第30話 少年の純情(じゅん・じょう)



「赤ん坊に戻っても剣の腕は鈍ってはいないようだな!」


「お世辞か?!」


「素直に受け取れ! 褒めているんだよ!」


「やめなさい、二人共! 二人が戦う事なんてないのよ! 二人が戦う事なんて!」


 セーラさんではないが。

 ピーターパンとフック船長との戦いを見守っていたティンカーベルが叫ぶ。

 と、チクチクチクという音が聞こえてくる。


「ヒィッ!」


 ワニがやって来たと思ったフック船長が悲鳴をあげて体を崩す。

 フック船長の心臓目がけて短剣を突き刺そうとするピーターパン!


「やめてぇ!」


 またもやフックを庇うべく彼の前へ飛び出したティンカーベルを、ピーターパンの短剣の切っ先が貫く!


「ティンク!」


 とんでもない事をしてしまったと、茫然ぼうぜん自失じしつとなるピーターパン。


「ティンカーベルよ! どうして私を庇った?!」


 フックがティンカーベルの体を持ち上げる。


「……息子に、父親替わりを……、殺させる訳には、いかない……から……」


「何? どういう事だ!」


「フック……。ピーターパンは、あなたの育てた息子なの……」


「!」


 そこに居た全ての者が驚愕する。


「ゼウスを助けた母レア。そしてイーダー山で山羊達、サテュロスに育てられた。ピーターが山羊の下半身を持っているのは、山羊のミルクで育てられたから……。山羊は性欲旺盛。その性欲を抜く為にパンは自慰行為を開発した。だから、子供達を許して欲しいの! フック! あなたはパブリックスクールで厳格な教育を受けた。しかしイエス様のような母親に育てられた甘いしつけでは、子供は優しくなるけど、堕落もしやすい! だからあなたには、日々が日常との戦いだという事を教えてあげて欲しいの! 欲望の誘惑もある! その中でどう法律と向き合っていくかをわからせてあげて欲しいの! 自慰行為をした少年を許してあげて欲しい! 自慰行為を禁止した時に起きた獣姦、同性愛! 自慰行為を禁止したが故に堕落した人類!」


