第29話 ダバ・マイ ロード




「ピーターパンの父親はフック船長ではない……。あれは、一般的な怖い父親を投影したモデルだ。私の父親は優しかった……」


「恐らく、最愛の子供アングロサクソン、エンジェル イサク ソン。天使のイサクの息子にとって、父親アブラハムの両面の事でしょう」


 ベルサトリの言葉に固唾かたずを飲む聴衆。


「どういう事だ?」


「イシュマエルの父親の顔である、改名する前のアブラム。そして、神により改名した後の父アブラハム。その名前の違い! シュメール語で、アブラムのラムは火星の意味。アブは父の意味。つまり、火星、戦争の父という意味をアブラムが持つ」


「何! じゃあ、アブラハムは!」


「同じシュメール語で、アブラハムのラハムは金星の意味を持つ。つまり、戦争の神、アレスの父親の顔と、金星神アフロディーテの父親の顔。その両面を合わせ持つのはデウス! 怖い魂と優しい魂」


「!」


「戦争の父になる筈だったアブラムに、神が優しい電波を出して、アブラハムにした。

電波の大天使ガブリエル。6月1日は電波の日。神の力を意味するガブリエル。鏡の前に立っても、自分の美貌に自惚れない大天使。サタンであるルシファーは思いあがったが、鏡の前に立つ事で自分を評価する事が重要なんだ。ガブリエルは美しいが、謙譲の美徳を持った存在だ。イエスはフェラーリのような駿馬に乗らず、駄馬、太陽の象徴のロバに乗ってエルサレムに入城したのだ」


「そうか!」


「何故、泥棒の神なのに民衆に人気があるか。フック船長は、北欧の海賊バイキングの語り伝える北欧神話のオーディン、ギリシア神話のヘルメスですが、義賊だった筈です。貧しい貧民達に盗んだ分捕りものを分け与える日本の義賊! 旧約聖書のヤコブの言葉に、こうあります。ベニヤミン族はかき裂く狼。朝にその獲物を食らい、夕にその分捕物を分けるであろう、と」


「フックを庇うのか? ウィズダム殿! 資本者階級のユダヤ人から財産を接収して、貧しいドイツ人に分け与えたヒットラーは、義賊なのだろうか?」


「いや、違う。何故、ユダヤ人がお金を持っているか。何故蓄えがあるのか。つまり国家財政を救う為なんだよ。民衆は蓄財しない。すぐ使ってしまう。しかしユダヤ人のように日々自制して財産を蓄え、いざという時の為に備える! そういう金銭的支柱だった筈だ。それが全体主義で、共有財産にしようと接収したのがドイツのナチだ。如何なる理由があろうと、ユダヤ人から財産を巻き上げるような事があってはいけない。金銭の流れ、経済の流れを操り、金銭に掛かる欲望などの怨念ルサンチマンをお祓いする役目を追っているのだから。特にドイツはウィンナー等の豚肉製品を食べる。その豚肉のお祓いを、豚を食べないユダヤ人は出来る。豚は汚い動物だと思われながら、殺され、食べられている。つまり人間を呪った荒魂の原因、サタンの憤怒の原因ともある。だからそのサタンのサを抜く事。中国ではウーロン茶によって、脂肪を分解。豚肉の荒魂の体への蓄積を無くしているから荒れなかったのだ。ドイツは豚肉を食べないユダヤ人にホーリーマネーロンダリングを任せた。金銭の浄化を任せればよかったのだ。洗礼、お金を洗う事。銭洗い弁天。ヒンズーのサラスヴァティー! ユダヤの聖母、イサクの母サラ! アブラムを優しくした神とお母さんがどれ程優しいか!」


 バリーの瞳に浮かんだ涙の言葉を探る。ママ……。


「バリー殿。あなたはネバーランドが実現して欲しいと思いますか?」


「……そう思うが、決してそうはならないだろう」


「何故ですか?」


「貴殿ならわかる筈だ」


 傍聴人は不得ふとく要領ようりょうだ。


「はい。わかります。『Heaven』。そのスペルを反対から読むと、『Neveah』。即ち『Never』。天国とは決して実際に存在してはいけない、心の中の理想郷であるという暗示ですね?」


