第21話 失われた大人



「!」


「この一週間で、ピーターは一日一日時間を溯るように赤ん坊になってしまった……


「ち、ちょっと待ってくれユラリア。それは君の書いた小説のストーリーなのか?」


「いいえ。そんな事書いた覚えはないわ。私にもどうしてかわからないの」


 と、その時だった。


 バリバリバリという空気を激しく振動させるけたたましい音が。


「何だ?!」


 直ぐさま小屋を飛び出るアルフレッド。そして、彼に続いて皆も外へ出る。

 空を見上げる一同の目に飛び込んできたのは、一機のヘリコプターであった。


「あ、あれは?!」


 皆の注目の中、薮沢の中に着陸するヘリ。


「恐らく『想像警察』のヘリだろう」


「『想像警察』?」


 何も知らない楓が尋ねる。


「『想像警察』っていうのはね、楓ちゃん。例えば、小説家がある小説を書くでしょ。それを他人に多く読んで貰えればそれだけその小説の粗筋が固定して歴史化されるんだけど、粗筋を自分の都合よく書き換えようとした時に、その小説に侵入する異分子を排除する為の機構なの」


「へぇ……」


 そんな会話が終わる頃ハッチが開き、中から軍服に身を包んだ兵士が降りてきて整列。それに続いて一人の将校が。そして、最後に降りてきた人物に、思わず声をあげる乃白瑠。


「小雪さん?!」


 そう。それは、乃白瑠が想いを抱いている、月泣がっきゅう文庫の所持者、百合小雪その人だった。


「乃白瑠君」


 想わず駆け寄る乃白瑠。


「どうしたんですか?!」


「あなた達に知らせなきゃいけない事があって追いかけて来たの」


「どういう事ですか?」


「この『想像国家』の想像主であるユラリア=セランヌさんについてなの。彼女は何処?」


 小雪のその言葉に、皆の視線がユラリアに集まる。


「ユラリアは私です」


 その途端、兵士がユラリアを取り囲む。そして逮捕状を読み上げる。


「ユラリア=セランヌ。あなたを『小説設定利用罪』、及び『キャラクター盗用罪』 で逮捕します」


「えっ?!」


「ネバーランドという設定は、サー・バリーにのみ許されたものです。それに、ピーターパン以下、全てのキャラクターを流用した」


「そ、そんな?! 私はちゃんと元の出版社に了解も取りました! それに、当のサー・ジェイムズ・バリーの死後既に五十年以上も経過しています!」


「小桜さん。どういう事ですか?」


「著作権の期限は、基本的に著者の死後五十年までと、著作権法第二章第四節第五十一条で決められているのよ」


 小桜がよどみなく答える。


「それは承知しています。ただ問題はあなたの著作物に非常に痛憤つうふんなされている方がおられるという事です」


「それは誰ですかっ?!」


原告げんこくが誰だかおわかりになりませんか?」


 その質問に答えないユラリア。


「それは、当のサー・ジェームズ・マシュウ・バリー、本人です」


「!」


「あなたが書かれたこの『永遠のピーターパン』という続編のお陰で、本家の『ピーターパン』、及び『ピーターパンとウェンディー』が怒っているんです」


「えっ?!」


「どういう事ですか、小雪さん?!」


「事はこの『想像世界』全体に関わる問題なの」


「『想像世界』に?」


「……甲乙龍之介、知ってるわね」


「!」


 その名前を聞いて、一同の顔色が変わる。


「甲乙龍之介の目的。それは、ネバーランドの現実化」


「えっ?!」


「甲乙龍之介は、皆が子供のまま純粋で生きられる永遠の楽園を『現実世界』に現出させようとしているのよ」


「何だって?!」


 乃白瑠は頭を殴られた想いだった。それは、乃白瑠の考え、そのものだったからだ。


「小雪さん。それが、小説『永遠のピーターパン』とどう関係が?」


 小桜が疑問を差し挟む。それに答えたのはベルサトリだ。


「わからないか、小桜君。ネバーランドを現実化させない為に、始末屋は、『ピーターパン』を消去しようとしたんだろう」


「そうか!」

                   

