第9話 オランス ー祈る人― 2F



 乃白瑠とベルサトリ、そして、小桜と楓の四人は、二階のユラリアの寝室に居る。


「しかし編集長。ユラリアさんの魂は、『想像世界』の何処にいるんですかね」


「問題はそこだ。だから、彼女が書いた小説を探している」


 窓際にある執筆用の机の上で、彼女が書いたと思われる小説の原稿を、ベルサトリは探していた。小説家が死んで『想像世界』へ行くと、生前に書いた小説から生み出された『想像国家』を見守る創造主(想像主)となる。多くの小説を書いた場合、魂はその分に分割され、その分霊が夫れ夫れの『想像国家』を支配する事になる。しかし、その本体である霊魂は、一番思い入れのある小説世界に居る事になるのだ。

 『トールキン協会』に在籍し、学生時代から多くの小説を書いてきて、その母親となったユラリアが、どの小説、即ち子供を一番愛していたか。それが問題であった。

 楓も、書棚を丹念に調べている。


「え~と……。あっ! ユラリア=セランヌ! 乃白瑠さん! これ、彼女が自費出版した本じゃないですか?! タイトルは『The Funeral《フューネラル》 For《フォウ》 Monster《モンスター》』。『モンスターのお葬式』?!」


「えっ?! どれ、ちょっと読ませて下さい!」


 楓からその本を受け取り、パラパラと速読する乃白瑠。


「これは……! 僕が今書いている『葬儀屋ランちゃん』の話にそっくりだ!」 


 思わず唸る乃白瑠。


「う~む……。成る程! こういう物語の進め方もあるのか……。此処でこうきて、フム。こう伏線を張っておいて、結末はっ?!」 


 乃白瑠は思わず熱くなる。そして、


「やられた!」 


 それが、乃白瑠の素直な感想だった。自分の書いている、あるいは構想していた小説が、既に誰かによって書かれていた時の悔しさ。小説家にとって、あるいは新人賞に応募して小説家を志す者が誰でも経験するこの感情。乃白瑠は、本を閉じ、天井を仰ぐ。

 そんな乃白瑠を他所よそに、ベルサトリは、机回りを調べている。そして、


「?」


 机の引き出しを開けようとする。だが、鍵がかかっていた。アンティーク様式の机だが、錠は声紋認識のようだ。つまり、ユラリア本人の声にしか反応しない。


「恐らく、大事な原稿はこの中だろうな」


「どうしますか? 編集長」と、小桜が訊く。


「うむ。彼女の本体がどの『想像国家』に行っているかは、閻魔王庁で調べればわかる事。とりあえず、行ってみるしかないな。小桜君、乃白瑠君。ダイブの準備だ」


「はい!」とは、小桜。


「はい……」とは、酷く落ち込んでいる乃白瑠の返事だ。


 ベルサトリの指示で、この部屋で『想像世界』へダイブする準備が進められる。

 ベルサトリは、『薔薇十字の儀式』で結界を張り、『地上の神殿テンプルムインフェルオール』を完成させる。

 そして乃白瑠に楓、ベルサトリに小桜は、持参してきたオシリス・キャップを被る。次に、閻魔王庁のイメージを定着させ、『虚空の神殿テンプルムスペリオール』を想像上で創造する。


 瞑想状態に入る四人。

 四人は想像力の同調を行う。

 ベルサトリは思いを馳せる。

 オックスフォード大学時代の事を。

 自分と妻、そして、ユラリアと今は亡きレガルス=セランヌ……。


(ユラリア……)


 ―祈る人


 その瞬間、四人の魂は肉体の中に入った。


「ふ~……。大丈夫ですか、楓さん」


 乃白瑠が楓を気遣うと、


「大丈夫です。それより今日はどんなお迎えが来るんですか! 私、楽しみだなぁ」


 と、言ってるそばから、東の方角からお迎えがやって来る。


「!」


 今度は何が登場だぁ?


「は~ら~だ、たい象です!」


 その通り! 登場したのは、往年の芸人、ヘプチューンの腹田泰だった!

 然も体の半分が裸、もう半分がレオタードというセンターマンの格好をした象だった!


