3.カマボコ

 フー・ファイトには大きく分けて四つのモードがあった。


 一人用の『ストーリーモード』――宇宙一番の格闘家を決める大会が行われるという設定らしい。普通は一人用でシステムになれていくものだが、タンチキいわく対戦には役立たないということなので今回は割愛する。


 次は『対戦モード』――世界中のプレイヤーと戦いランキングを競う『通常対戦』と、特定の相手と対戦やトーナメント戦を開催できる『スペシャル対戦』の二通り。スペシャル対戦はランキングに影響せず、仲間内で楽しむためのものだが、果たし合いのような特殊な対戦もこちらで行われる。


 そして、『トレーニングモード』――その名のとおり、動きや技の確認を行い練習できる場所を提供してくれる。何もない平坦な床が広がり、そこには方眼紙のようなマス目が刻まれていた。これは攻撃や移動の距離感を計るためのもので、上級者であればあるほど重宝するとのこと。


 他にも各種セッティングを調整できる『設定』や、ゲームの遊び方を教えてくれる『チュートリアル』などもあるが、カッちゃんがふれる機会はなさそうだ。


「何からはじめます?」


 一足先にトレーニングルームで、タンチキは待ちかまえていた。カッちゃんが切り出すと、プルプルとトサカを揺らす。


「そうだなぁ、とりあえずまずはカッちゃんが納得して打ち込めるように、トリッキータイプの強みをわっかてもらおうかな」


 そう言うと、いきなりタンチキはパンチの素振りをしてみせる。ビュッと羽根が奏でる風切り音が鳴った。

 見たところ、普通のパンチだ。特別な技や固有の特性があるわけではない。


「トモ、あんたもパンチを打ってみて」

「へっ、こうか?」と、トモPが鈍重そうな鎧姿でパンチを放つ。


 アバターに重量はなく可動域も自由なので、その動きは見た目に反して軽やかだ。ただスピードタイプを選択したわりに、パンチが特に速いかというと――別にそういうことはない。タンチキのパンチとさほど変わらない、あくまで印象として気持ち少し速く感じる程度の違いしかなかった。


「見てのとおり、ファイタータイプによる手足の動作スピードに格差はないんだ。これはプレイヤーの体の動きとリンクするシステム的に、現実とゲーム内の動きのタイミングにズレが生じると、違和感が大きすぎて混乱することからプレイヤーの肉体性能にあわせてある。各タイプの明確な性能差は、移動速度と攻撃・防御力――移動速度は、スピード、スタンダード、トリッキー、パワーの順。攻撃・防御力は、パワー、スタンダード、トリッキー、スピードの順となっている」


 トモPが反復横跳びの要領で軽くステップを踏むと、確かに俊敏であきらかに速い。アバターがアバターだけに、少し気持ち悪いくらいだ。

 対戦格闘ゲームにおいて、この速さは武器になる。格ゲーにうといカッちゃんであっても、それは容易に想像できた。


「スピードはともかく、さっきも言ったようにフー・ファイトの攻撃は元からものすごく高い。パワータイプの利点はほとんどないと言っていいかもね」

「だったら、やっぱりスピードタイプがいいんじゃないですか?」

「攻撃を当てるって意味では、スピードタイプが適している。でも、手練れのトリッキー使いには、ただ当てるだけの攻撃は通用しない。実践してみせよう」


 タンチキはふいにトモPを殴りつけた。

 突然の攻撃をまるで予想していなかったトモPは、まともにパンチをくらって尻もちをつく。それまで隠れていた体力ゲージが頭上に表示されて、目盛りが3分の2ほど押し込まれるように減った。


「おい、いきなり何すんだよ!」


 怒鳴りつけるトモPを無視して、タンチキは平然とカッちゃんに目を向ける。


「体力ゲージが減るまで少しタイムラグがあったの、ちゃんと見た? 弱パンチ分のダメージでゲージが減る時間は、だいたい24フレーム――約0.4秒ってとこ。もっと強力な攻撃だと、その分ゲージが減る量も増えるから4フレームほど伸びる。フー・ファイトのシステムでは、攻撃を受けてゲージが減退しきったところでダメージが確定する。つまり減っている途中は、たとえ一気に体力がゼロになるほどの大ダメージであっても、KO(ノックアウト)にはいたらない。減退しきる前に対処できれば、理論上はやられないってことになる」


