4.決戦は児童公園

 一週間に及ぶ特訓を積み、ついに果たし合いの期日がやって来た。

 フー・ファイトの入場口エントランスに訪れたカッちゃんを、先んじて到着していたトモPとタンチキが出迎える。


「いよいよだな……って、今日はカマボコじゃないのか?」

「直前までカマボコ形態は隠して、攪乱しようって師匠と決めた」


 この一週間タンチキの提案に渋々乗って、体に馴染ませるためにカマボコアバターですごしてきたカッちゃんだが、今日は以前の狼男アバターを着込んでいた。おかげで、ちょっとした動作にも違和感をおぼえる。

 現実の自分自身とはまったく違う体型すぎて、当初はどうにもならいと思っていたカマボコアバターだが、やってみると案外慣れるものだ。人間の順応力はあなどれない。


「準備はどうだい、カッちゃん。ちゃんと眠ったか。体調がよくないと、いい戦いはできないぞ」

「大丈夫ですよ、師匠。ぐっすり8時間寝ました。寝すぎて学校に遅刻しそうくらいでした」

「あ、そうなんだ……」


 カッちゃんのあっけらかんとした態度に、タンチキは少し拍子抜けしたようだ。強張っていた肩から力が抜ける。むしろタンチキのほうが緊張しているようにも見えた。

 果たし合いといっても、カッちゃんからすればポイント目当てのゲームにすぎない。たとえ負けても、それはそれで仕方ないとあきらめられる――気楽なものだ。


「ま、まあ、教えられることは全部教えた。後悔がないように出し切るんだな」

「そうします」と、師匠との温度差を感じながら弟子は苦笑して言った。期待には応えたいが、初実戦ということで、どこまで戦えるかまったくの未知数だ。


 カッちゃんは軽く体を左右にひねり、とりあえず準備運動をする。

 まだ果たし状の差出人は来ていない――というか、そもそも一方的に果たし状を送ってきたイカルガ丸と面識はなく、どんな姿をしているかもわからないのだ。むこうから声をかけてくるのを待つしかない。


「遅いな、本当に来るのか?」


 焦れたトモPがぼやき、長いため息をつく。その様子を、腕組したタンチキがにらみつけるように見ていた。

 カッちゃんはダイアログを開いて、果たし状の指定期日を確認する。2041年5月1日、今日で間違いない。


「メッセージを送って聞いてみようか。相手が勘違いしてるってことも考えられる」

「おお、それがいい――」と、トモPが同意した直後のことだった。


 いきなり大小二つの影が、目の前に転移してあらわれた。まるで聞き耳を立てていたかのような絶妙なタイミングだ。


「その必要はない。オレがイカルガ丸だ!」


 本当に聞き耳を立てていたのか、会話のキャッチボールが成立している。それに、やけに芝居がかった口調だった。


 あらわれたのは二匹の猫人間――二足歩行の人型の猫だった。猫モチーフのアバターは人気で、そう珍しくはないが、二匹はトレンドから外れた独特な造形をしている。

 イカルガ丸と名乗った小さいほうは、顔が傷だらけの白猫だ。なぜかサイズのあってないぶかぶかの拳法着を着用しており、袖を何重にも折り込んでいた。

 もう一匹の大きな猫は、とんでもなく猫背の妖怪じみた不気味な黒猫である。アバター仕様の上限に近い巨躯であったが、極端に背を丸めているので顔の位置はイカルガ丸とほぼ同じ高さにあった。こちらも拳法着で、尻から三本の尻尾が生えている。


「ピリピリアットホーム!!」


 タンチキが意味不明な叫びをあげた。状況からして、それが黒猫の名前らしい。


「よお、タンドリーなチキン。こんなとこで会うとは奇遇だな」


 ノイズが混じってそうなひどいしゃがれ声で、黒猫は楽しそうに応じた。声まで妖怪じみている。

 どうやら知り合いのようだが、いい関係ではなさそうだ。煮あがった剣呑な空気が、二人の間に渦巻いている。


「ど、どうして、あんたが……」

「イカルガ丸とは古い付き合いでね。果たし合いをするってんで、ちょっくらバトルのアドバイスをしてやったのさ。お前さんも似たようなもんだろ、そいつにいろいろと教えてたみたいじゃねえか」


 その思わせぶりな言い回しに、タンチキは息を飲み、わかりやすく視線に動揺をにじませた。ギョロッとした目が小刻みに震える。

 こちらの動向を知っているということは、何かしら情報をつかまれているとみていいだろう。どこまで探られているかわからないが、カマボコで虚を突く作戦も気づいている可能性があった。


