6.決着!!
『ネジだあぁぁぁぁ!!』
『トモ、あんたねぇ、うっさい』
『いや、ネジだぞ、ネジ。なんでネジ、プラスのネジ。ネコがネジになってる!』
自分の発言でようやくカラクリに気づいたようで、トモPはハッとして息を飲んだ。
『イメージキャンセラでダメージを回避したんだ。ネコとネジは一字違い、イメージしやすい』
『ムチャクチャだ。なんでありだな、もう……』
カッちゃんは焦らず、慎重に一旦距離を置いて様子を見る。イメージキャンセラの使い手ならば、何をしてくるかわからない。
ネジからネコに還りながら、イカルガ丸はのっそりと起きあがった。
「危ないところだったが、ギリギリ間に合った。やるじゃないか」
「師匠と練習したからね」
「なら、手加減は必要ないな。本気でいかせてもらう!」
イカルガ丸は小刻みに上体を揺らし、タイミングをうかがっている。的を絞らせないという意味もあるのだろう。本格的な格闘技選手の身のこなしに近い。
どんな動きにも対応可能といった気配に、カッちゃんは攻めあぐねて手が出なかった。無意識にジリジリとベタ足で後退する。
先に行動を起こしたのは、やはりイカルガ丸だ。袖を利用した射程の長いパンチを連続で放つ。
一発目はギリギリかわしたが、二発目は命中――イメージキャンセラでチクワに変化してダメージを無効化。三発目はチクワのまま横っ飛びで逃れた。
変化時間がすぎてカマボコに戻ったカッちゃんに、四発目が襲いかかってくる。両手で前面を覆い防御態勢を取った。
しかし、どういうわけかパンチは届かない。防御の隙間から見えたものは、白い猫の手に張りついたやわらかそうな肉球だった。
判断が一瞬遅れる。フェイントと気づいたのは、すでにイカルガ丸が次の行動に移った後だった。イカルガ丸はあえて袖を使わず、攻撃がくると思わせることで、カッちゃんに防御を固めさせて行動の選択肢を絞ったのだ。
イカルガ丸はすでに間合いを詰めていた。側面に回り込みながら迫ってくる。
「ど、どっちだ?」
頭の中で選択を突きつけられる。打撃と投げ――攻撃の手段は二つ、ミスは許されない。
カッちゃんが選び取ったのは、打撃だ。投げはモーションが多い分ダメージ確定まで時間的な猶予があって、イメージキャンセラの発動がたやすい。確実性は打撃にある。
それを念頭に身構えたカッちゃんであったが、予想を外れた思いがけない展開が繰り広げられることになった。
イカルガ丸はいきなり、タコになった。
『タ、タタ、タコォ?! な、なんでッ!!』
トモPが驚きを代弁してくれる。唐突な変化は、イメージキャンセラによるものだろう。
タコの触手が、ムチのようにしなりながら襲いかかってくる。イカルガ丸は本来防御の手段であるイメージキャンセラを、意表を突いた攻撃手段としてもちいたのだ。
二本の触手がカマボコを叩く。人間の腕は二本である以上、タコの触手も二本しか動かせないようだ。
カッちゃんは驚きながらも、落ち着いて対処する。まさか実戦で使ってくるとは思わなかったが、あらかじめタンチキにイメージキャンセラを使った奇襲法を聞いていたことが功を奏した。
ダメージが確定する前にイメージキャンセラを発動する。今回カッちゃんが変化したのは、清涼感のある真っ白い体――ハンペンだ。タコ足に絡みつかれても、ハンペンはダメージを無効化する。
さらにカッちゃんは攻めに転じた。イカルガ丸のタコが解除されるタイミングに合わせて、強烈な掌底を打ち込む。
たまらずタコとネコの中間形態で、イカルガ丸は身をひるがえした。体力ゲージが大幅に減り、三分の二が消える。
『や、やれるぞ。カッちゃん、この勝負、勝てる!』
『うん、ちゃんと戦えてる。全然負けてない。でも、まだ油断しちゃダメだよ!』
興奮気味な二人の声援を聞きながら、カッちゃんは休まず畳みかける。この機を逃しては、次のチャンスが訪れる確証はない。
イカルガ丸も歯を食いしばり、負けじと攻勢に出た。元々スナイパーに何度もキルされるような直情的な性分だ、追い詰められても逃げの手は打たなかった。
互いにパンチを繰り出し――
つづけて二発、三発と、相手が根負けするまで拳を打ち込みつづけた。攻撃と防御のエフェクトが絶え間なく発生して、視界にかぶさりよく見えない。それでも勘を頼りに殴りつけた結果、カッちゃんの手に命中の感触が伝わった。
エフェクトの閃光が揺らいだ奥に、体をのけ反らせたイカルガ丸の姿があった。ただし、それは白猫アバターではない。ヌメヌメと粘液をたらした軟体のタコアバターである。
タコは複数の足を支えにして、強引に上体を引き戻した。同時に、タコの姿がブレはじめる。イメージキャンセラの終了は近い。
カッちゃんは思いきって前に出る。狙うは先ほども攻撃が通ったタコ解除の瞬間。しかし、イカルガ丸の判断が上回った。
タコは解除されるが白猫に戻らず――イカになった。再び触手がカッちゃんを襲う。
『いけない、二連キャンセラだ!』
イメージキャンセラが解除されると同時に、もう一度イメージキャンセラを重ねる高度な技術が二連キャンセラである。始動のタイミングがシビアで、経験を積んだ上級者であっても失敗することがあるとタンチキは言っていた。
イカルガ丸は大勝負に出て、土壇場で二連キャンセラを決めた。
「うわぁぁぁッ!」」
何度も叩きつけられる
