第15話 オラ(森)の中のエヴァンゲリオン



 宙に身を投げ出し、急降下する四人。一番先に飛び出したベルサトリのパラシュートが開き、漆黒の空間に白い花を咲かせた。だが、乃白瑠のパラシュートが中々開かない。


(乃白瑠君は? あ、あの馬鹿! さっさと紐を引っ張りなさい!)


 小桜は、加速して乃白瑠に追いつこうとする。


「ヒェ~~~~~ッ!」


 悲鳴をあげる乃白瑠の脇に、追いついた小桜が乃白瑠のパラシュートの紐を引っ張る。その瞬間、大きく減速し、乃白瑠のパラシュートが開く。それを確認した小桜、そして楓のパラシュートも開いた。

 眼下に広がるのは、大海に浮かぶ一つの島。その島目がけて落下する四人だったが、一人、乃白瑠だけが島の東側の海へと向かっていた。

 乃白瑠を除く三人は、島の南側の鬱蒼うっそうと茂る森の中にある開けた草地に落下した。一番先に着地したベルサトリに続き、小桜と楓も着地する。パラシュートを切り離し、楓が二人の許へ駆け寄る。


「小桜さん! 乃白瑠さんが海の方へ!」


「わかってるわ! 編集長、助けに向かいましょう! 確かあの子、金づちですよ!」


「そうしたい所だが、そうもいかないようだ……」


 ベルサトリは、周囲に気を巡らす。そう、何者かの気配。それも一人や二人ではない。木の影から、明らかに多数の気配がするのだ。


「囲まれたようだな」


「そうみたいですね……」


「えっ?! えっ?!」




 その頃乃白瑠は、島の東側の海に落ち、溺れかかっていた。


「ワップ! なんで僕だけ、ワップ、こんな目に会うんだよぉ! ブクブクブク……!」


 乃白瑠が海の中に沈みかけたまさにその時だった。 


「ウワッ! な、何なんだ!」


 突然として乃白瑠の体が浮き上がってくる。


「フーッ! どうやら間に合ったようね」


 海面に出た乃白瑠の頭上でそんな声がする。


「だ、誰?!」と、誰何《すいか』の声を投げかける乃白瑠の鼻先に、一人の妖精が姿を現した。


「私、ティンカーベル。よろしくね」


「ティンカーベル?! う、嘘だろ?!」


 そう、彼女の名前はティンカーベル。そして、その名を持つ、羽の生えた小さな妖精が住む場所と言えば、ネヴァーランド! そう、この『想像国家』は、ジェイムズ=マシュウ・バリーの書いたイギリス児童文学の高峰、『ピーターパン』であった!


「人魚達をからかって遊んでいたら、空から人間が降って来たでしょ? 面白いから見に来たって訳よ。いけなかったかしら?」


「で、でも、何で僕の体、海に浮いてるの?」


 と、乃白瑠が疑問を口にしたその時、乃白瑠の回りの海面から十数匹のある生き物が顔を出す。そう、それはとても愛らしい海の哺乳類、イルカさん達だった。乃白瑠はそのイルカの背に乗っていたのだ。


「イルカさん! この人を海岸まで運んであげて!」


「キキーッ!」


「編集長、どうします?」


 小桜のその言葉には答えず、ベルサトリは一歩前へと足を踏み出す。そして、


「我々は只の観光客! ピーターパンとユラリアに会いに来ただけだ!」


 一瞬、木々がざわめく。

 その後、こちらの沈黙が静謐の空間に流れだす。そして、それはこんな言葉で破られた。


「ピーターパンに会いたいだと?!」


 森の中から聞こえてくる子供の声?!

 オラ・ウータンとは、森の人と言う意味がある。


「そうだ!」


 誰の姿も見えない空間へ声を返すベルサトリ。


「お前達大人が何故二人に会いたいんだ?! 海賊の仲間じゃないのか?!」


「それは違う!」


「なら、それを証明してみせろ!」


「どうすればいいんだ!」 


「そうだな……。ならこうしよう。お前達はイギリスの作家、デビッド・ロッジの『交換教授』という本の中に出てくるゲームを知ってるか?」


 まだ姿を現さないその謎の声に応えたのは楓だ。


「あっ! 私、それ読んだ事があります! 確か、有名な本だけど、まだ自分は読んでないという本を挙げて、そのゲームの参加者の多くがそれを読んでいればいるほど高得点、というゲームですよね?」


「そうだ! 大人をこのネバーランドに入れる訳にはいかないが、お前達が子供の心を持っているかどうかこのゲームで見極めさせて貰う。だから、この場合は本ではなく、日本のアニメ作品という事にしよう! このゲームに勝ったら、この国への入国を認めてやる!」


「了解だ! だが、その前に姿を現してくれないか?!」

 

 そのベルサトリの呼びかけに反応しない森の中。だが、その十数秒後。


「わかった……」


 と、その言葉をもって応えた森の中の存在が、次々と姿を現す。


「!」


 子供達。それも年端も行かない幼い少年達だった。彼らは何れも弓に矢をつがえ、こちらに狙いを定めている。そして、その中のリーダー格らしき少年の合図で皆が弓を下ろす。 それを見て安心する小桜と楓。

 ベルサトリは、その数を確認する。少年達の人数は十人前後というところだ。


「では、こちらから行くぞ! トートルス! お前からだ!」


 リーダー格の少年が声を張り上げる。


「オーケー! じゃぁ! 『エヴァンゲリオン』!」


 新世紀エヴァンゲリオン。言わずと知れたガイナックスの傑作アニメだ。

 いきなりの先制攻撃! これは高得点が期待できそうだ。皆の手が挙がる。十五人中十人。つまり十点。かなりの高得点である。


第15話 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る