第2話 悪死座魔文庫 新人賞
-『誘拐犯』の作者であり、その『想像国家』の創造主(想像主)である優城美町の、目白にある大豪邸……。
「そうですか。あれは消滅しましたか……。態々御報告下さり有り難うございます」
優城 美町は、和室の応接間で、教育省文学史研究室の
つまり、あの小説自体の存在意義が失われたのだ。
仕事の依頼を受けたのは、乃白瑠が勤務する《ベベルゥ=モード》だが、事の次第は全て教育省に報告する義務があり、『想像国家』が
「ご心中お察し申し上げます。優城先生。冴元大臣も大変心を痛めておりました……」
「出来の悪い子供程可愛いと申しますが、やはり悲しいものですね……。私の心は今、鬼子母神のようですよ。最新作、つまり末子である
そう呟いて、優城美町は天井を振り仰ぎ、涙を頬に伝わせた。
「それで、事件の犯人の目星は付いているのですか」
彼女が書いた犯罪小説『誘拐犯』は、実際にあった事件をモチーフにしている。しかし、小説では犯人である梶瓦が捕まりラストを迎えるが、実際の事件の犯人は捕まっていないのだ。
優城美町はその事件解決の為に、自分の推理で犯人を特定し、それを小説に書いたのだ。その犯人像が、梶瓦麗人という架空の人物だった。
「我々は管轄外ですから何とも言えませんが……」
「そうですか……」
そこに、この家に住む書生の一人が障子を開ける。
「先生。ベベルゥ=モードの方がお見えになられましたが……」
「では、我々はこれで……」
葛木麿実達は腰を上げ、部屋を退出する。廊下ですれ違ったのは、編集専門会社ベベルゥ=モード代表のベルサトリ=ウィズダムと、そのアルバイト明王乃白瑠だ。
少し通り過ぎた後で、立ち止まる両者。
「失態だったな。乃白瑠」
「煩いな。お前に言われたくないよ」
「フン。相変わらず新人賞には落ちてるようだな。まぁ、精々頑張る事だ。ボツになったお前の小説の始末は俺が直々にやってやる」
「それはどうも」
「小桜さんに宜しくな」
葛木麿実は、そう言い残してクルリと背を向けて立ち去った。
「行くぞ。乃白瑠君」
「はい」
意見の食い違いを見せた乃白瑠とベルサトリ=ウィズダムとの間の確執は、『
応接間に入ると、優城美町は、かかって来た電話の応対をしていた。
「-それで、彼女はまだ眠り続けたままですか? ……そうですか。私も心配です。原稿を仕上げたら、明日の便でそちらへ向かいます。ご連絡下さり、有り難うございます」
「失礼します」
「あっ! 来客ですので、今日はこれで。国際電話も高いでしょうから、切りますね。はい、それでは御機嫌好う。クリストファーさん」
乃白瑠達に気づいた優城美町は、受話器を充電器に戻した。
(英語で話している所をみると、外国の方なんだな。流石、優城先生。国際派だなぁ)
そんな事を考えながら、乃白瑠は応接間に入室した。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。我々が、先生が創造なされた『想像国家』を消去したベベルゥ=モードの者です」
「先程、教育省の方からお聞きしましたよ。どうぞ気になさらないで下さい」
「そう言って頂けると有り難いです」
「お葬式には出て下さいね」
そう言って、ニッコリ笑う優城美町の中に、観音菩薩を見た乃白瑠だった……。
犯罪小説。犯罪そのものを抹消しなければいけないから、その小説も歴史から抹消する。そう思う事にした美町だった。犯人の推測が間違っている。その批判が集中したのだ。それも当然か。ベベルゥは思ったが、その裏まで気づく程ベベルゥは、推理小説オタクではなかった。
-その日の夕方。
「……そうですか。梶瓦麗人は、取り逃がしてしまったのですか……」
依頼者の御両親の声音は沈鬱の海にどっぷりと浸かり、溺れそうになっていた。
それを予想して、ベルサトリは御両親にそれを話す事を躊躇したが、やはり真実を話した方がいいという結論に達したのだ。
乃白瑠は御両親の苦しみを和らげるように、
「大丈夫です! 奴は必ず捕まえますから!」
「お願いします! お金ならいくらでも支払いますから!」
「いえ、追加料金は一切頂きません。これは我々の落ち度ですから。申し訳ありません」
