第17話 森(オラ)の中の白雪姫



「お~し! こうしちゃいられない! 急がなきゃ!」


「それより、あなた何者?」


 ティンカーベルが乃白瑠に訊く。


「あっ! 僕は明王乃白瑠って言います」


「えっ! 嘘でしょ?! 明王乃白瑠って、この『想像世界』を救った英雄じゃない!」


 驚きの声をあげるティンカーベル。

 そう。不動の明皇である乃白瑠は、『善化想像国家』と『悪化想像国家』が戦った

象魔大戦で、『善化想像国家』に勝利を齎した救世主だったのだ。


「この世界でも僕ってそんなに有名なの?!」


「有名も有名! あたしティンカーベルの役貰って今日で一週間なんだけど、一カ月前見たわよ! 閻魔王庁の『浄玻璃鏡』に大写しになった立ち読みの場面。まさかこの『想像世界』を救った英雄があんな醜態を見せるとはねぇ……」


 と、ジロジロと乃白瑠の体を嘗め回すように見るティンカーベル。

 いや、実は彼女は本物のティンカーベルではない。ティンカーベルの役を演じている死者の魂なのだ。一つの『想像国家』が建設される際、その国家の住人、つまりその小説の中の登場人物を演じる魂を選考する為のオーディションが開かれる。当然、人気のある小説の場合、多くの魂がそのオーディションに参加する事になるのだ。

 そして乃白瑠の前にいるティンカーベルもそうやって、その役を射止めた魂なのである。


「でも、まぁいいわ! で、その英雄さんが何の用なのよ。この『想像国家』はまだ建設途中、つまり未完成の小説よ。この小説を書いた想像主は、ユラリア=セランヌ。自費出版専門のアマチュア小説家。あなたが、この小説の中にダイブしてくる理由なんてないと思うんだけど」


「実は、そのユラリアさんを連れ戻しに来たんだ。君は何処にいるか知らない?」


「あの女を連れ出してくれるの?! あの女がウェンディーになっているの!」


「あっ! そうか。ティンクはウェンディーに嫉妬しているって設定だものね」


「だったら教えてあげる! ウェンディーはね-」


「そうか。お前達は想像主を探しに来た訳なのか」


 森の中を先頭に立って歩くリーダー格の少年がベルサトリにそう言う。


「そうだ。それより君の名前を聞いてなかったな」


「俺か。俺はアルフレッドだ。で? 何故彼女を探す」


「彼女の娘が危険に晒されているからだ。その女の子を助けるのに彼女の力が必要なんだ」


「彼女に会ったらきっと驚くぞ」


「大丈夫だ。彼女がどんな姿になっているかは想像がつくからな」


「えっ?! 編集長、どういう事ですか?!」


 小桜は疑問を露にする。


「そうか。なら話は早い」


 ベルサトリ達は、アルフレッドを始めとする少年達に案内されて、彼らが暮らす小屋までやって来た。


「帰って来たぞ!」



 樹上から声が降ってくる。


「大人だ! 敵だぞ!」


 家の回りから現れたのは、少年少女達。それも十人二十人どころではない。開けた草原の中にある村というべき住居の群れの中から、次々と子供達が出て来た。


「待て! 彼らは違う!」 


 彼らのリーダーであるアルフレッドの言葉に落ち着きを取り戻した子供達が、自分達の前をゆっくりと進むベルサトリと小桜、楓達を眺めている。


「小桜さん。大丈夫でしょうか」


「う、うん。だ、大丈夫よ」


 そうして、彼らは一際大きな小屋の前へやってくる。

 家の扉を叩いたアルフレッド。彼の呼び掛けに応えたのは、一人の少女のメゾソプラノ。


「アルフ。帰ってきたのね」


 そう言って家の外に出て来たのは、赤ん坊を胸に抱いた可憐な美少女だった。


「彼女がウェンディー役のユラリア=セランヌ。この『想像国家』の女王だ」


「ユラリア!」


「!」


 ベルトリーの言葉に反応して、突如背中を向け家の中に入ろうとしたユラリアが、ゆっくりと振り返る。


「ベル……」


 ウェンディーの姿をしたユラリア=セランヌが呟く。


「エッ! じゃぁ、彼女がウェンディーさん?!」


 小桜が口を手で押さえる。


「……入って」


「わかった」


 ユラリアの言葉に従い、ベルサトリ達が小屋の中に入る。結構な広さのある小屋。中には調度品が備えられている。

 ユラリアは、抱いていた赤ん坊をベビーベッドへと寝かせる。

 ベルサトリ達はアルフレッドに勧められソファーへと体を沈ませる。ユラリアを待って、


「話を聞かせて貰おう」


 アルフレッドが口を開く。


「わかった……」 


 俯くユラリアの顔を見つめ、ベルサトリが話を切り出した。


「ユラリア。『現実世界』で君の娘が誘拐された」


「エッ! ミラルが?!」


 ユラリアの形相が変わる。母親のそれに。


「犯人は、甲乙龍之介……」


「!」


「君なら、どうしてミラルを含める少年少女達が誘拐されたのか、わかる筈だ。全てを話して欲しい。君の娘を助ける為にも!」


 ベルサトリのその言葉に、黙り込むユラリア。明かに動揺している。

 腕組みをするアルフレッド。

 静謐せいひつ……。


「迷っている場合か! 娘の命がかかっているんだぞ! 自分の見られたくない姿を娘に目撃されて、現実逃避して少女に戻っている場合ではない!」 


 テーブルを叩き、怒りを露にするベルサトリの見幕。小桜は今までにないベルサトリの一面に驚きを隠せない。


「言わないで!」


 顔を両手で覆い、恥ずかしさを隠そうとするユラリア。


「……すまない。だが、お願いだ。空想に浸るのをやめて、早く大人になってくれ」


「……」


「……ユラリア? お願いだ」


 いつものベルサトリの穏やかな表情が、目の前の少女をいとおしげに見つめる。

 ゆっくりと心の扉を開くように、顔から手の覆いを外すユラリア。


「わかった……」


 落ち着きを取り戻したユラリアの口から紡がれる言葉を待つ一同。


「……全ては、そう。あの男のせい」


「あの男とは、甲乙龍之介の事か?!」


「ええ、そう。私はあの男に唆されて、レグルスを殺してしまった!」

 そう言って、ユラリアは泣き崩れる。

 

「な、何だって?!」


 予想だにしなかった、ユラリアの突然の告白にベルサトリは震駭しんがいする。


「だって、仕方なかったの! レグルスからミラルを守る為に!」


「どういう事なんだ?」


「私は心配だったの! ミラルを可愛がるレグルスの目が許せなくなって、白雪姫を森へと追放した継母の女王のようになってしまった!」


 ユラリアのその言葉に、楓が小桜に問いかける。



第17話 了

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