「私はキリスト教徒だ! 天国は存在する!」


「天国とは老いや苦しみと無縁な理想郷です。では、『現実世界』が存在する理由とは何なのか? 人間は老いていくに連れて欲望とは無縁の存在になります。此処で往生すれば、この世に我執を残さずに彼岸へと旅立てますが、もし執着を残せば、悪霊となってしまう。つまり自然の老いという現象があるからこそ、人間は自然と往生出来る。ですからこの世の全ての人間が良い霊となるには、老いや苦しみのあるこの『現実世界』が必要なのです。ですから、全ての人間が天使になるまで、この『現実世界』は終わらせてはいけないのです。現実世界からの卒業こそ、天国への解脱!」


「そうかもしれぬ。ネバーとは、苦しみが決してない場所、エデンという事!」


「あなたにインドのヨーガの知識があったとは思えませんが、『クンダリーニ』という言葉をご存じですか? 『クンダリーニ』とは、この宇宙を創造した蛇の力の事です。そして、あなたの書いた『ケンジンントン公園のピーターパン』に出てきますね。『蛇形池サーペンタイン』。ピーターパンの島が浮かんでいるという池ですが、その蛇とは正しく『クンダリーニ』、即ち眠れる蛇の事であると私は思うのです。あなたは無意識に、宇宙を創造したと言われる蛇の水、即ち蛇が流した涙の中に、天国、『ネバーランド』を浮かべた。ズバリ言いましょう。『ネバーランド』とは、胎蔵界、アーク。つまり、ピーターパンを生んだティンカーベルのアークこそ、ピーターパンにとっての宇宙を意味するのです! 蛇形池に浮かんだ島、つまり子宮の中に宿ったピーターパンこそ、ネバーランドそのものに他ならない!」

 

 そこでウィズダムはハッとする。


「わかった! 甲乙龍之介がどうやってネバーランドを現実化しようとしているのかが!」


「何?! どういう事だ?!」


「閻魔大王様! 甲乙龍之介はティンカーベルを殺そうとしている! ピーターパンの母親であるティンカーベルを殺し、新たなる人間界の母親を創造しようとしているのです!」


「新たなる母親だと?」


「そうです! 甲乙龍之介はピーターパンを結婚させようとしている! 『現実世界』でピーターパンが結婚をし、子供を作る事によってネバーランドが現実化するのです! 子供達が生まれ変わるのです!」


「何だと?!」


「そこまでだ! ウィズダム!」


「葛木麿実! お前達はピーターパンを『現実世界』に出させない為に彼を消去しようとしたな!」


「その通りだ!」


「だとしたら、まずい! 乃白瑠君達はピーターパンを大人にする為に彼の両親に愛情を注がせようとしているのだ! ハッ、そうか! 甲乙龍之介の狙いは、本当の父親と、母親ティンカーベル、息子ピーターパン、その妻ウェンディーとの家族愛を復活させる事!」


「どういう事だ?!」


「羅王! 夫は半獣神パン。妻はアフロディーテ、そして子供は愛の神エロス。そして、その神々は縁結び、多産、豊饒ほうじょう、生命の誕生の神! ピーターパン一家の家族愛を復活させる事で、甲乙龍之介は新たに全自然を想像、創造しようとしている! それはつまり、もう一つの『現実世界』の創造に他ならない! 過去に誕生する天国世界!」


「そうか」


「驚かないのか?!」


「ああ。ピーターパンを殺さずとも、それを阻止する方法があるからな」


「!」


「気づいたようだな。そうだ。ご苦労だったな。彼女を此処まで連れて来てくれて」


 と、言って懐に手を入れる葛木磨実。


「ユラリア!」


 ウィズダムは走ってユラリアの前に飛び出した。一発の銃声が法廷内に響き渡る!


「ウクッ!」


「ベル! 大丈夫?!」





 肩口を押さえるウィズダム―。






第29話 了

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