「小説『ピーターパン』のピーターパン。どちらも始末屋の手により抹殺されようとしている」


「!」 


「そんな!」


「じゃぁ、この『永遠のピーターパン』のピーターパンが?!」


「甲乙龍之介が、あなた、ミズ・セランヌに書かせたこの『永遠のピーターパン』の結末は、ネバーランドが現実化し『想像世界』と『現実世界』の最終戦争をあなたに起こさせるというストーリー展開だった筈。それを回避する為に、あなたはこの小説を未完にしたのではなくて?」


「……そうです」


「それ以前にも、こんな事があったのは乃白瑠知ってる?」


「前にもあった?」


「そう。あなたが敬愛してやまない宮沢賢治先生の『毒蛾』に出てくる理想社会、『イーハトーヴォ』。先生は、それを『銀河鉄道の夜』に出てくる銀河鉄道の最終駅にするつもりだったのかも。そして、『想像世界』、イーハトーヴォと『現実世界』との戦争を回避する為にあの小説を未完にしたのよ」


「!」


「日本の教育省は、イギリス政府と協力して、ネバーランドの現実化を阻止する為に、ピーターパンを抹殺しようとしているの。何故ならネバーランドは、ピーターパンの想像力が生み出したものだから」


「そうだったんですか?!」


「そして、今狙われているのはこの『永遠のピーターパン』という訳。ミズ・セランヌを告訴して、裁判にかけ、正式にこの想像国家を抹殺しようとしている。『ピーターパン』が消去されかかっている今、残るネバーランドは此処だけ。甲乙龍之介は、必ず此処にやって来る」


「小雪さん。もしかして、この『想像国家』のピーターパンが赤ん坊に戻ってしまったというのも」


「そうか。ユラリアさんが甲乙龍之介と組んで、この続編を書かなかったら、こんな事にならなかったからね」


「この『永遠のピーターパン』を認めて貰うには、この続編を読んで貰って、ピーターパンを信じる子供を増やす事。甲乙龍之介が誘拐した子供達を、ミズ・セランヌの多くの子供の母親になりたいという願いに付け込んでこの想像国家に送り込んだのは、この『永遠のピーターパン』という想像国家の歴史を強く固定する為だったのよ」

 

 ミズとは、ミスとミセスの合成語。未婚、既婚に関係なく、女性の名に冠する敬称だ。アメリカの女性解放運動から生まれた言葉だ。


 と、そこに楓が小雪に質問する。その表情には、明らかに恋のライバルとしての嫉妬が含まれている事は言うまでもない。


「でも、何故教育省はネバーランドを消滅させたがっているんですか。年を取らない永遠の楽園というのは、あらゆる宗教が求めてきたものでしょう?」


 小雪の方も、乃白瑠の側にいる楓を意識した表情で答える。


「そうね。難しい問題だけど、もしネバーランドが現実化して、子供が大人に成長しなかったらどうする? 永遠に進歩のない世界がやってくるのよ。教育省はそれを恐れているの。これはジュブナイル小説に対する弾圧の理由でもあるんだけど、皆が皆ジュブナイル小説が訴えかける愛や理想、夢を追い求めていたら、世界は混乱してしまうわ」


「どういう事ですか?」


「わからない? 皆が歌手やプロスポーツ選手だの、理想の職業を追い求めていたら、それは定職を持たないフリーターを増加させてしまうし、皆が理想の恋人を求めてばかりで妥協を知らずに結婚をしなかったら、人口が激減してしまうでしょう?」


「そ、それは……」


「だから、理想ばかりを追いかけるジュブナイル小説を、教育省は弾圧しているのよ」


「それは分かりますけど、学校教育でさえ出来なくなった、理想を子供達に教える事を、我々が止めてしまったら誰が理想の大事さを子供達に教えるんですか?」


 恋のライバル。思想の違い。二人の間に火花が散る。


「勘違いしないでね。私だってあなた達と同じよ。……確かあなたは愛王 楓さんね」


「私の事を知ってるんですか?」




第21話 了

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