 戦う前に先手を打たれた形だ。疑心暗鬼に飲まれて、思考が牽制される。

 タンチキは悔しそうにカチリとクチバシを噛み合わせて、唐突にカッちゃんの腕を取ると引きずって黒猫から離れた。慌ててトモPが後を追ってくる。

 声が届かない位置まで距離を置き、顔を突き合わせてボソボソと話す。


「すまない、まさか気づかれてるとは思わなかった。わた、ワガハイの失態だ」

「あいつら、オレたちのことをスパイしてたのか?」

「果たし合いと言っても、ボクみたいな初心者相手にそこでするかなぁ」


 それぞれが意見を吐きだしたあと、タンチキが統括してつづける。


「せまい界隈だし、誰かに見られて、その話を聞いたってとこだと思う。ピリピリアットホームはささやき戦術を得意としているから、カッちゃんを動揺させようとしたのかもしれないな」


 スポーツの試合などで挑発して揺さぶるトラッシュ・トークというやつだ。心理状態でパフォーマンスが左右されるのはゲームも同じ――卑怯ではあるが有用な手段である。

 カッちゃんはひとまず深呼吸をして心を落ち着かせる。それほど勝ち負けにこだわっているわけではないが、練習に付き合ってくれたタンチキにむくいるためにも果たし合いには本気で取り組みたい。


「で、あの化け猫は何者なんだ?」と、ここでトモPが根本的なことを問いただす。


 タンチキは軽く肩をすくめて、表示パネルを展開した。上から順に名前が表示されていく。フー・ファイトのランキング表だ。

 ピリピリアットホームの名が表示されたのは4番目――ランキング4位の実力者ということになる。


「おいおい、すげぇヤツじゃないか。あんなのが相手のセコンドについてるわけだ」

「あっ、でも、師匠は7位だ」ランキングの7番目にタンドリーなチキンの名が表示されていた。「すげぇヤツってことでは、師匠も全然負けてない」


 どのゲームでもランキングとは無縁のカッちゃんからすれば、一桁台の上位陣というだけで充分に尊敬できる。タンチキへの信頼が揺らぐことはなかった。

 そのタンチキは、アバターがバグったのではと心配になるくらい首をひねってそっぽを向いていた。トサカが微妙に震えている。ひどくわかりづらいが、褒められて照れているらしい。


「ピリピリとは何度もやりあったことのある、ライバルみたいなものなんだ。まあ、不動のチャンピオン『べにいもアンバサダー』を除くと、ランキングはわりと変動するんで、10位内は同格と言っていい」

「果たし合いが、お前らの代理戦争ってことになるのか?」

「そこまで難しく考えなくてもいいよ。あくまで戦うのはカッちゃんとイカルガ丸――ワガハイたちは無関係だ」


 そもそも果たし状を受けた時点では、カッちゃんとタンチキはつながっていない。代理戦争を目論むには無理があった。

 偶然にも、そのような形になっただけ。タンチキが言っていた「せまい界隈」ゆえに、はからずも起きた事態なのだろう。


「いつまでコソコソやってるんだ。さっさと勝負しようぜ。先にスペシャル対戦のステージに行ってるぞ!」


 待ちくたびれた白猫イカルガ丸が、大声で呼びかけて返答を待たず姿を消した。かすかに残った転移エフェクトが、対戦ステージへ入ったことを教えてくれる。


「なんだよ、あいつ。遅れてきたくせに勝手言いやがって」

「わざとかもね。宮本武蔵みたいに、あせらせて正常な判断を狂わそうとしているのかも。ピリピリが考えそうなことだ」


 カッちゃんはぐるんと肩を回して状態を確かめると、トモPとタンチキに準備が整っていることをうなずきで伝えた。


「じゃあ、行ってくるよ。応援よろしく!」


 モード選択からスペシャル対戦を選ぶと、果たし状に埋め込まれていたパスワードが起動して、自動的に決戦の場へ導かれる。

 エフェクトに包まれて転移した先は、滑り台やブランコやジ砂場が設置された『児童公園』だ。モブキャラとして子供が無邪気に遊んでいる。

 あまり果たし合いの場所としてふさわしくない気もしたが――とにかくカッちゃんは戦いの舞台へ降り立った。途中で着替えたカマボコの姿で。

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