第31話 涙のタンク



「ミラル! ミラル! 無事なのねっ?!」


「はい! お母様!」

 

「よかった!」


 親子の触れ合いに、思わず涙を浮かべる羅王様。そこに肩に包帯を巻いたベルサトリが法廷内に入って来る。ミラルの涙を浮かべた笑顔が映し出される。

 眦に溜まった涙のタンクがせきを切ったように溢れる

 それを見たウィズダムが、


「ミラル! 無事だったのか?!」


 と、そこにバリーが歩み寄って来る。


「ミズ・セランヌ。これは私の推測だが、『永遠のピーターパン』は、あなたの娘さんの為に書いたものだね? 娘さんにだけ聞かせるように」


「はい!」


「そうか。では、貴女あなたがどの位『ピーターパン』を愛しているかを証明してみなさい」


 思いもかけない言葉を口にするバリー。

 そうだ。まだ裁判は続行中なのだ。ユラリアは涙を拭いて、


「どうやってでしょうか?」


「暗唱だよ。何度も読んでいれば、内容をそらんじる事が出来る筈だ」


 ユラリアは、困った顔で助けを求めるようにベルサトリを見る。

 見つめ返すウィズダムが、コクンと頷く。ユラリアも頷き返す。

 ユラリアは、『ピーターパンとウェンディー』の冒頭から語り始める。

 目を閉じ、それを黙って聞いているバリー。


「もう、いい……。わかった。ピーターパンの話には、夢がある。その夢を忘れないで欲しい。誰でも子供のままでいたい。働きたくない。夢を追っていたい。その中で、我々は大人になって、夢が叶った人と、叶わないで働く人に別れて行く」


「はい」


「それを勝者と敗者とはしたくない! 永遠の少年ピーターパン。エロス、天使の国に導く者。ペテロ・パン。初代ローマ法皇猊下ペテロ様の子供達。子供に、勝者も敗者もない!」 


 現在、学校では、運動会から個人競争の競技がなくなっているという。

 しわくちゃな目尻から流れ落ちる涙が、万感の思いを込めて、光っていた。


「告訴を取り下げます……」


「えっ?! バリーさん 本当ですか!」


 ウィズダムが叫ぶ。


「『永遠のピーターパン』を『ピーターパン』シリーズの続編と認めます」


「そうか!」


 羅王様の顔に笑みが浮かぶ。


「いい声だった……。お母さんが子供に御伽噺おとぎばなしを聞かせる時の声……。あったかくて、心地よくて……」


 その瞬間驚くべき事が起きた。世界中でだ。バリーさんの魂の分霊の一人によって『ピーターパン』シリーズの続編が本当に書かれ、それが子供達によって読まれ始めたのだ。それは、ある一人の日本人小説家の呼びかけによってだった。ファンタジー世界の子供の誘拐犯『ピーターパン』。

 『PAN』の反対は、『NAP』=誘拐。それを現代にアレンジした優城美町。秘匿していた『ピーターパン』の初版本を自分の子供に聞かせたのだ。

 その瞬間、『想像世界』でのピーターパンも復活した!

 そして、サー・バリーが徐に言葉を紡ぐ。


「皆さんが知らない事を教えましょう。ミズ・ユラリア。あなたは全てのピーターの魂を集めるつもりでしたね。そしてその全てのピーターの魂を合体させるつもりでしたね」


「っ! 何故、それを?!」


「私もそのつもりだったからですよ。ピーターとは聖ペテロの事。殉教したペテロもキリスト教徒の魂を産んだ。この信仰なき時代に岩のように硬い信仰を持った新たなるピーターを誕生させるつもりだったのです。子供達の悪い大人と戦う純真な心! それを我々は復活させようとしている!」


「その通りです。それがピーターパンです」とユラリアは答えた。


「それとベルサトリ。パンは誤解を受けている」


「何の事しょう? 羅王様」


「皆は半獣神パンがサタンだと言う。それはパンの下半身が山羊だからそう考えたのだろうが、どうだ、バリー殿。あなたはそう考えた訳ではあるまい?」


「そうです。人間の上半身に山羊の下半身。つまり欲望=下を抑制する人間の理性=上。決して下半身の欲望に操られる人間の事ではない。その象徴として理想人間のピーターパンを想像しました。修行者。山羊の性欲を抑える理性を鍛える修行! その中で自分が追い出した罪の欲望の霊こそが、悪魔なのです!」


「やはりな。性欲等の生命力そのものは悪の力を連想させるが、それを制御する神の恩寵、即ち、理性の光は神から与えられたもの。そして、その両者の合一こそが、理想の人間を生み出すのだ。それが永遠の存在、ピーターパンだ!」


 その場で沈思ちんし黙考もっこうする皆。


「判決!」


 閻魔大王の一人、羅王様が主文を述べる。

 とうとう判決だ。大岡裁きで有名な羅王様。


「被告を無罪とする!」


 皆からどよめきの声があがる。


「ただし、被告ユラリア=セランヌを、星援隊せいえんたいの活動に参加し、一定期間、奉仕活動に従事する事を厳命する!」


「星援隊?」


 ユラリアは、聞き返した。


「現実世界においての想像国家。それは星さ! 大天使メタトロンの理論で、電子の放出に伴い、星のコアの周囲に出来る電荷帯、バン・アレン帯の内側と外側が逆転した時、プラスとマイナスの電荷粒子が融合し、原子が出来る。その水素融合から始まった星。星の核が星屑だったのだ。エレクトリック・ユニバース理論で惑星が形成される。ヘブライ文字22文字を使って、その義の教師メタトロンは、歴史を記述する。それが、その惑星のシナリオになる。言葉が、ロゴスが世界の歴史を作る。ユラリア。お前は、自分で書いた小説から作られた想像国家、星を救うのだ!」


「はい!」


「ところでユラリア。甲乙龍之介は今何処だ?」


「そ、それは……」


「庇う事はない。お前に賞金をかけたのが誰か知ってるか? 奴だよ」


「えっ?!」と、顔を見合わせるベルサトリとユラリア。


「ハッ?! 皆が危ないっ!」


 と、そこに梶瓦を捜索していた特殊工作員がやって来る。


「ピーターパンは何処ですか?!」


 そのリーダーらしき男が小雪に問いかける。


「ジョリー・ロージャ号の甲板の上です。あっ! 何をするつもり?!」


 一斉にライフルを構える特殊工作員達。


「構えっ!」


「何をするんですか!」と、乃白瑠が一人の工作員の腕にすがり付く。


「ウワッ!」と、その男に殴られ、乃白瑠は吹っ飛ぶ。


「何をするんですかっ!」


 頬を押さえる乃白瑠に駆け寄った小雪と楓。

「ピーター!」と、叫んでアルフレッドが駆け寄る。




第31話 了

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