 小桜は双眼鏡を覗いている。


「小桜さん! どうなってるんですか! 教えて下さい!」


 乃白瑠が小桜の肩を揺する。


「わかんないわよ! 赤ん坊のピーターパンとフック船長が戦ってたんだけど、ティンカーベルがフックを庇って……」





 改造モデルガンではない。改造モデルガンのブリッドはあくまでプラスチックのBB弾であって、実際の拳銃チャカが鉄の銃身で放つ鉛の弾ではない。

 モデルガンを改造し、空気圧で衝撃力を増すだけの改造モデルガンの殺傷能力。


 実際の拳銃から放たれた鉛のブリッドが、


 騒然となった法廷内。逃げ惑う傍聴人達。


「静まれ!」


 閻魔大王は、立ち上がって事態を収拾しゅうしゅうしようとする。

 警備員が葛木を取り押さえようとするが……、


「ユラリア=セランヌ殺害はあのお方も認めている! これがその命令書だ!」


 葛木麿実がその命令書を高々たかだかと示す。


「何だと?!」


 拳銃の弾が穿うがった傷痕から鮮血せんけつほとばしる。傷口をさえる。ウィズダムの顔に驚きの色が走る。


「羅王様!」と、彼の瞳が訴えかける。嘘だと言ってくれと。


「事実だ」


「えっ?!」


「彼を医務室へ運んでやれ」


「ハッ!」と、担架を持って来た警備員達がウィズダムをそれに乗せる。


「羅王様!」


 ウィズダムの声が空しく響き渡る。そして、扉から法廷の外へと消えて行く。


「羅王様! それは本当ですかっ?!」 


 羅王尼さんが慌てて羅王の許へと駆け寄る。


「仕方がなかった。これは上からの命令なのだ……」


「上からって、お姉様は冥界の裁判官ですよ? お姉様より上の立場と言ったら……」


「それ以上は聞くな」


「まさか?!」


「乃白瑠には言わないでくれ。私も辛いのだ……」


「はい……」


「すまぬ」と言って、炎王は悲しい笑顔を見せた。


 そして、残されたユラリア。血の着いた手。茫然自失となってへたりこんでいる。


「羅王。ユラリア=セランヌを我々に引き渡して貰いたい。有罪と初めから決まっているこの裁判など茶番に過ぎない!」


 葛木麿実が美少女戦隊ゴレイザーと共ににじり寄る

 羅王は虚空を睨みつけている。そして、乃白瑠の顔がよぎる。


「……それは出来ぬ相談だな」


「羅王様っ!」


 顔に満面の笑顔を浮かべて両手を組む羅王尼さん。


「どういう事ですかな? 羅王」


「言葉の通りだ。おい警備、奴らを此処からつまみ出せ」


「いいのですか。そんな事を言っても」


「構わん」


「そうですか。では、覚悟しておいて下さい。弾劾だんがい裁判をね」


 そう捨て台詞せりふを残し、ゴレイザーを引き連れ法廷を後にする。

 羅王尼さんにグッと親指を突き立てる羅王様。氷王さんもそれに笑顔で返す。


「それでは続きを始めよう」


 炎王が裁判の開始を宣言する。


「ユラリア=セランヌ。ウィズダムが居ては聞けなかったが、これからお前が聞きたくない事を聞くぞ。いいか?」


「……」


「しっかりしろ!」


 叱責しっせきの言葉に硬直していた体がビクッと反応する。


「大丈夫だな」


 羅王の言葉に従い、席に戻るユラリア。


「お前が甲乙龍之介と行っていた鬼子母神の髑髏どくろ法に使った頭蓋骨。それはお前の夫、夫レグルス=セランヌのものだな」


「エッ?! そんな!」


「レグルスは、殺されても今でもお前を愛しているぞ」


「ど、どういう事ですか?!」


「魂となったレグルス=セランヌは、お前が子供を欲しがっている事を知ると、優城美町が書いた『誘拐犯』の犯人、梶瓦麗人となり、お前の為に様々な『想像国家』から子供を誘拐し、『永遠のピーターパン』へと送り込んだ」


「えっ?! それは本当ですかっ?!」


「だが今、そのレグルス=セランヌが誰に姿を変えていたかは知るまい」


「誰ですかっ?!」


「お前が育てていたピーターパンだよ」


「う、嘘っ!」


「事実だ。殺されてもなお、お前を愛する彼の純愛を知り、『永遠のピーターパン』における主人公のオーディションの時、私が推薦状を書いたのだ」


「!」


「彼は言っていたよ。愛する妻に私の母になって欲しい、と」


「ウワッ!」それを聞いて、ユラリアは泣き崩れる。


「彼からの伝言だ。母と娘。私がいなくなっても仲良くやって欲しい、とな」


 大粒の涙が流れ落ちる。


「娘の事が気掛かりではないか?」


「娘に、ミラルに会いたい!」


「わかった。その言葉を待っていた。羅王」


「はい。お姉様」


 羅王尼さんの持っていたリモコンで、天井からスクリーンが降りてきて、炎王様の背後にあるそれに、ある少女の姿が映し出される。


「ミラル!」と、ユラリアが叫ぶ。


「ユラリア。私の肩に手を置け」


「大変です! ミラル様が! ミラル様が戻って来られました!」


「何ですって?!」


 執事のクリストファーを始め、メイド達、警察関係の人間が一斉に玄関の外に出て来る。体に別条べつじょうはない。だが、さながら夢遊むゆう病者びょうしゃのようにうつろな目。


「よく、ご無事で! お嬢様!」





第30話 了

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