうだ? 面白かっただろう?』


「貴様は、神になったつもりか!」


『そうだ! 小説家はその想像国家の神なのだ! 現実世界でもわかるだろ。お札の肖像画は、文学者の肖像画になっている!」


「!」


「そして、全ての想像力と同調出来る私こそ、全ての小説世界を束ねるに相応しい男!』


「!」


『私の予定通りに、ピーターパンは大人になった。後はウェンディーと結婚させ、子供を作らせ、その子供の想像力が新たなるネバーランドを現実世界に現出させる!』

「そんな事は絶対させない!」


「もう、手遅れだ。ピーターパンの姿を見たろう? 元に戻ったレガルス=セランヌと彼の妻であるユラリアとの愛情は復活した。あの二人はまた結ばれる。そして現実世界では、ミラルも戻った」


「まさか! お前は、その家族の愛を復活させる為に?!」


 乃白瑠、小桜、小雪、楓。そこに居る全ての者が天を仰ぐ。


『ミラルは解放した。鬼子母神の髑髏法。鉱物を発見してくれる童女として、重要な鉱物の在りかを教えてくれたよ。ただ。勘違いするな! ユラリアにも、ミラルにも何も、何もだ、手出しはしてない!』


「よし! お前は何を探していたのだ?!」


『お前達に教えてもどうする事も出来ないだろうから、教えてやろう。元素46……』


「元素46?!」


『では、また今度、会える事を楽しみにしているよ。一年前の借りを返す事をな……。あ、そうそう。ウィズダムに伝えてくれ。『不死身の文庫』は私の許にあるとな。コールドスリープ! その理論も、世界の般若と共にある! ユラリアは、本当はお前を愛していたんだ。お前の娘の病を治す為にな!』


「ま、待て!」


 虚空こくうを睨み、そう叫ぶ乃白瑠。海から吹く潮風が、声をかき消す。楓が慌てて問いただす。


「龍之介さん! 私の姉は何処ですか?!」


 甲乙龍之介と楓の姉の流花の魂は合体しているのだ。


『私と共にいる』


『楓。心配しないで。私とっても幸せだから』


『では』



第32話 了

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