第22話 悪死座魔文庫新人賞受賞者
「今年の悪死座魔文庫新人賞受賞者。記事で読みました。あなたがお姉さんと共同で執筆した『魔法がきこえる』。とっても良かったわ」
「あ、ありがとうございます……」
「私だって、小説家の端くれとして、理想を追い求める者の一人。だけど、バランスが必要だと言っているの」
そこに、将校が口を挟む。
「百合様。時間がありません」
「あ、そうでした。それとユラリアさん。心配なさらないでね。逮捕というのは口実で、逮捕して拘束していれば、兎に角あなたの命までは狙われずに済むの」
「そうです。我々はこの想像国家の想像主を守る『想像警察』。あなたを守る為に、あなたを拘束するのです。それともう一つ」
「もう一つ?」
「梶瓦麗人がこの想像国家に逃げ込んだらしいのです。この兵士達はそれを探索する為の特殊工作員です」
「梶瓦だと?」
ベルサトリが突然声を荒げる。
梶瓦。一週間程前に、ベルサトリと乃白瑠達が対決した、連続幼女誘拐犯の名前である。断っておくが、彼は、この事件をモチーフとした作家の優城美町が書いた小説、『誘拐犯』に出てくる架空の真犯人である。
「編集長!」
「わかっている!」
「ちょっと待って下さい。梶瓦を探すのは我々の仕事。あなた達には別にやって頂きたい事があるのです」
「やって欲しい事?」
小桜が聞き返す。
「あなた達にお願いしたいのは、ピーターパンを成長させる事です」
「ピーターパンを成長させる?」
「ピーターパンは妖精と人間との合いの子。生まれて一週間で彼は両親の許から逃げ出します。つまり、彼は親の支配から抜け出し、親の愛情を拒絶して育つ訳です。だから、彼は大人のいない子供だけの世界を創造した。今度は再び赤ん坊になってしまったピーターパンを成長させる」
「でも一体どうやって……」
そこで一同が考え込む。
暫く無限の沈黙も似た空気がたゆたい、風が樹木をざわつかせる。
と、その時だ。
「わかった!」
乃白瑠である。
「ピーターパンの両親を探すんですよ! 彼らにピーターパンへ愛情を注いで貰い、彼を一人前の大人に育てあげて貰うんです! 本当の親を探すんです!」
「なるほど!」
小桜が手のひらを叩く。
「子供の世界と大人の世界の融合の為。共存関係を構築する為に!」
そうすれば、イレイザーにも、この『想像国家』を消去する大義名分を与えずに済み、甲乙龍之介の野望も打ち砕く事が出来るでしょ!」
「そうか!」と、ベルサトリが思わず叫ぶ。
「流石、乃白瑠君ね!」
小雪が感嘆の声をあげる。
想い人の称賛の声に照れ笑いを隠せない乃白瑠だった。
そんな二人の微笑ましい関係を、海辺にて砂で拵えたお城を壊すかのように、少し怒った表情で楓が言う。
「でも、ピーターパンの両親って何処にいるんですか? 設定では妖精と人間の合いの子、っていうだけでしょ? 名前も何も出てこないんじゃ探しようがないですよ?」
またもや沈黙。だが、一筋の光明が、それを聞いたアルフレッドから飛び出す。
「そうだ! ティンクなら何か知ってるかも?! 妖精だし! ティンクは何処だ?!」
それを聞いた皆が一斉にティンクを探し始める。辺りを見回す。だが、先程まで此処に居た筈のティンカーベルの姿が見えない。
「いや、それは大丈夫だろう」
「編集長、どういう事です?」と、小桜が訊く。
「皆、誰か忘れてないか? ティンクよりも詳しく知って人がいるじゃないか」
ベルサトリの言葉に気づいたのは、ユラリアだった。
「あっ! そうだわ! そうよ! サー・ジェイムズ・マシュウ・バリー!」
「そうだ! だが、そうとわかれば話は早い。小桜君、乃白瑠君。私はユラリアと共に閻魔王庁まで戻る。裁判に証人として出廷して、バリー殿本人に接触して確かめてみる」
「わかりました。じゃぁ僕達も一応ティンカーベルを探して、事の次第を確かめてみます」
「乃白瑠君。私も残るわ。ベルサトリさんがいなくなったら、戦闘になった時、編集長がいなくなってしまうでしょ」
「小雪さんが編集長かぁ! そうしてくれると助かります!」
「ユラリア。ピーターパンは此処に残しておいた方がいい」
ベルサトリに助言され、
「大丈夫かしら……」
「任しておいて! 彼はきっと私が守るから」
と、小桜が胸を叩く。
その言葉を信じて、ユラリアがピーターパンを小桜に預ける。
「アルフレッド。皆をお願いね」
「O.K!」
アルフレッドが鼻の下を人差し指で擦る。
「それにしても、この『永遠のピーターパン』が未完で良かった。未完だからこそ、金科玉条のようなストーリーという絶対法則とらわれず、自由に動けるからな。
よし! では!」
ベルサトリの合図で、彼とユラリアはヘリコプターに乗り込む。
一方乃白瑠達と子供達はいなくなったティンカーベルを探しに向かった。
そして、梶瓦探索の特殊工作員達も、リーダーを中心に行動を開始する。
「ユラリア。大丈夫か?」
ヘリコプターの後部座席でベルサトリが尋ねる。
下では、手を振って、追い駆けてくる子供達に手を振り返すユラリアが、その瞳に涙を滲ませていた 。
「私は平気」
ヘリは、島の上空へと飛び立ち、この『想像国家』のコロニーの両側に存在するハッチへと向かう。
「優城美町さんが君の事を酷く心配している」
「最近会った事があるの?」
「ああ。彼女が書いた『誘拐犯』を消去してしまったその報告でな」
大海原の上空を飛行するヘリコプター。
「知ってる。彼女は、インターポールに疑われている私を庇ってあんな小説を書いたのね」
「そうかもしれないな。日本人の単独犯説。警察も一目置く美町さんのその推理が、あの誘拐事件の捜査を撹乱してしまったのだからな。それで、梶瓦が怒ってる」
「そうね。美町らしくない推理だった……」
そう言ってユラリアは俯く。
「彼女は昔から才能があった。私とは違って……」
「そんな事はない。君だって-」
「いいの。あなたは日本の大手出版社の編集長にまで登り詰めた人。わかるでしょう?」
「……」
言葉を失うベルサトリ。だが、思い切って口にする。
「そうだな。君の小説には根本的に欠けているものがある」
「それは何?」
「現実に生きている喜び。生への
「……」
「理想主義を謳いながら、君の小説からは理想の素晴らしさが感じられないんだ」
「そう……」
沈鬱な表情のユラリア。
ベルサトリは、テンガロンハットを取って頭を掻く。
そこでベルサトリは話柄を変える。
「ところでその小説『誘拐犯』の真犯人である梶瓦についてなんだが、君は、我々が彼と戦った事を見ていたんだね。君の寝室の書棚にあった本にその戦闘の詳細が書き込んであった」
「いいえ。違うわ」
「えっ?! では、どうして君はまるで見たかのように書けたんだ?」
「あれは、甲乙龍之介に言われて前に書いたものなの」
「ま、まさか! 予言小説だというのか!」
予言小説。それは小説の形式で書かれた予言書の事である。
「ユラリア! 詳しく説明してくれ!」
「あなたならわかる筈よ。ベル。髑髏秘法を行えば、本尊たちどころに現れ、過去・現在・未来の三世の事を告げ諭す……」
「ならば、甲乙龍之介は未来を知る予知能力者にでもなったというのか!」
「『
第22話 了
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