第25話 オラ・ウラ ベッカンコ!



「楓さん。ミルク温まったかしら」


「小雪さん。もう少しですわ」


「そうですか。楓さん」


 ギスギスした会話が何度となく続いていた。

 ピーターパンをあやす小雪。台所でミルクを温めているのが楓だ。


「はぁ~い! 出来ましたよぉ! ピーターちゃん!」


 哺乳瓶を人肌に温めた楓。


「小雪さん。私がミルクをやります」


「いえ、大丈夫。私がやるわ」


「腕が疲れたでしょう。私がやります」


 火花散る二人。


「大丈夫です。これも訓練だと思えば辛くないわ。将来のね」


「!」


 カチンとくる楓ちゃん。


「私がやりますってば!」


 小雪から無理矢理ピーターパンを取り上げようとする。


「駄目よ!」


 まるで大岡越前の裁判の光景だ。小屋の中で他の子供達がそれを見ている。


「オギャ~ッ!」


 ついに泣き始めたピーターパンに、漸く正気を取り戻す二人の鬼子母神。小雪は、


「よ~し、よし。いいこねぇ……」


「オラオラ ベッカンコ!」


「楓さん! レアな台詞せりふ! 悪魔にとっての禁台詞! 小桜さんの父親さん世代の肝付きもつき兼太かねたさんが主人公! ウラ・ウラ・ベッカンコ!」


 乃白瑠と楓のウラ・ウラ・ベッカンコ。

 泣き止まない赤子。次の光景に驚く楓。

 そう、それはまるで聖母子を見るようであった。

 小雪は他の子供達の視線の中で、そっとピーターを胸に抱いた。

 その香しいばかりの女性の体臭に安心したのか、ピーターは泣き止む。


(悔しいけれど、綺麗……)


 楓は、小雪の穏やかなプロフィールに、溜め息をついた。

  

「いたか?」


「駄目だ。いない」


 ティンカーベル捜索隊が一先ず集合する。もうかれこれ捜索から五時間が経過していた。


「ヒーッ! ハーッ! ゼーゼーッ!」


「ちょっと乃白瑠君。大丈夫?!」


「ハ、ハイッ! 小桜さん、だ、大丈夫れす!」


 喘鳴する乃白瑠の背中を摩ってやる小桜。

 と、そこに一人の子供が息せききって走って来る。


「ティンクがいた! いたよ!」


「何?! 何処にいた!」


 アルフレッドが問いかけると、その子供は、


「フック船長に捕まるところを見たんだ!」


 フック船長。言わずと知れたピーターパンの永遠の敵である。

 それを聞いた皆は、海賊川の河口、キッド入り江に浮かぶ、帆船ジョリー・ロージャ号が見える場所へと移動した。既に夕暮れである。


「どうする?」と、小桜がアルフレッドに尋ねる。


「夜になったら暗闇に乗じて乗り込む」


「わかったわ。こら! 乃白瑠何処へ行く! あんたも行くのよ!」


「え~! 僕もですかぁ?!」


 逃げ出そうとして小桜に捕まった乃白瑠の情けない姿を見て、アルフレッドは、


「なぁ、本当にこいつが『想像世界』を救った英雄なのか?」


「ま、まぁね……」と、こめかみをうねうね癇癪かんしゃく筋うならせて、小桜が答える。


「それと小雪さんと楓ちゃんを呼んで来て欲しいんだけど。戦闘になるかもしれないから」


「了解だ」


 ピーターパンの両親の行方を知るティンカーベルの情報を掴んだ《らおうに》さん。

他所よそに、ベルサトリとユラリアの方もその情報を知るべく、閻魔王庁へとやって来た。


「護衛すまなかったな」


「礼などいらん。これで借りは返したぞ」


 ぶっきらぼうにそう言って、モニターからパーデンの顔が消える。


「ユラリア。行くぞ」


「ええ」


 戦艦を降りた二人は、案内役の士官に伴われて法廷へと向かった。

 その法廷への入り口で、羅王らおう様の双子の妹である羅王尼らおうに

がベルサトリに声を掛ける。少しユラリアと距離を置いて話し始める二人。


「彼女がユラリアさんね」


「そうです」


「ベルサトリさん」そう言って秋王は耳打ちする。


「えっ?! 弁護人がいない?」小声で囁くベルサトリ。


「そう。誰も弁護しようとしないの。恐らくこれは彼女を絶対有罪にする為の処置。日本の文部省は是が非でもイレイザー発動に持ち込もうとしているわ」


 ベルサトリは、ユラリアを見る目に涙の力を込める。可哀想な少女と……。


「それと、これは此処だけの話だけど……」


 何やらまた耳打ちする羅王尼らおうにさん。


「何だと?! こうしてはおられん! すぐに乃白瑠君と小桜君達に知らせなければ!」


「そっちは任せて。あなたはユラリアさんの証人になって貰わないと」


 天井を振り仰ぐベルサトリ。


「……わかりました。頼みます」


 ベルサトリは深々と頓首とんしゅする。そこに


「ほら、見て。あれがサー・ジェイムズ・マシュー・バリーよ」


 こちらに向かって歩いてくるイギリス紳士。シルクハットを被り、コートを羽織ったその痩躯の老人こそ、『ピーターパン』を想像で創造した作家であった。


「!」


 そのバリーと一緒に歩いてくるのは、


「葛木麿実……」

 

 そう文部省の始末屋イレイザーである彼と、その配下の美少女戦隊ゴレイザーの五人組である。そのバリーがこちらを見つけ、驚きの表情をする。


「ウェンディー!」


 一目見てこの少女ユラリアがウェンディーだと見破ったバリーが、思わず駆け寄る。


「間違いない! ベッドフォードの挿絵さしえそのままの姿!」


 F・D・ベッドフォード。『ピータとウェンディー』の初版本の挿絵画家である。

 その皺くちゃな顔に大粒の涙を流すバリーに、葛木麿実が耳打ちする。


「何?!」


 その途端、顔面に怒りを走らせ、頬を紅潮させる。


「貴様のせいで、私の愛すべき『想像国家』が消されようとしているのだ!」


 持っていたステッキを振り上げるバリー。


「ごめんなさい! バリーさん!」


 一向ひたすら謝罪の言葉を口にするユラリアの目にも涙が溢れ出す。


「駄目ですよ、バリー殿」


「くそっ! 貴様の書いた駄作ださくを絶対消滅させてやる!」



第25話 了

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