『こ、これは、もう……』
トモPの落胆の声をかき消すように、タンチキが叫ぶ。『いや、まだだ。まだ終わってない!』
砂埃の奥から、プルンとカッちゃんが飛び出した。その姿は、一際プルプルしていた。
『えっ、何あれ?』
『と、ところてんだ。カッちゃんはところてんになったんだ!!』
『はあ? なんで?』トモPの声に呆れが混じる。『というか、どうして食べ物縛りなんだ』
対照的にタンチキの声は、どんどん熱を帯びていく。見た目はとんでもなく地味なところてんアバターに、鼻息がもれ聞こえるほどテンションを上げていた。
『ところてんは我々の業界では最強格に位置づけられてる食べ物。どんな攻撃も受け流せる至高の盾と名高い!』
『そんな業界どこにあるんだ。聞いたことねぇよ!』
なんとなく連想して深く考えず変化したところてんが、どういうわけかタンチキの琴線にふれたようだ。それは、イカルガ丸にも通じたらしく、攻撃の手がピタリと止まる。
「ここにきて、ところてん。たいしたヤツだ……」
「よくわかんないけど、まあ、ところてんになってよかった」
ほとんどヤケクソに発動したイメージキャンセラが、奇跡的にダメージを無効化して、さらに行動を阻害するノイズとなってくれた。何はともあれ、からくも一命をとりとめた形だ。カッちゃんは安堵の息をこぼす。
ギリギリのところで踏みとどまったことで、ある種の覚悟が決まった。吹っ切れたと言い換えてもいい。
まともやりあっては押し負ける――思いきって、一か八かの大勝負に出るしかない。
「師匠、あれをやってみます」と、カッちゃんは宣言した。練習では一度も成功したことがない大技だ。
その思いをくんで、タンチキは後押しするように力強く答える。『よし、わかった!』
カッちゃんは気合いを入れるために、パンと両頬を軽く叩いた。カマボコアバターもカマボコをペチンと叩く。自傷行為とみなされたのか体力ゲージが少し減ったが、いまさら多少減ったところで誤差だ。気にとめず、大きく踏み出す。
一気に加速して全力で突進するカッちゃんを、迎え撃とうとイカルガ丸は身構えた。
白猫アバターがスムーズに腰を回転させて、カウンターの伸びる袖パンチを放つ――と、カッちゃんは思っていた。その対策を念頭に置いての突進だ。
「し、しまった!?」
しかし、実際に襲ってきたのは蹴りだ。これまでパンチ一辺倒だったイカルガ丸が、はじめて蹴り技を使ってきた。不意を突かれて、側面から蹴りをまともに食らってしまう。
カマボコアバターがかしぎ、体力ゲージが減っていく。カッちゃんは慌ててイメージキャンセラを発動した。
『なにッ!』と、トモPが叫ぶ。
カッちゃんに合わせるように、イカルガ丸もイメージキャンセラを発動していたのだ。おそらく変化後の攻撃を見越しての変化だろう。
カニカマのカッちゃんと、タコのイカルガ丸――二人は変化した姿で激突する。
互いにアバターをぶつけあいながらの接近戦だ。カニカマのパンチをタコ足がいなし、反撃のカウンターをタコが決めた。
ダメージは無効。それでも攻撃をつなげるのは、イメージキャンセラが解消されるタイミングを狙ってのこと。先に変化したのはカッちゃんである以上、当然ながら先に変化が切れるのもカッちゃんであった。
この不利な状況をくつがえす方法は、一つしかない。
カニカマの変化が解ける瞬間に合わせて、タコ足が三本目の触手を打ち込んだ。動かせる触手は二つと思い込んでいたが、そうではない――足の分のもう二本、イカルガ丸は隠し玉として残していた。
ペチンと甲羅に触手が絡まる。カニカマが転じてあらわれたのは、カマボコではなかった。カニだった。
「二連キャンセラだと!?」
練習では一度も成功しなかった二連キャンセラを、カッちゃんは本番で見事決めた。
タコからネコに戻ろうとしていたイカルガ丸に、渾身の力でカニの爪をぶち当てる。激しいエフェクトの火花が散り、衝撃で白猫アバターは吹き飛ぶ。ゴロゴロと大げさに思えるくらい転がっていった先で、滑り台に激突してようやく止まった。
イカルガ丸の体力ゲージは順調に減っていき、すべての目盛りが失せて空っぽになる。
緊迫した空気のなか、息を止めて結果を待つ。体力ゲージが――復活することはなかった。
Winner カッちゃん congratulations!
決着を告げる表示が浮かびあがり勝利が確定すると同時に、突然モブの子供達がカッちゃんに駆けよってくる。子供達が勝利を祝福するという演出のようだ。
カッちゃんは子供に囲まれながら、大きく息をついて激闘の疲労を吐き出す。勝った喜びよりも、終わった安堵感で胸がいっぱいだった。
「くそッ、最後の最後でイメキャンをしくじっちまった。もう少しやれると思ったんだけどなぁ」
どこか照れくさそうな様子で、頭をかきながらイカルガ丸がやってくる。
その顔に、もう敵意は感じられない。いかつい傷だらけの顔に、思わぬ愛嬌が宿っていた。
「でも、まあ、楽しかったよ。ありがとうな、カッちゃん」
「イカルガ丸さん、ボクも楽しかった!」
勝負の決着がつき、清々しい気持ちで向かい合う。
カッちゃんは白猫アバターの肉球と、固い握手を交わすのだった。
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