第14話 オラ・トリオ~聖譚曲



「-と、確か、話は此処まででしたよね? 乃白瑠さん?」


 楓はそこまで話し、息をついた。


「うん。結末でどうも悩んでしまってね」


 そこで、乃白瑠は小桜の方を見て、その反応を窺う。

 黙りこくっている小桜。何を言い出すのか、ゴクリと唾を飲み込む乃白瑠。


「そうね……。『CHU《ちゅちゅ》2-いんぐ-グミ』の設定を持ち出して、その後日談のような話のもっていき方は、水野 良先生の往年の名作『ロードス島戦記』と『クリスタニア』の関係のようね」


「小桜さん。『CHU2-いんぐ-グミ』って、何ですか?」


「楓ちゃんが知らないのも無理ないわよ。乃白瑠君の処女作だからね」


「処女作ですか! わぁ! 私読んでみたいなぁ!」


 楓が両手を組み、乃白瑠の方を見る。


「それがね……」


「そう。全て消去されかかってたの」


「消去されかかって。教育省の始末屋イレイザーにですか?!」


「いいえ、違うわ」


 否定する小桜の脇で、ポリポリとこめかみを掻いて、ニコリと笑う乃白瑠。


「じゃぁ、結末はどうすればいいでしょうかねぇ」


「そうねぇ……って、乃白瑠君。人任せにしてどうすんのよ! アンタ、もし晴れて小説家になった時に、アイデア浮かばないからって、担当編集者に『結末を考えて下さい』って泣きつくつもり?! その位自分で考えなさぁい!」


「はひっ! すひまっしぇんっ!」


 小桜は、楓と顔を見合わせ、やれやれと両手を広げて見せる。


「でも、海賊が出なかったのはラッキーでしたね」


 乃白瑠が、楓が気絶していた時に車内販売で買っておいた冷凍ミカンを食べる。


「そうね。羅王様の話だと、この辺りの宙域にあの伝説の海賊が出るって話だったのにね」


「何でも、その海賊の息子が誘拐されたとかで、その犯人を探してるって話ですね」


「海賊ですか?! 何だか格好よさそうですね! 私、会ってみたいなぁ!」


「コホン・・・・・・。そ、それは止めておいた方がいいわよ」


 小桜は引きつった笑顔で楓に忠告する。


 そこに今まで黙って聞いていたベルトリーが口を開く。


「そろそろだな」 


 ベルサトリの言葉に反応して小桜が席を立つ。


「ですか……。さぁ、準備するわよ」


「はい!」


 乃白瑠と楓も立ち上がった。

 




「ホントに此処から飛び降りるんですか?」と、オドオドした楓が皆に尋ねた。


 皆は『999号』の客車の最後尾にいる。背中に背負ってるのは、パラシュートだ。


「いくら各駅でも建設途中のコロニーに停車はしないからね。飛び降りるしかないのだよ」


「でもパラシュートって空気があってこそゆっくりと下降していく筈ですよね。真空の状態では真っ逆さまに墜落しちゃうんじゃないですか?」


「流石、楓ちゃん。良い事に気づいたわね。でも、『銀河鉄道999』を見た時、感じなかった? 『999号』の窓を開けた時、どうして宇宙空間なのに哲郎達は息が出来るんだろう……ってね」


 

「私もブルーレイで全話見ましたけど、そう思いました!」  

  

「ファンタジーなんて皆非常識なのよ。あまり深く考え込まない方がいいわ」


「便利な論法ですね」


 そして、ベルサトリがゴーグルを掛けながらその楓に言う。


「皆空気があると思い込め。そうすれば空気は出現する。よって、落ちない。問題は想像力の主人公になれるかどうかなんだ。その想像物を現実だと信じる事によって、この『想像世界』は成立しているんだ。何故この『想像世界』にも空気が存在するかは、この世界全体の王、即ち想像主がそう想像し、その想像力を固定化しているからだ」


「はい。何となくわかります」


「しかし、まだ建設途中の『想像国家』の宙域の場合、その力が完全には及ばない。まだ、その『想像国家』を創造した小説家の想像力の方が勝っているのだ。問題は、今我々が訪れようとしている『想像国家』を創造した当の本人の意識だろう。内向的で外部からの侵入者を拒んでいるような場合、そう、心を侵されてたくないような心理状態に陥っている場合、疑似的な真空状態を作り上げてしまう傾向がある。それが遮止王とか、静息王と呼ばれた閻魔様の理論だ」


「それって、ユラリアさんの事ですよね。じゃぁ、私達落ちちゃうんじゃ……」


「心配する事ないよ、楓さん。僕達が空気があると想像して信じ込みさえすれば、その個人の想像力がその人を中心とした半径1m以内に空気を作り出すから」


「難しそうですね……」


「あら、そんな事はないわよ。だって、今楓ちゃん、呼吸してるじゃない。無意識的に空気があると心に念を送っているからこそ、窒息しないでいるのよ?」


「えっ?! そうだったんですか?!」


「今まで楓ちゃんにそれを言わなかったのは、呼吸を意識させないようにする為だったの」


「小桜さん!」


「アッ! まずかったか!」


「それを聞いたら、何だか、く、苦しくなって、きました! ハァ! ハァ! ハァ!」


 途端に楓は喘ぎ始める。乃白瑠はそんな楓に微笑みを見せて、こう言った。


「君の空気がなくなった時は、僕が口移ししてあげるから……。1m以内に入っておいでなもし!」


 一瞬の静寂。皆が互いに顔を見合わせる。そして、次の瞬間! 


 ドワッハッハッハッハッ!


「ど、どうして笑うんですかっ?!」


「アンタねぇ! 言ってて恥ずかしくなぁい! そんな台詞、百万年早いっての!」


「そんなぁ!」 


 そう言いつつ楓の方を見やる乃白瑠。どうやら、この笑いで呼吸は元に戻ってるようだ。そんな様子を笑って見ていたベルサトリが、この機会を逃すまじと、


「では行くぞ」


 そう言って、走行中の『999号』からダイブする。それに続くのは、


「どうしたの? 乃白瑠君」


 と、今になって遅疑ちぎ逡巡しゅんじゅんする乃白瑠。


「今僕、わかりました」


「何が?!」


 半分怒っている小桜。


「僕ってば、高所恐怖症みたいですぅ!」


「フッ。お約束通りの展開ね! じゃぁ、こんな時、私がやろうとしてる事もわかるわね」


「へッ?!」


「つべこべ言うんじゃありません! ほら! さっさと行きなさい!」


 小桜は乃白瑠の尻に蹴りを入れるぅ!


「ヒェ~~~~~~ッ・・・・・・・・・・・・・・・・・!」


  涙をチョチョ切らせながら、落下して行く乃白瑠君だった。


「さ、楓ちゃん。私達達も行くわよ」


「はい!」


 まず、楓が飛び降り、それに小桜が続く。


 三馬鹿トリオか? オラ・トリオ……。



第十四話 了

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