 カッちゃんはじっくりと説明を咀嚼して、理解しようとつとめた。頭がこんがらがりそうになるが、大まかにはタンチキの言いたいことを飲み込む。

 しかし、それはそれとして腑に落ちない部分があった。


「一度食らった攻撃判定を、くつがえすことなんてできるんですか?」

「できるんだなぁ、それが」心なしか誇らしげにタンチキは言った。「実演してみせよう。見てもらえば一目瞭然だ」


 タンチキは手羽先をくいっと振って、トモPに攻撃するよう指示を出す。

 先ほどの仕返しとばかりに、トモPは大きく振りかぶって思いきり殴りつけた。タンチキは一切動じず、顔面で拳を受けとめる。


 それは、1秒にも――格ゲー的には60フレームにも――満たない刹那の出来事だった。目の前で信じられない現象が起きる。

 タンチキの頭上に表示された体力ゲージが減りきる前に、ニワトリアバターがいきなり燃えあがったのだ。メラメラと炎のエフェクトに包まれ、炎が消えると――になっていた。


「な、なんで?!」


 カッちゃんはあんぐりと口を開けて、焼き鳥になったタンチキを凝視する。

 そもそも、なぜ燃えたのかという疑問は置いて――焼かれたニワトリになったのなら、まだわかる。だが、タンチキが変質した姿はだった。串打ちしたタレの染み込んだ肉と、合間にネギがはさまっている。焼き鳥は焼き鳥でも、ねぎまだ。ネギの要素がどこからきたのかわからないが、とにかくタンチキは元のアバターとほぼ同寸大の巨大焼き鳥になっていた。


「あっ、戻った――」


 すぐにポンと煙を吹いて、ニワトリアバターに戻る。変化していた時間は、一瞬だった。3秒くらいだろうか。

 あまりに理解の範疇を越える展開すぎて、カッちゃんは呆然とする。


「いまのは、『イメージキャンセラ』という技。トリッキータイプの固有スキルで、変身することでダメージを無効化できる」

「こ、攻撃判定をキャンセルできるってことですか?」

「そういうこと。ニンジャの変わり身の術をゲームに取り入れた結果、こうなったって聞いてる」


 タンチキが言うようにダメージを無効化できるのならば、極端に攻撃力が高いフー・ファイトにおいてこれほど有利なスキルはないだろう。上位ランカーがこぞってトリッキータイプを選ぶのも納得だ。


「攻撃当てた後に発動してもセーフとか、ちょっとズルすぎないか」


 不満げなトモPの意見は、もっともだと思った。対戦者の気持ちになると、釈然としないものが残ることだろう。


「そうは言っても、うまく変身するには独自の技術が必要だし、不発したら問答無用でやられる。これもテクニックの一つだ」

「プレイヤーはあるもん使うだけだから、それでいいけど、ゲームとしてどうなんだ。メーカーはバランス調整しなかったのか」


 だからこそのクソゲーだ。


「まあ、バランスがおかしいことは認める。それが魅力の一つだとも思ってるけど。――そもそもフー・ファイト実装当初は、複雑な内部処理が必要なイメージキャンセラはほとんど機能しない死に技だったんだって。どうにかしようと修正を繰り返し、技の発動を早めて持続時間を増やしたおかげで、ダメージ確定までの間と奇跡的に噛みあったと攻略wikiに載ってた。その点を再修正ナーフされてないってことは、これが正解ってことなんだ」


 ようするに、イメージキャンセラは公式に認められた正当な技術と言いたいらしい。タンチキがトリッキータイプを薦める理由がよくわかった。

 現在のフー・ファイトは、イメージキャンセラありきの環境ということだ。


「ぼくにできますかね?」と、カッちゃんは不安を声にした。

「練習は必須、うまく変身状態を連想できないとイメージキャンセラは発動しないからね。でも、それよりもすぐにカッちゃんにはやってもらいたいことがある」

「やってもらいたいこと?」


 反射的にマヌケなオウム返しをしたカッちゃんの胸を、タンチキの手羽先がコツンと小突いた。


「そのアバターの変更」

「アバターの変更ですか?!」


 思いもよらなかった提案に、またもオウム返しをしてしまう。


「フー・ファイトはアバターがそのままゲームキャラとなるから、アバターの身体特徴で有利不利が如実にあらわれるんだ。その狼男が悪いとは言わないけど、どうせならもっと有利になる造形のアバターがいいと思う」


 これまでのタンチキの言動のなかで、一番わかりやすく納得のいく理由だった。


「な、なるほど……で、どんなアバターに変えればいいですかね」

「そうだなぁ。極端なことを言うと、人間離れした頭身のアバターがいいんじゃないかな。初心者のカッちゃんが勝機をつかむには、相手の攻め手を制限する方向に走ったほうが可能性がある。たとえば……そう、カマボコとか」


「カ、カマボコですか?」

「カッちゃんって名前ともあってるし、うん、カマボコがいい。カマボコならきっと意表を突ける!」


 これまでのタンチキの言動のなかで、一番わけがわからない理由だった。

 タンチキは満足げにうなずくと、高らかに宣言する。


「今日からキミは、カマボコのカッちゃんだ!」

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