第26話 オラナーティブ



「ごめんなさい! バリーさん!」


 一向ひたすら謝罪の言葉を口にするユラリアの目にも涙が溢れ出す。


「駄目ですよ、バリー殿」


「くそっ! 貴様の書いた駄作ださくを絶対消滅させてやる!」


 大作家が昔書いた駄作を消滅させる物語……。

 葛木麿実がバリーを諌め、その場を離れて法廷へと入廷する。

 ユラリアの側へ歩み寄り、彼女を胸へと抱き寄せるベルサトリ。

 秋王も駆け寄り、ユラリアに優しく言葉を掛けた。


「大丈夫。ユラリアさん。春王様もきっといいように判決をして下さると思います。あなたの命までは取られませんから。でも、『永遠のピーターパン』の消滅は……」


 羅王尼らおうにさんは、そう言って言葉を濁す。

 三人は揃って入廷する。法廷はこの『想像世界』の行方を占うこの裁判を傍聴しようと多くの傍聴人が集まっていた。

 それぞれの席に着く三人。それを確認した羅王様が、裁判の開始を宣言する。

 そして、検察側の冒頭陳述が始まる……。



 一方、乃白瑠達は……。


「ピーターは?」


「大丈夫。ぐっすり眠っているわ」


 小雪がアルフレッドに答える。


「よし。じゃぁ、楓ちゃん頼むわよ」


 小桜が楓の肩を叩いた。


「任せて下さい! 私、絵には自信があるんです」


 そう言って胸を叩いた楓は、小桜から手渡されたペンを持って、虚空に絵を描き始めた。楓が書こうとしているもの。それは『剣撃大王』である。

 『剣撃大王』。それは色々な小説の中で小説家が生き生きと描き出した主人公である剣豪の集合体である。

 このペンは編集者である小桜が予備で持っているものである。


 本来、『剣撃文庫』の専属 威羅[《イラ》主闘スト霊陀レータである龍源氏りゅうげんじ我王ガオが持っているものなのだ。

現在彼は、抱えている連載漫画の締め切りに追われ、ダイヴしていない。

 皆がワクワクしてその完成を待つ。輪郭が出来た。皆の驚きの表情。


「後は色塗りね。教えて貰った通りに印を結んでっと……。妖精さん! 出てきちゃっておくんなまし!」


 次の瞬間。目も眩むような輝きの中に現れた穴から、絵筆を持った多くの妖精が次々と現れ、色塗りを始めた。口をあんぐりと開けたアルフレッドを始めとする子供達。

 ワイワイ言いながら色塗りをしている妖精達。はみ出た箇所はホワイトで修正したりして。そして、完成すると同時に、元の穴へと戻って行く。

 そして開眼の儀式。最後に楓が目を描き入れる。うんうんと頷き、自慢げに、


「乃白瑠さん! 出来ましたよ!」


 乃白瑠の方を向く。乃白瑠に認めて欲しい。その瞳がそう言っていた。


「……」


 目の前に現れた『剣撃大王』の姿に驚きの表情を隠せない乃白瑠。


「瞳の中に星がある……」


 そう、小学生が描く少女マンガもどきの王子様のような『剣撃大王』。


「あのぅ、気に入らなかったですか?」


「そ、そんな事ないよ!」


 乃白瑠は、楓を傷つけないように慰めの言葉を掛ける。

 そして、神々しい光りに包まれ、『剣撃大王』の魂が宿る。


「若、お呼びですか。ハッ?!」


 呼び出された途端、体の異変に気づいた『剣撃大王』。


「若……。な、何ざますか、この体は……?」 


 自分の体を見下げて、『剣撃大王』は瞠目どうもくする。


「おい、何か言葉遣いが変だぞ?」


「そうざますか? い、いや、何だ、この言葉はぁぁぁぁぁぁ! 武士道に生きる日本男児ともあろう者がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「馬鹿! そんなでっかい声出したら気づかれちゃうだろうが!」


「あっ! あいすみませぬぅぅぅ!」


 口許に手刀風に右手を添えて女笑いする『剣撃大王』の姿に涙する乃白瑠君だった。


「ま、まぁこの際仕様がないわね。いい。作戦を立てるわよ。まず乃白瑠君は此処で待機」


「えっ?! 僕、乗り込まなくていいんですか?」


「あんたみたいな虚弱でひ弱な眼鏡小僧が、あのフック船長とやり合うっての?」


「それはそうですけど……」


「だから、前もって予測して『剣撃文庫』にシノプシスを書いておくの」


「予言小説って事ですか?」


「あんたなら出来る筈よ」 


「やってみます」


 乃白瑠は懐から『剣撃文庫』と万年筆を取り出すと、目を閉じて集中する。

 今までのおちゃらけた表情から一転して、仕事に集中する小説家の顔になった乃白瑠が、剣型の万年筆で『剣撃文庫』の白紙のページに文章を綴り始めた。

 その姿に小雪と楓の視線が集中する。


(格好い……)


 改めて惚れなおす二人の美少女。


「出来ました!」


 乃白瑠が書いた『剣撃文庫』の文章が虚空に浮かぶ。合計10ページ。

 それに目を通す小桜。


「乃白瑠君、これ本当なの?!」


「多分……」


 乃白瑠の顔をまじまじと見つめると、編集者の小桜がそれに赤ペンを入れる。


「相変わらず誤字脱字が多いけど、まぁ、承認するわ。小雪さん。次はあなたの番よ」


「はい」

  

 臨時の編集長に就任した小雪が、それを速読し、


「大丈夫です。追承認します」


 サインを出す。


「流石、乃白瑠君。あなたの小説、誰も死なないでしょ。私、あなたのそういう所好きよ」


「えっ?!」


 思いがけない言葉にデレデレの顔になる乃白瑠だったが、思わず殺気を感じて楓の方を振り返る。案の定だった。


「コホン、いい。『剣撃大王』はこの通りに動いて。アルフレッド君達はそのサポート。いいわね」


「了解だ。フックとの闘いは我々の方が慣れているからな」


「じゃぁ、行動開始!」






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第26話 了

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