「さ、行くぞ」


 ベルサトリの言葉に従って、その腹田泰象に乗って、『想像世界』の入り口へと向かう乃白瑠達。

 楓は、ふと空を見上げる。すると、煙を吐き出しながら空を駆ける列車の姿が目に入る。


「乃白瑠さん。あれは何ですか?」


「ああ。あれは『想像鉄道』だよ、勿論、元ネタは『銀河鉄道』だけどね」


「えっ?! 『銀河鉄道』って、宮沢賢治先生の? それとも松本零士先生のですか?」


「僕が聞いた話だけどね。最初に『銀河鉄道』のシステムが導入されたのは、宮沢先生が『銀河鉄道の夜』を書いてかららしいね。そして、それにヒントを得た松本零士先生が 『銀河鉄道999』を書いてから、それに対応してこの『想像世界』の全ての『想像国家』を繋ぐ鉄道網が敷かれたらしいよ」


「へぇ、私も乗ってみたいなぁ!」


「僕もね、時間が許すのであれば、終着駅の『イーハトーヴォ』まで行ってみたいんだ」


 イーハトーヴォ。それは、あの児童文学作家宮沢賢治が童話集『注文の多い料理店』の『毒蛾』の中で登場させた理想社会の事である。


「私もです! 確か、『イーハトーヴォ』って、宮沢賢治先生の出身地である岩手(イハテ)の『テ』をエスペラント風に『ト』に変えて、ドイツ語で場所を意味する『ヴォ』を加えた造語という説があるんですよね」


「そうだね」


 頷く乃白瑠の顔は輝きに満ちていた。


「僕の夢はね、宮沢賢治先生の未完の大作である『銀河鉄道の夜』を完成させ、全ての小説家達が想像力で生み出した理想世界が合体した究極の世界、宮沢賢治先生が名付けた『イーハトーヴォ』をこの世に現出させる事なんだ」


「すごい! 流石乃白瑠さんですね!」


 感動の眼差しを乃白瑠に向ける楓。


「さ、着いたわよ」


 小桜が言う。

 地獄の入り口である門に辿り着く乃白瑠達一行。手続きを済ませて、内部に入り、一際高く、聳然と屹立し、異様な姿で周囲を睥睨している閻魔王庁へと向かう。

 この閻魔王庁には、全世界で亡くなった死者が集まる。此処で生前の行いについて問い質され、それによって裁かれるのである。

 その閻魔王庁の入り口に並んでいる、様々な人種の人達を横目にして、その内部へと乃白瑠達は足を運ぶ。

 そして、エレベーターの前へ。そして、扉が開いて、人達が降りてきた。

そこに居たのは、教育省文学史研究室の『始末屋イレイザー』、葛木麿実と『ゴレイザー』。

 そして、麿実の隣にいる少女に、瞠目して言葉を失う乃白瑠。


「奇遇だな。昨日会ったばかりでまた会うとはな。乃白瑠」


 その麿実の言葉を無視する乃白瑠。

 互いの視線が交わる中、楓が双方を見やる。

 そして、肺腑から言葉を絞り出す乃白瑠。


小雪しょうせつさん」


 小雪と呼ばれた少女は、ジッと乃白瑠の顔を見つめ、そして、その隣の楓に目を向ける。

 百合小雪、19歳。『月泣がっきゅう文庫』の所持者である。

 彼女と乃白瑠が出会ったのは3年前の事だ。乃白瑠が書いた小説の中にダイブしてきたのが彼女だった。そこで知り合った二人は、『象魔大戦』を通して恋を育み、お互いに好意を抱くようになっていた。だが、しかし……。


「……何か、言いたい事はある?」


 低く、威圧感のある声音だ。

 一カ月前の事、楓の依頼で此処にやってきた時、乃白瑠は自分の恥ずかしい姿を天界に来ていた小雪に見られてしまった事を知った。それの言い訳を小雪は求めているのだ。


「ごめんなさい!」


「何故謝るの?」


「だって……」


「男の子なら、女性の裸に興味を持つのは当然の事でしょ?」


「じゃぁ、怒ってないんだね?!」


 小雪は、フーッと溜め息をつくと、


「いいえ、怒っているわ」


「どうして?!」


「……それがわからないとこに怒っているのよ」


 不明瞭な言葉に余計解らなくなる乃白瑠。そこに麿実が口を挟む。


「お嬢様。こんな低俗な輩は放っておいて、もう行きましょう。お母上がお待ちです」


「はい。じゃぁ……」


 そう言って小雪は歩みを進める。通り過ぎざまに、長い亜麻色の髪の芳香が乃白瑠の鼻孔を擽る。


「待って!」


 振り向きざま、乃白瑠が伸ばした右手を、麿実が掴む。


「往生際が悪いぞ! そもそもお嬢様がお前何ぞに好意を持つ筈がなかろう」


「何だと?!」


「麿実!」


 麿実の言葉を遮る小雪の声が、周囲の人達の注意を集める。


「行きます」


「ハッ。では、小桜さん、御機嫌好う」


 麿実はどうやら小桜に気があるらしい。小雪は麿実らを伴って、閻魔王庁を後にする。 その後ろ姿を乃白瑠は黙って見つめていた。


「乃白瑠君。我々も行くぞ」


「は、はい」


第九話 了


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