ベルサトリはそう言って、頓首した。
「よろしくお願いします!」
そう言い残して御両親は事務所を後にすると同時に、あの愛王楓が入れ替わりに入って来た。すれ違いざまにペコリと頭を下げる彼女の格好は、以前此処を訪れた時の、喪服のようなスタイルではなく、チェックのシャツの上に
愛王楓。『
一カ月前、乃白瑠達は、その小説から誕生した『想像国家』を消滅させる為に『想像世界』にダイヴした。しかし、結局その『想像国家』は、
その上残念な事に、亡くなった姉の魂は獣化魂に変化していた。
乃白瑠達は炎星王率いる守護(主語)艦隊でそこに赴き、直接彼女を救う事にした。悪口武装を解かれた彼女は、見事愛する人と結ばれたのだが、実際のその『想像国家』の歴史は悲劇のままっだった。
『悲劇文庫』に加えられたその小説の『魔法がきこえる ~南風の足音』から生まれた『想像国家』は消滅させられず、依頼者である愛王楓の願い通りにはいかなかったが、姉を救ってくれたお礼の為に楓はこの編集専門会社ベベルゥ=モードを訪れたのだった。
「お久しぶりです、乃白瑠さん。編集長さん。あれ、小桜さんは?」
「楓さん! あっ、小桜さん風邪をひいて今寝込んでるんだ」
「そうなんですか。あ、これ、この間のお礼です」
そう言って楓は、ベルサトリ編集長にテンガロンハットを、乃白瑠には小さな長方形の箱を手渡した。
「きちんと料金は頂いてるんだし、気にしなくていいんですよ」
「いえ、これは姉を救ってくれた乃白瑠さん達への気持ちですから、受け取って下さい」
「そうですか? では……」と言って乃白瑠がその包みを開くと、
「うわぁ! 万年筆ですか! 然も、OMAS《オマス》のドクターペンの復刻版じゃないですか! これは……、K18ピンクゴールド! 世界限定150本、日本限定3本で、定価120万円もするやつですよ?! OMASって言うのは、アルマンド・シモーニが創設者で、これは、1927~1932年の5年間に販売されたドクターペンのレプリカで、近代アートの巨匠、彫刻家のフェデリコ・モンティによる彫刻を
乃白瑠は少々興奮気味である。
「そうなんですか」
「オリジナルの素材はエボナイト製なんですけど、これは、綿をベースとした繊維素であるセルロイドから作る
乃白瑠は手振り身振りを交え、全く澱みなく滔々と語る。
「へぇ」
楓は、まるで覚えたウルトラマンの怪獣の特徴を必死に話す子供の話に耳を傾けている母親の慈愛に満ちた表情で優しく聞いている。
「どうかしましたか?」
「ウフフッ。噂通り、乃白瑠さんて万年筆オタクだったんですね」
「どうにも万年筆の事になると夢中になっちゃって……。でも、これ、新品ですよね。去年のサザビーズのオークションに出品された時、確か定価の3倍で競り落とされた」
「エヘッ。賞金もそっくりありますし、あの小説の売上も好調なんです。電子出版だと定価500円でも印税率70%だから、印税は一冊あたり350円でしょ。電子出版サイトで販売開始以来、5千部も売れたんですよ?」
電子出版とは、パソコンやモバイルのインターネット上で書籍データをダウンロード販売していく出版形態である。
「じゃぁ、350円×5千部で、え~と……175万円?!」
「はい! 私、小金持ちになっちゃったみたいです」
「それは羨ましい限りですね」
ちょっぴり悔しい乃白瑠君だった。
「小桜さんにもお渡ししたいんですけど、どうしましょう?」
「あっ、これから僕お見舞いに行くところだから、一緒に行きますか?」
「エッ? は、はい!」
「じゃぁ・・・・・・」と言って、乃白瑠はベルサトリ編集長を見る。その視線は冷たい。先日の『誘拐犯』の件が尾を引いているのだ。
「さっきの人達、どうしたんですか?」
楓が訊いた。
「どうして、小説の中の登場人物を目の敵にするんですか?」
「うん、それはね。その小説が広く読まれた後、その小説をシナリオとして現実の人生が作られてしまうからなんだよ」
「え?!」
第二話 了
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